第9話 制服と騎士と

楽しみにしていた街歩きは、ほぼほぼ公爵令嬢の独壇場で終わった。帰り際、ローズ嬢はアーサーに対して、「またお会いできますか?」と聞いた。

アーサーはチラリと王子を見たものの、断りきれず、「ええ、是非。」と返事をした。


王子を迎えにきた馬車に令嬢をのせ、同僚にバトンタッチし、サイオンとアーサーが残る。


「サイオン様は乗らないのですか。」

不思議そうにサイオンを見上げるアーサーに笑いかける。

「私は今から非番ですので、お送りいたします。」

「え、いいですよ、大丈夫。すぐそこですので。」


王子とマリア嬢から離れた途端、少しローズの顔が見え隠れしたアーサーを危ないから、と宥めて家まで送る。


思った通り、日が沈みかけている道を歩いて帰るようで、さすがに男装しているとはいえ、危ないだろう。送ると申し出てよかったと思う。


危機管理がイマイチなようだ。

貴族令嬢らしい、というか何というか。


「今日はどうでしたか。」

「緊張しました~。」


フニャっとした笑顔になって、力なく笑うと、サイオンの方を見てお礼を口にした。


「何のことでしょうか?」

「あのマリア様にお会いした時に、こう…」

挨拶の時にジェスチャーで教えたことを言っているのだと気付いた。


「いえ、理解されて良かったです。普通平民はわからないから、どちらでも良かったのですが。」

「いえ、あの方に、失礼がなくて良かったです。」

フフ、と笑い合う。


あ、とローズが声を出す。

サイオンが目を向けると、

躊躇いがちにローズが話し始めた。


「あの…縁談の件なのですが…」

「はい。」

「…本気ですか?」

「はい?」


ローズが何を言いたいのかわからなくて、戸惑う。


「あの…兄が、選んだ釣書の中にサイオン様のが、ありまして。」

(あいつ、ちゃんと渡したのだな。俺のだけ避けると思ってたがいいやつじゃないか。)

「サイオン様はきっと、お前のことを揶揄っているのだと、兄が申しており。」

(前言撤回。なんちゅーことを!)

「年齢も少しあいているし、気になるなら聞いてこいと言われまして。」


サイオンはディアンに苛々しつつ、ローズにきちんと説明するために向き合った。


「ディアンが何と言おうと私は本気です。年齢は、申し訳ないが、貴方を大切にお守り致します。」


言ってから気がついた。

ん?気になるなら?


「私の事を気にして頂いてたのですか?」サイオンは淡い期待を抱いた。


アーサーの格好をしたローズは、顔を赤くして、頷く。


「あの、式典用の制服が一番お似合いなのは、サイオン様ですから!」

(ん?なんか急にどうした?)


いい雰囲気だと思ったのはサイオンだけだったようで、ローズは構わず、制服姿のサイオンの魅力について語っている。


何かローズがいいたそうな感じがしたのは、これか、とサイオンは気付かれないように小さくため息をついた。

とはいえ、チャンスだと思うことにする。


「もし良ければ、制服を見にきますか?

ご令嬢が来るようなところではありませんが、アーサーとしてなら、ね。」


「よろしいのですか?」


キラキラとローズの目が輝いた。



騎士様に誘われてから、ローズは楽しみすぎて幸せな日々を送っていた。マリカからは若干気持ち悪がられ、兄からは訝しがられ、弟からはため息をつかれるぐらいには、おかしかったようだ。


いそいそと、男装してアーサーに変身してゆくローズにディアンは首を傾げる。

今日は王子に会う日なのかと。


ローズは正直に言うのが、良いことなのか判断が出来ず、かと言って嘘をつくことも出来ず、真実のみを言うようにした。


王子の婚約者であるマリア様にアーサーとしてお会いした時にまたお会いしたいと言われたこと。ボロがでるのが怖いので打ち合わせをしなきゃいけないこと。

全て真実なのだが、ローズが言わなかったことがある。それは、どこで、誰と打ち合わせをするか、と言うこと。


納得してくれたのか、ディアンは特に何も言わなかった。ディアン自身用事があるようで、急いでいるようだったのもある。


ローズを馬車に誘ってくれたものの、バレるのが怖くて断ったのを、特に不審にも思わず、あっさり見逃してくれたのもその用事とやらのせいだった。


母は子ども達が慌ただしく出て行く様子を見てため息をついた。とくに平然と男装で出て行くローズには、ため息しか出ない。


せっかく王子と会えるのに、嬉々として男装するローズも、愚かにもそれを勧めたディアンも全く何を考えているのか、わからないでいた。


ローズは家を出て、待ち合わせ場所に着くまで、早足になってしまうのを自覚した。楽しみすぎて、最後は駆け足だった。早く着いたと思うのだが、サイオンはもう来ていた。この間の街歩きの時の服とまた違って、爽やかな好青年風だが、これが素に近いのか、よく似合っていた。


近くのサイオンの家に着くまで、歩きだったのだが、男同士でもエスコートが自然でさすが王子付きの近衛騎士だと感心した。


男装とはいえ、男性の家に二人きりで入るのは緊張した。今は、アーサーだと自分に言い聞かせ部屋に入ると、夢のような光景が目に入ってきた。


ローズは式典用だけでなく、制服をこんなにたくさん間近で見たことはない。サイオンはローズが喜ぶと思って、歴代の制服を借りたりして、部屋に飾っておいてくれた。


口を開けたまま、動かないローズに笑顔で、入室を促して、お茶を入れるため、キッチンへ行くと、サイオンは笑みを深める。


まさか、そんなに喜んでくれると思わなかったから。


制服のあとは、何で釣ろうかと、美味しいと有名なお菓子屋さんで買ったお菓子を開け、皿に盛る。

紅茶は自分の好きなのにした。


さあ、第二段階。

ローズをおもてなしするために、部屋をノックすると、興奮したローズを見て、こちらも笑顔を向ける。

楽しい休日になりそうだ、とサイオンは思った。

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