第16話 口が悪い
*ライラの口が悪いです。
「おかげさまで、完成しました。」
少しずつちょこちょこ作っていた式典用の制服が完成し、サイオンに見せる。
これは、世辞でもなんでもなく、お部屋に呼ばれた時に惜しげもなく、制服をみせてくれたおかげだ。
「わあ、すごい。これで近衛に紛れられたら、困りますね。」
苦笑しつつ、褒めてくれる。本当ならいけないことなのだから。王族をお守りする立場の、王族に一番近くまで接する近衛騎士の偽物など、心臓に悪い。
「それを着るのは僕の前か家の中だけにしてくださいませんか。貴方が捕えられてしまいます。」
「はい、もちろんです。」
兄の態度は普通なのだ。近衛騎士になりたくて、入るならまだしも、真似をするというのは、王族を害そうとしていると思われても仕方がない。
サイオンに諭されて、漸く兄の思惑を知ることができた。今までローズは自身が短慮だったことを思い知った。
公爵令嬢のマリア様と街歩きをしたその後、サイオン様を通して、お手紙が届いた。公爵令嬢から、普段お手紙が来ることなんてないので、開ける手が震えていたと思う。その手紙はローズ宛てであったが、ローズがアーサーであること、男装をしてお茶会に参加したことがあり、第一王子に執心されていること、など全て知っていることが書いてあった。勘違いしないで欲しいのは、貴方が悪いと言う話ではなくて、王子に反省を促すのに協力をしてほしい、ということだった。
マリア様のお家に何度か呼ばれ、緊張でフラフラになりながら、お茶を味すら覚えていないが、飲み計画を練った。
一緒にお茶会に参加していた伯爵令嬢のライラ様も興味津々にローズの男装を見ていて、「本当に、見違えるわね。」ローズが女性だから、と普段男性にはしないほど、近寄ってベタベタと触ったのを、第二王子の息のかかった侍女が、見て告げ口したのだ。侍女は、第二王子が知らないのを良いことに、アーサーがローズである事実を説明せずすっ飛ばして話したため、今回の騒動になった。
まさか、令嬢が男装しているなど言えず、口を噤んだのだが、其れが王子の浮気症を再発させる事態となった。
件の告げ口した侍女は、お暇を出したが、王子のお手つきだったのが、ライラ様との婚約が決まってからかまってもらえなくなったのが、不満だったらしい。
女癖の悪い第二王子の婚約者として、これといって嫌なことはなかったライラだったが、こう言う貶し合いはこれからも続くのだと、うんざりしていた。
スタンとエドワード両王子が、到着したようだ。ライラは、涙目で、顔を赤くして、出迎える。まるで、泣きはらしたあとのような顔をして。
第二王子のスタンは、泣きはらしたあとのような、ライラに釘づけになっていて、この場にティアラ嬢がいないことに、遅れて気がついた。
第一王子は、マリア嬢とライラ嬢の他にローズ嬢がいるのが、嫌な予感がして、気が気ではなかった。
やっぱり、マリアは知っているのでは?
この予想は当たることになる。王子は浮気が悪いことだと、思っている。確かに王となれば側室は持てるのだが、それは王妃となる正妃その人を大切にしてなおかつ正妃の承認がなければ、認めて貰えない。恋愛結婚なら、側妃は不要だが、政略結婚の場合、王妃の仕事が多く、王の相手までしてられない時に、側妃がいれば、非常に助かる、と言う時に承認したりする。正妃が決めるのだから、軋轢などはないような人を選ぶのが常だ。いつのまにか、側妃が調子に乗ることがあり、最近は側妃を争いの種になると敬遠し今の国王陛下も側妃は持たなかった。
エドワードは、ローズを見たときに自分のものにしたくて、側妃と言う可能性を考えたものの、今はマリアを大切に思っているので、ローズを側妃にする気持ちは大分収まっていた。
「ティアラ嬢は遅いなぁ。」
エドワードが棒読みになってしまうのは仕方がない。さっきから、スタンは何も話さないし、全員が共通する話題がないのだ。
「ティアラ嬢は帰られました。」
ライラ嬢が答える。
「何か言われたのか?」
スタンがやや食い気味に聞くと、ライラ嬢は俯いた。
スタンは演技するのも忘れて、ライラの顔を覗き込む。
ライラは笑いを堪えるのに必死だ。
「スタン様、私、婚約者を降ります。」
スタンの目が大きくなる。
「だって…スタン様はあの方がお好きなんですよね。私では代わりにすらなれませんもの。」
