第15話 当て馬

マリアは、第二王子の婚約者であるライラ伯爵令嬢を宥めるのに苦戦していた。アーサーの名前を出して、少しは焦れば良いと思ったら、あろうことかもう別の令嬢とイチャイチャ しているのである。とはいえ、まだ婚約関係は続いているので、当て付け、だと思われる。


しかも新しい女が良くなかった。悪名高いティアラ子爵令嬢で、王子どころか、色々な男性に色目をつかい、まるで女王のように振る舞う。


一度、公爵令嬢である立場から、マリアが諫言することがあったが、開き直りとも言うべき態度で、全く会話にならなかったのである。よりにもよって、あんな女性を連れて歩くなんて。第二王子も大したことないわね。


マリア自身、第二王子とライラ嬢の仲睦まじい様子に憧れを抱いていたこともあり、第一王子よりも、贔屓目で第二王子を見ていたのだが、幻だったようだ。


アーサーもといローズに、ティアラ子爵令嬢のことについて尋ねると、幼い頃には交流が少しはあったのですが、と申し訳なさそうな返事が返ってきた。


「幼い頃のことで良いからおしえてくださらない?」

ローズが話し出したのは意外な事実だった。

「それ、第二王子はご存知なのかしら。」

「さあ、でも最近よく一緒にいらっしゃるし、ご存知なのではないかしら?」


マリアは、第二王子はご存知ではないと思ったし、ライラ嬢も同意見だった。だって彼女を連れているのを、こちらが気にすると思っているのだから。


ライラ嬢と妖しく笑い合った後はさっきまで飲んでいたお茶がことさら美味しく感じられた。


「今度第一王子と第二王子とティアラ嬢を招いてお茶会でもしようかしら。」

ふと呟いた言葉に、ローズは無邪気に反応したが、ライラ嬢は含み笑いをして、

「ぜひ、私も参加させていただきたいわ。」と返事した。


「勿論です。ライラ嬢がいないと始まらないのですから。」


馬鹿な王子どもには、ちゃんと反省していただかないと。


ローズの無邪気な様子を見て、彼女には全く非がない訳ではないだろうけど、私を騙す気はなかったのだろうと、思い、安堵した。マリアの初恋のアーサーが、王子を誑かし、マリアを騙した訳ではないと、素のローズに会って確信した。


悪いのは、王子で、彼女ではない。

第二王子はわかっているかしら。貴方も同じことしてる自覚はおあり?


ライラ嬢は、少し前の私なの。貴方が真実を知らなくても、ね。





第二王子とすっかりイチャイチャ してはいい雰囲気を振りまいて、ティアラ子爵令嬢は調子に乗っていた。



婚約者の前で、イチャイチャ して妬かせたいなんて、私じゃなきゃ断ってたわ。

スタン様はそんなに筋肉なさそうだから、弱らせて組み敷けば、もしかしたら、私のものになってくださるかも?

ええ。下心満載でした。



私の秘密を知っている人は、この王宮に足を踏み入れることすらできないから、調子に乗っていた。


まさか、まさかのあのローズがこの場にいるなんて。あんな空気読めない芋くさい女が。私の人生を狂わせた女が。


久しぶりに見ると、やっぱり綺麗な顔をしてるわ。


「あら、お久しぶりね。ローズ」

早目に口止めしておかないと、私が騙したみたいじゃない。王子が勝手に寄ってきたのに。


「あら、お久しぶり。…あの今の名前はティアラで合っているかしら。」


「ええ、そうよ。」話しているだけなのに。冷や汗が止まらない。なんか視線を感じるのだけど。


「貴方に謝らなければならないのだけど、話してしまったの。ごめんなさい。貴方が昔男の子だったって。」


「誰が、知ってるの?」


「えーと、マリア様とライラ様ね。あとサイオン様。」


「私、帰るわ。」


「え。」


「王子には、ごめんなさいって謝っておいて。あと、ライラ様にも。あと、お二人に、素直になって早く仲直りしなさいって言っておいて。」


「え。わかったけど、ちょっと待って。ねえ、ロバート、ねえ、待ってよ。」


焦ったようなローズの声が必死に引き止めようとしていたけれど、待つもんか。

あれでしょ?皆集まったところで、私が男だとバラされて、王子が男色だと揶揄されて私が追い込まれるのよ。


ただのボランティアなのに、割りに合わないわ。私が今後子爵家を継いでいくのに、便宜を図ってもらうために、王子との縁も吝かではない、と思っていたけれど。マリア様とライラ様がご存知なら、私と王子の即席コンビに勝ち目なんかないわよ。


あのクソ王子、早く謝ればゆるしてもらえるわ。どうせ早とちりしたのでしょう。


ローズは、僕の初恋の人で、私の初恋の人でもある。あいつに出会わなければ私はここまで特殊な人間にはならなくて済んだのに。


あーもう、腹が立つ。


久しぶりに会えて、やっぱり好きだわって思った自分にも腹が立つわ。


今後、会いたいような、会いたくないような。乙女心は複雑なのよ。



ティアラが帰ったあと、マリア様とライラ様が現れた。ローズが事の顛末を話すよりも先に、知っていたようで、ローズは首を傾げた。


あとは今から来るスタンを吊るし上げるだけだ。ローズは、ライラ様が楽しそうで何より、と思うものの、少しだけその笑みが怖いと思った。




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