第12話 王子の憂鬱

ローズには兄と弟がいるせいか、殊更自分に近づく男性を男性として認識したことはない。歳が上なら兄か父のように、下なら弟のように、同じ年なら、属性で兄弟どちらかを決めて、対応していた。


自分が女性であることすら、最近気がついたのだから。両親は、子供を、少なくともローズを無理やり婚姻させようとは思っていない。両親が恋愛結婚だということも関係しているのだろう。だから、このままだと、確実に婚期は遅れる。


同じようにのんびりした兄は、相手が成長したのち、婚約破棄をしてもらうため、まだ幼い令嬢との婚約を受け入れた。こちらは男性だから良いみたい。息子より娘に甘くなるらしかった。


侍女に渡された釣書は、ローズの知らない方がほとんどで、それでも、貴族の娘なら知っておかないといけない方たちだったのだが、ローズはよく知らなかった。


唯一わかるのは前にもお会いした騎士団のサイオン様だった。

サイオン様とローズは少し歳が離れているが、兄と近い存在なため、対兄モードで接していた。


異性の兄弟と仲が良いことは、良いことだけれど、貴族の中には、貴族令嬢としてはしたないと思われて陰口を叩くものもいた。悪口にはそれなりに慣れている、と言っても、得意ではない。


サイオンの服を着せてもらった時、匂いがしますね、と言ってから、自分がとてつもなく恥ずかしいことを口にした自覚はあった。顔が赤くなるのがわかったから。顔を赤くしたローズを見ないように帽子を被せてくれたサイオンには感謝している。


自分が対兄モードとは言っても、サイオンは兄ではないし、未婚の男性だ。ローズは男装しているとはいえ、未婚の女性で、部屋に二人きりという事実に気付いて驚愕した。


一度気にしてしまうと、止まらなくなり、さっきまで普通に話していたのに、それすらも恥ずかしく思ってしまう。

サイオンは臭いと思って謝ってくれた匂いも、決して不快ではなく、むしろ良い匂いだった。家族とは違う働く男の人の匂い。


サイオン本人の目の前で、匂いをじっくり嗅ぐことは諦めたが、もう一度何の匂いかは確認しておきたいと思った。

あの制服にあの匂いはとても似合った。


布の匂いなのか、サイオン自身の匂いなのか。


サイオンがいくら優しくとも、また匂いがわかるぐらい近づく勇気はなかった。



ある日の昼下がり、王子は悩んでいた。


マリアにアーサーをお茶に誘うにはどうしたらよいのでしょう?と言われたので、つい私から話そうと言ったのだが、どうすれば良いのだろう。


マリアの気持ちがわからない。

婚約を続ける気であることは間違いない。私に聞くと言うことは疚しい気持ちはないのだろう。

けれど…以前会った時の様子から、好意を持っているのは間違いないだろうし、ともすれば、私はマリアすら失うことになるのでは…?


いや、いかん。

それはダメだ。


悩んでいる王子の近くに近衛騎士が立っている。先程からぶつぶつと独り言を話す王子に気にする様子もない。


その様子をさらに離れたところから、サイオンは眺めていた。王子から相談されるまで、助け船を出す必要はない。


実はマリアから、相談を初めに受けたのはこの男だった。マリアに、王子のご友人なら王子に聞けばよいのでは?と良い人を装ってみたのだ。


マリア嬢は大層喜んで、王子にお伺いを立てた、ことになっている。


サイオンがただの近衛騎士なら、マリア嬢の純粋さを可愛いと形容しただろう。

マリア嬢は未来の王妃として教育を受けている、れっきとした公爵令嬢だ。


サイオンは街歩きの際、マリアに感じた違和感を拭えないでいた。

マリア嬢は、全てご存知なのではないか、と言う底知れぬ恐怖である。


マリアは、アーサーと昔会った事がある、と言った。それは疑う余地はない。ただ、相手が令嬢なのだと気づいている上で、王子の喜ぶ演技をし、繋ぎ止めに成功したのだと、思うのは買い被りすぎだろうか。


お世辞にも仲が良いとは言えない間柄だった。嫌いあっているわけでもないが、好きあっているわけでもない。

微妙な関係。


マリア嬢の行動によって、王子の興味がローズ嬢からマリア嬢に変わったのは果たして偶然なのか、サイオンには判断が付かなかった。


さて、王子はマリア嬢の掌で、コロコロ転がされていて、王子としてどうかと思うものの、とてもわかりやすい。


だから、つけ込まれるのですよ。


マリア嬢から、今回の相談を受けなければ、疑うことすらしなかった自身のことは棚にあげ、王子を憐む。


王子はまだ頭を抱えていた。最終的にマリア嬢の思い通りになるのだから、早く主導権を渡した方が、楽ですよ、とは口が裂けても言えなかった。




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