第7話 騎士と公爵令嬢

目の前にいる王子があたふたしているのを見て嬉しく思う自分は性格が悪いのだな、とサイオンは自覚する。


祝勝会で、ローズ嬢を見てから、動機が収まらない。会える機会があって、至近距離で彼女を見たときに、顔が赤く染まるのが、わかった。


見た目が恐ろしいと言われて、そのこと自体は近衛騎士としてはありがたいのだが、無闇に怖がられるのはショックである。


だからローズ嬢が近づいてきてくれた時嬉しかった。あれは、兄のディアンに内緒の案件だったし、自分のことを何とも思っていない証拠でもあるのだけど。


何とも思っていない、という一件においては、王子と同格だ。


王子がローズ嬢改めアーサーとお会いになることは、王子を警護する身としても嬉しい。男装をして現れた彼女に驚きはあっても、顔立ちは令嬢のまま、美しいと思った。


サイオンは騎士で、伯爵家は長男の兄が継ぐため、格は子爵の次になる。騎士として手柄を立てれば、爵位がもらえることもあるが、そのためには、王子に何かなくてはならず、それは考えただけでも恐ろしい。平和が一番だ。


彼女は近衛騎士に興味があるらしいので、爵位はもらわなくとも近衛騎士の地位さえ守れたら、と思っている。


しかし、近衛騎士にどんな興味があるというのか。兄に言えないこと?

兄に言えなくて、サイオンに言えることは何なのだろう。


サイオンはわからないながら、ソレがある間は会うことは叶うから、その間に縁談を纏めようと息巻いていた。


王子と兄との会談に、偶然居合わせたサイオンに向けるディアンの目も気になった。ディアンは最初から、サイオンが縁談を申し込んでいるのを知っていたはずだ。次男とは言え、伯爵家からの打診を無下にはできないはずで、だからあの時のディアンの牽制は王子とサイオンに対してのものだと考えた方が良いだろう。


あそこの兄弟も、中々の存在である。兄は言わずもがな、弟のレオンも次期子爵として、責任感が出てきたし、頭も顔も良く、姉が大好きだ。


第二王子との仲の悪さも相まって、王族にはあまり関わりたくないらしい。


第二王子から一方的に聞いた話では、レオンと伯爵令嬢の喧嘩を婚約者である第二王子が仲裁したことが、はじめらしいが。伯爵令嬢の言い分ばかり聞いたのだろう。女性に弱いから。


ディアン曰く、よくできた弟なら、そんな王子を軽蔑してもおかしくはない。


ずるい考えではあるが、レオンを味方につけることができたなら、少しはチャンスが掴めるかも、と思うものの、サイオンはレオンとの接点はなかった。


まだローズ本人の方が会えるのだから、邪なことを考えず、当たって砕けることにした。







第一王子に新しい平民の友人ができた、という噂を公爵令嬢が耳にしたのはつい最近のことだ。


何人か警護を連れて、王子と少年が歩く姿を何人も目撃している。


平民ということは、当然お茶会にも夜会にも来たことはないだろうから、どんな方か、気になるわ、と公爵令嬢は思っていた。


王宮の庭で王子とお茶を飲んでいて、ふと彼の話になった。

「明日はアーサーと遊びにいく。」

「最近お友達になられたと、お噂の?」

「ああ、そうだ。」

公爵令嬢はその名前に聞き覚えがある。

「アーサー様?…あ、あの方!」

「マリア、知り合いか?」

王子が目を丸くする。


「いえ、多分人違いですわ。」

婚約者の前で別の男性の話をするなんて、はしたない。


思いとは裏腹に、王子の話もそこそこに公爵令嬢は、記憶を辿っていった。


公爵令嬢とは言ってもまだ幼かった時分、マリアはお茶会に出たものの、周りに馴染めず、途方にくれていた。


庭の隅の方に小さくなって、時間が来るまで息を潜めておこうとしていたある日。声をかけてくれた方がいた。


「こんなところでどうしたのですか。」

優しい目をした王子様みたいな方。

緊張でカチンコチンになった私に笑いかけて、一緒に食べませんか?とお菓子を差し出してくれた。


年齢は同じくらいとは思うものの、それ以降会えず、そのお菓子を見るたび思い出してしまう。


(まさか、ね。平民は入れないお茶会だったもの。あの方とは、別人よ。)


そう思うものの、疑念は晴れず、気付いたら、王子にお願いしていた。


「エド様、私を、アーサー様に会わせてください。」


突然のことに、王子は驚きはしたものの、断ることも出来ず、了承した。令嬢が何か思い詰めた表情をしているのも、気になった。


(まさか、アーサーの正体がバレているのでは?)


王子は自分の行いに疾しさを感じていた為、婚約者に向ける顔がなく、罪悪感から、了承したのだった。


「ただし、街歩きだから、平民風の変装はするように!」

公爵令嬢とバレたら、こちらの変装もバレてしまう。護衛にも言っておかないと、と周りを見渡せば、今日の護衛もサイオンだった。


にっこり微笑み、うなずく。

話は通じたらしい。


(もし、アーサーに会わせて、ローズと見破られたら、誠心誠意謝ろう。)

王子は最低だが、婚約者を大切には思っていたし、結婚相手は彼女だと思っていたので、婚約破棄はされたくない。


隣国の元王子は、庶民の女性にかまけて、婚約者を蔑ろにし、婚約破棄され、廃嫡されたと聞くし。


(同じ運命は辿りたくない。)


婚約者の意図を勘違いしたまま、明日の街歩きは始まる。





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