第10話 兄の婚約

*少し前の話です。


子爵家には、祝勝会からずっと釣書がたくさん届いている。戦争から帰ってきたディアンだけでなく、ローズやレオンにまで。年頃の有能な貴族との婚姻は、早いもの勝ちだ。


爵位が上の貴族からの申し込みは断りづらく、かと言って正直面倒な家はごめんだ。


ディアンは自分に届いている釣書には目もくれず、ローズが置きっぱなしにしている大量の釣書に片っ端から目を通していく。


第一次の書類審査で、振り落とされたのは、実に全体の8割だった。

残り2割を丁寧に置き直し、何か調べ始めたと思ったら、そのうち何枚かまた脱落したようで、気づかないうちにディアンによって、第二次審査までが終了した。


残りの釣書を先程まであった場所に丁寧に置き直し、ローズの侍女マリカを呼び、釣書を渡す。


「まだローズには渡すな。それまでに調べろ。」

「かしこまりました。」


侍女が出て行ってから、また今度は、自分に届いた分の山を見つめた。ため息を軽くついて、パラパラと眺めていたものの、首を振り、部屋を出て行った。

自分の縁談に興味はなかった。


従者があとを追いかける。

「ディアン様、そろそろ釣書が溢れてきますので、軽く振り分けしていただかないと。」

その言葉に苦笑するものの、まだ決められない。

「だって、6歳とかあるんだぞ。犯罪じゃないか。」

貴族の婚姻は早いもの勝ちで、近衛騎士として地位は低いが、有能と言われるディアンに至っては爵位を賜る可能性は高く、だからこそ年頃の娘のいない貴族は、幼い子でも釣書を送ってくるのだ。


「会って、おままごとでもすれば良いのか?」


さすがに一回りも下の子とは避けたい。

まず話は合わないし、世間からの目が気になるし、何より俺は犯罪者ではない。


自分の賞味期限が切れたら皆、そっとしてくれるのだろうか。

騎士になることだけが、目標だった。そのため、爵位を弟に譲り、日々訓練を欠かさず、ようやく騎士になったというのに。


特に気に入った女性はいない。まして、貴族令嬢など。


結婚するなら、平民の女性がいい。しっかりしてよく働く、がっしりした女性。貴族令嬢は、お淑やかすぎて合わない。ローズぐらいお転婆なら良いが、令嬢として、あれでは困るだろう。


まあ、ディアンにそもそも選択肢はないのだが、愚痴ぐらい言いたいのだ。


両親が選んだ相手は抵抗むなしく、かなり年下のご令嬢だった。


令嬢が成長して、婚約破棄してくれることを期待して、ディアンは婚約を受け入れた。初めてお会いした婚約者様は愛らしい令嬢だった。


ご令嬢は一目でディアンに恋に落ちた。




ディアンは家を出て婚約者の元に向かう。一度会った婚約者は利発そうな少女だった。年の差がある政略結婚はゴロゴロあるとはいえ、どうしても犯罪である意識が抜けない。


政略結婚だとしても、愛のない結婚などしたくないので、少しでも歩み寄る努力はしたいと思う。


婚約者に会うまでは、成長した相手に婚約破棄してもらうために悪い意味で頑張ろうとしていたのに、会った途端、180度態度が変わろうとはディアン自身も思っていなかった。


(けれど、彼女を悲しませたらいけない気がする。)

そう思えるぐらいには、ディアンは彼女を気に入っていた。


ディアンの婚約者は、ディアンと10歳離れており、まだ11歳。後々高位貴族の後家とかになるのなら、今のうちに若くて才能のあるディアンに、と言うことなのだろうか。


ディアンと会った時の彼女は、綺麗な挨拶をして、可愛らしい笑顔を見せた。家族仲は悪くはなさそうだったが、貴族の家だ。もしかしたら、隠されていることがあるのかもしれない。


探られて困るのはどこも同じだと、ディアンは思考を止めた。


今日は、お家に行って、お茶でもしながらお話をして、と思っていたのだが、馬車を降りたディアンの頭上から声がした。


「ディアン様~!」

ギョッとして、頭上に目を走らせると、窓枠の外側に手すりを持った状態で、婚約者が手を振っている。


「こんにちは。…えーと、危ないですから降りてきませんか?」

ディアンとしては、一旦部屋に戻ってから、階段を使って降りてきて欲しかったのだが、彼女は、「わかりました!」と言って、そのまま下に飛び降りた。


ディアンは焦って飛び込んで、ちゃんとキャッチ出来たのだが、少女のあっけらかんとした悪びれぬ態度についに、お兄ちゃんモードが発令してしまった。


元来、お転婆すぎる妹がいる身だ。年下の少女に対しては、妹に対するように接してしまう癖がある。ただ婚約者に対してそれはいかがなものかと、あえて控えていたのだが、ローズを凌ぐお転婆さについにキレたのだった。


「リリア様、そちらにお座りください。」

リリアと言われた少女は、婚約者の表情が、ガラッと変わったことに戸惑っていた。叱られることが、わかった。問題は、ディアンの顔を至近距離で見て、自分が爆発しないかどうかだった。


リリアはディアンの顔が、好きだったのである。


ディアンは注意しながらも、リリアがあまり話を聞いていないことが、わかったので、昔ローズにしたように、彼女を膝の上にのせ、言い聞かせるように話すと、リリアの顔が見る見る赤くなって、謝ってきたので、これで一安心だと、彼女を離した。

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