第8話 街歩き
ローズはアーサーになり切るために注意している事がある。喉仏を隠す事と、声を低くする事と、大股で歩く事だ。
骨格で、一目瞭然な気もするが、やっぱり少年期の子供に変装するなら、女性でも大丈夫なはずだ。
今日は急遽もう一人増えるらしく、自分が令嬢であることをバレてはいけないと、気を引き締めた。
待ち合わせ場所まで歩いて向かう。馬車で送ると言われたが断って護衛を何人か連れて家を出た。
歩いていると、公爵家の馬車とすれ違う。気にも止めず歩いていると、バタバタと音がして、後ろから小さな女の子に抱きしめられる。
驚いて後ろを向くと、可愛いけれど、平民には見えない綺麗な令嬢がいた。
「アーサー様!」
アーサーの顔をまじまじと見つめるご令嬢の瞳が美しく澄んでいて、うっかり吸い込まれそうになる。
「あ、あの…」長く抱きしめられていると体の細さで、女性だと見抜かれてしまうのでは、と気が気じゃない。
「あら、ごめんなさい。」
顔を真っ赤にして、恥じらっている。
か、可愛い。お姫様みたいだ、と思って、思い出す。
「あれ、まさかあの時の…」
ご令嬢は、アーサーの顔を見つめ、ウルウルと目を潤ませる。
「覚えていらしたのですね。」
アーサーが何か言う前に、また抱きつかれてしまう。
なーんか、公爵令嬢の護衛の方から異常な殺気を感じるのですが、と後ろを見たら、なんとうちの子爵家の護衛達も臨戦態勢に入ってる?
いや、待って。ちょーっと待って。
ご令嬢を引き剥がし、とりあえず向こう側の殺気を何とかしてもらい、うちの護衛達にもご退場いただいた。
ご令嬢は、この様子からアーサーを探していたようで、多分貴族年鑑に載っていないことから、平民と目星をつけたのだろう、と推測した。
アーサーに会って何がしたいのかは、まだわからないが、この可愛らしさは、同性だと言うのに、ドキドキが止まらないほどだ。
ただ、今日は予定があるため、ここでお暇しなくては。
どう切り出そうかと、思っていると、アーサーを呼ぶ声がする。そちらに視線を向けると、王子とサイオンが目に入った。
「エド様。」
自分が言うより先にご令嬢が名を呼ぶ。
「もう会っていたのだな。」
ご令嬢に目を向けたあと、王子は少しぎこちなく笑い、彼女を紹介してくれた。
「私の婚約者の、マリア嬢だ。」
「アーサーです。」
男性の挨拶などわからないが王子の後ろでサイオンがジェスチャーで助けてくれた。見様見真似でマリア嬢の手に口づけを落とす。
マリア嬢は顔を真っ赤にして、立ち尽くし、王子はその様子に、ここに来るまでの自分の考えが杞憂に終わったことを知った。
と、同時に婚約者の自分にすら見せたことのない、恥じらっているマリアに戸惑っていた。
(あれ、これ、振られるやつ?)
マリアはいつもなら、王子にエスコートされるのだが、アーサーに会えたことが、嬉しくてアーサーと、腕を組んでいる。
変装しているとは言え、無意識だったようで、王子は、少し複雑な思いを抱えた。
サイオンはこの妙な街歩きを意外にも楽しんでいた。ご令嬢に負けているのが、何とも言い難いのだが。
王子の婚約者殿は、アーサーがもし本当に男だとしたら、王子そっちのけで、他の男に現を抜かしていると受け取られる行為を取っている。
いつもなら、苦言を呈す王子も、特殊な状態に戸惑っているようで、何も言わない。ただオロオロしている。
一番驚いているのは、アーサーだ。
二人はどうやら面識があるらしく、ご令嬢同士だから、当然なのかもしれないのだが、それでもそわそわとしていた。
平民の彼に(子爵令嬢の彼女としてもだが)どうにかできる状態ではない。
それでも王子は助け船を出そうと話しかける。
「二人は面識があったのだな。」
「はい。一度。とてもお世話になったことがありまして。」
ご令嬢は、また顔を真っ赤に染めてアーサーを見上げて笑う。
(か、可愛い。)
天使の様なご令嬢の可愛さに、ほぼノックアウトされかけのアーサーもだが、サイオンは王子の何とも言えない顔に笑いを堪えるのが、大変だった。
マリア嬢は、いつもは公爵令嬢らしく、凛とした姿なのだが、今日は町娘風の服を着ているせいか、表情も豊かで、無邪気な様子を見せている。
まるで別人のようだ。
これもアーサーがいるからなのかと、以前彼女達が出会った時の様子を知りたいと思った。
王子としては、嬉しい誤算だった。
マリアのこんな顔は今まで婚約者として過ごしていても、お目にかかれないものだったから。
ローズと仲を深めようとしていた邪な気持ちも未だにくすぶってはいるのだが、もう少しマリアの楽しげな顔を見たいと思った。
彼女が笑いかけるのが、自分ではないのが釈然とはしないが。
今度、マリアと二人で街歩きもいいかもしれない。
でも、二人の場合、あのような楽しい顔を見せてくれなかったら、いじけてしまうかもしれない。
ローズもといアーサーに目を移すと、やっぱり後ろから見ると、少年にしても華奢で、見る人が見ると、わかってしまう。もう少しお肉はつけるべきだ。
触り心地もその方が良いだろう。
などと、失礼なことを考えている。
ふと不穏な空気を背後に感じ振り向くとサイオンが睨みをきかせていた。
「今、失礼なこと、考えましたね。」
「え。口に出していたか。」
「殿下は表情に出し過ぎです。一国の王子として、そんなことでは、いけません。」
サイオンに、叱られてしまった。
あまり自分は顔に出さないタイプだと思っていたのだが、どうやら違ったらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます