第11話 庇護欲

エドはマリアを誘い、お茶をしていた。

マリアは、アーサーも一緒だと思っていたのか、エド一人だとわかり、目に見えてガッカリしている。


エドは苦笑した。同時にマリアがこんなに感情が豊かであったのを、今までの自分が見逃していたことに気づいた。何と勿体ないことをしていたのだろう。


「エド様、本日はお招きありがとうございます。」

街歩きの時の服も可愛らしかったが、今日は大人びて美しい。


「マリアは、何が好き?」

ケーキを一通り並べてどれが好きか聞く。つんとした綺麗な顔は崩れない。

前と違う。


街歩きの時は、目に見える全てのものに反応していたし、何より笑顔だったのに。アーサーと私と何が違うというのか。


つんとしたままケーキを選び、淡々と話すマリアに王子は、戸惑っていた。


「マリア、アーサーのどこがいいんだ。」

少し咎める口調になってしまった。

マリア嬢は、キョトンとして、大きな目を見開いた。王子の目をしばらく見つめて、苦笑した。

「何をおっしゃっているのですか?アーサー様は、…その…お、お友達ですわ。」

顔を僅かに赤くして、お友達と言う言葉を口にする。


「そうか。マリアは…」じっと顔をみつめ、何かいいたそうにしていた王子をマリアは見つめるが、王子が続きを口にすることはなかった。


「いや、すまぬ。何でもない。」

王子もそのあと、ケーキをいくつか食べ、世間話をして、その間アーサーの話をすることは、なかった。


マリアが王子に全く興味がなく、それを自分は残念に思っていることを、王子が自覚した瞬間だった。


(アーサーなんて、実は女性なのに…)


自分の下心を、棚に上げて、マリアを非難することはしないが、理不尽にも、嫉妬している。


いつも、八つ当たりする相手のサイオンが今日は休みなので、仕方ない。大人しく、とはならず、近場の近衛騎士を、と思うが、最近入ったばかりの新人をいじめる気にもならず、八つ当たりは諦めた。


ふと、ローズは何をしているか、気になった。今日はアーサーの格好はしていないはずだから、ローズの格好で会えるかもしれない。


この間、ディアンに男装以外では、ローズに合わせない、と言われたが、奇襲すれば良いのだ。


自分の考えにホクホクしていた王子は気がつかなかった。今日の護衛をしている新人の教育担当はディアンで、王子の捕獲が実習内容に組み込まれていることに。


王子の邪な決意は、後ろに控えている彼らには、バレバレで、彼らはもうすぐ実習が始まることを理解した。


近衛騎士の新人は、ディアンがいなくても、いや、いないからこそ、僕たちがやります!と言う良い子たちばかりだった。




ローズが初めてアーサーの格好でサイオンの元に訪れた際、終始話題は男装の完成度についてで、あとはマリアとの馴れ初めとか、サイオンとしては図ったわけではないのだが、王子の話題は全く出なかった。


縁談についてもそれとなく聞いてみたものの、あまり興味はないようで、専ら彼女の興味は男装であるらしく、サイオンは自分がまだスタート地点にすら立てていないことを自覚していた。


ふと近づいた時に、恥じらう素振りすら見せない様子からも気づいていたし、覚悟はあるものの、些かショックは受けていた。


ディアンの憎たらしい笑顔が浮かんでくる。


この鈍感な姫はどうしたら、怖がらせずに意識させることができるのか、恋愛経験の乏しいサイオンにとって、かなりの難題だ。


どうしたものか…


ローズの笑顔を見たいと思うから、嫌がることをしないのは勿論、喜ぶことをしよう。笑顔になってくれたら、後はもう何でもいい。


ローズは今のところ、制服に夢中だ。

「良かったら、着てみますか?私のサイズなので、少し大きいと思いますが…」

途端に動かなくなったローズを心配する。

「ローズ嬢?」


「…いいのですかっ?」

唾が飛びそうな勢いで、言われて面食らうも、笑顔を作って、了承する。

「勿論。」

平民のアーサーの格好は華奢で、服の上から被せてあげるとすっぽり入った。

丈が長く、ワンピースみたいになる。


(これはこれで…)

サイオンは自分の中の何かが目覚めそうになったのをぐっと押しとどめ、目を逸らした。


「あは。大きいですね。やっぱりサイオン様のサイズは。」


かろうじて腕を出して、姿見で全身を見ている。抱きしめたい衝動にかられ、サイオンは必死に我慢した。


帽子を探す。制服とセットの帽子をローズの頭に深く被せ、自分の顔を見えなくした。サイオンの頭より一回り以上小さなローズの頭は、帽子により小さく見えなくなった。


ふふ、と笑い声がして

「サイオン様の匂いがしますね。」

と言われた。


「ああ!申し訳ありません。」

臭いのだと、謝ると、ローズは嬉しそうに目を細めて、

「いい匂いがします。」と言った。


「こんなこと言うと、変な人みたいですが、戦う男の人の匂い、私は好きです。」


好きだと簡単に口にするローズに、邪な気持ちはないにしろ、サイオンを煽るには充分だった。


「ローズ嬢、誰にでも気安くそんなことをおっしゃられると、勘違いする男がでてきてしまいますよ。」


忠告に曖昧な笑顔を見せたローズにも、一応は伝わったようで、サイオンが顔を近づけると一歩退いたのが、わかった。


ようやく、ローズ嬢はご自身が女性だと気づいたのだな、と安堵した。

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