スタンが真剣な顔になる。ティアラ嬢がライラに何を行ったのか考えているのだろう。
「まさか…スタン様が男性をお好きだなんて…」
ライラ嬢の仕込んだ作り物の涙がポロポロと頬を濡らして行く。
「は?」
「スタン様が男色だったなんて。」
心なしか、ライラの声はやたらと大きくなって、きっと今日の近衛騎士には聞こえていると思う。だって何人かはこちらを見たから。
「所詮私のような女では、太刀打ちできませんわ。」
「待ってくれ、ライラ。何の話をしている。」挙動不審にスタンが動くのを見て、やっぱり知らなかったか、とライラは冷静に思った。
「だから、ティアラ嬢は、男性でしょう?スタン様が、男性の方がお好きなら、私は…」
「ティアラが、男性?」
「ええ、ご存知ですわよね。あんな思わせぶりに、体の関係を思わせるようなことをおっしゃっていましたから。」
「いや、誤解だ。そんなことしない。」
そう、やっぱり、嘘だったのね。このクズ王子。
首を傾げて、説明を続けさせる。
「いや、たしかに君への仕返しをしたくて、嘘をついたのは認める。けれど、ティアラ嬢と体の関係はないし、君以外の他の令嬢を好きになることはない。君が他の男と良い雰囲気だったと聞いて、気が気じゃなくなっただけだ。すまない。」
「仕返しだなんて、それは勘違いですわ。」
今度はスタンが首を傾げたので、ローズに手伝ってもらうことにした。
目の端に映った第一王子の顔が強張っている。
クズ王子どもめ。
ローズが一旦準備のため、席を外すと、サイオンが当然のようについていこうとする。ライラとしては、いざと言うとき、ローズを守ってほしいから、当然のことなのだけれど、王族を守るべき近衛騎士が持ち場を離れるのはどうなのかしら、と呼び止めた。
「サイオン様、心配いりません。こちらにいてください。」
ローズには伯爵家から護衛が出ているので、安全だと、言外に含む。サイオンは漸く自分の役割を思い出したのか、持ち場に戻った。
(優しい婚約者で、羨ましいわ。)
ローズの準備中、当然のことながら会話はない。スタンが何度もライラに話しかけているが、嘘泣きの涙も既に渇いていて、取り繕いもしないライラの雰囲気に、エドワードは黙ったままだ。
スタンはライラしか目に入らないらしい。その様子をマリアは羨ましく思った。自分の婚約者は、と言うとこれから種明かしされる事実によって自分が糾弾されるのが、分かって顔色を無くしている。どうしようもないわね。マリアは諦めていた。
英雄、色を好むって言葉があるぐらいだから、浮気ぐらいは許しなさいってことなのだろうけど、泣き寝入りはしないわ。ちゃんと立場をわからせてあげないと。許しているのは、こちらなのよ。調子に乗らないで。
ローズがアーサーとして、現れる。スタンは立ち上がり、アーサーを睨み付ける。アーサーはいつものように、声を作らずに、ローズの声のまま、あいさつをする。
「君は、ローズ嬢なのか?」
「はい。騙すような形になってしまい申し訳ありません。」
スタンは、恥ずかしかった。ライラの侍女が自分が勘違いするように必要な情報を与えなかったことを、今まで疑いもせずに信じていたことを。
ライラの目が冷たかったのは、自分がライラの言葉より、侍女の言葉を信じたから。
ライラの目が悲しげに、動く。
「どうしてスタンは、わたしだけ愛してくれないの?」
どさくさに紛れて、聞きたかったことを聞いてみる。
「……」
「わたし、もう無理です。婚約者から下ろしてください。」
席を立つライラの後をスタンが追いかけていく。
嘘泣きの涙ではない、涙が次々とでてくる。「このクズ王子、何か言いなさいよ!」ライラの振り上げた手を掴んで、スタンはライラを抱きしめた。
「離して!」バダバタともがいてみるが、ガッチリと抱きしめられて動けない。
ライラはスタンの服の裾を掴んだまま、泣きに泣いたが、スタンが逃してくれることはなかった。
スタンとライラが、中座して残された三人に沈黙が。
「やっぱりご存知でしたね。」
エドワードがマリアに笑いかけると、
「勿論ですわ。エドワード様?」
マリアの頭の中でカーンとゴングが鳴り響いた。あら、ゴングって何かしら。私、知らないわ。
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