第6話 準備
さて、この度兄から念願のお許しを貰ったし、早速男装用の服の製作に取り掛かる。
とはいえ、式典用の制服については、サイオンに会えていないこともあり、まだ情報が足りない。
街にいそうな少年に変装するための服を作るのだ。一応最下層ではあるが、貴族の令嬢なので、古着を着ることは少し抵抗がある。ましてや、貴族令嬢のドレスなど綺麗なものならまだしも、平民用の服なんて。
ローズは王子は偉ぶらない良い方だとは思うものの、特に思い入れもなく、よくお忍びで街歩きをしている方と言う認識でしかないため、自分が何故選ばれたかわからないが、感謝しなきゃと思っていた。
マリカとデザインの候補を書いておいて、以前に作った型紙から、布を切って行く。
平民のフリでも、一応王子の目前となるので、あまり変な格好もできない。
選んだ布地が割と良いもので、マリカに却下されたりはしたものの、兄に隠れてコソコソ作っていた時と比べて、数段も良いものが作れたように思う。
靴は作れないので、今まで購入した中から選ぶ。王子と一緒ならそんなに歩かないかもしれない。でも緊張して、疲れやすくはなりそうだから、少しでも足に負担のかからないものを、と選んだ結果歩きやすい紐靴に落ち着いた。
髪は少し短めなので、帽子で隠せるし、日によってはウィッグを被ることもある。お気に入りのものは、栗色のもので、ローズの瞳とのバランスが良く、普段遣いに向いていた。
何度か、母に黙ってお茶会に男装で紛れ込んだ時に、どこかの令嬢とお話した時に使用したのも、その栗色のものだった。
その令嬢とは、その後お茶会で何度かお会いしたが、まさかあの時の少年が実は私です、とは言いづらく、そのまま、会えなくなってしまった。
どうやら、その方は公爵家の方だったようで、普段はお目にかかることすらできない方だと知ったのは、最近のこと。
(何か粗相していないかしら。)
粗相と言えば、今回は男装が粗相と言えば粗相なのだが、それにローズは気づいていない。
ローズはレオンが生まれた時、名前をアーサーにするか、レオンにするか、両親が悩んでいたことから、男装をしている時は勝手にアーサーと名乗っていた。
でも、家名を口にすると迷惑が掛かるため、ただのアーサーと名乗っていた。
その名を、王子との会話の時に使用することにし、アーサーと言う平民の少年を作り上げた。
ローズは顔自体は綺麗なのだが、女顔に悩んでいる平民のアーサーのフリをして、それは誰の目からみても、真実に思わせることができた。
ローズは、男装を楽しみながら、王子の友人の地位を手に入れた。
突如現れた綺麗な顔の少年の、身辺を探るものが現れた。
ローズは男装をしたあと、護衛の指示を受け、追手を撒きながら帰ることになった。
(何だかスパイみたいで、ワクワクするわね。)
アーサーの護衛には、子爵家の護衛だけでなく、王子の側からも護衛をつける打診があった。
近衛騎士ならよかったが、近衛騎士は王族専用なため、丁重にお断りした。
最悪、兄がいますから大丈夫です、と、
言って。
兄だけで、多分事は足りる。
兄はローズが大好きだから。
第一王子には公爵令嬢のマリアという婚約者がいる。子供の時分から婚約者と言う位置づけだったので、二人は恋愛感情を持たないまま、成長した。
お互い、将来結婚する相手として、不足はなく、不満もない。正直今まで恋愛する暇もなければ、恋愛など不要だとさえ思っていた。
第二王子が婚約者の伯爵令嬢と毎日イチャイチャしているのを、見ても苦笑することはあっても羨ましいと思うことはなかった。
今の状況は巷で流行りのロマンス小説みたいだ。
違うのは、子爵令嬢が王子のことを何とも思っていないことと、婚約者を私が蔑ろにすることはないところだけ。
婚約者の尊敬するところは、下の者に偉ぶらず、慈しむところだ。
真に、プライドが高いとは、この人のような人を指すのだと思う。
彼女を蔑ろにすることは、自分を大切に思わないことと同義で、とても愚かなことだ。
わかっていながら、第一王子は自分が今浮かれていると自覚する。彼女の兄と言う中ボスからお許しが出たのだから。
表だっては、男同士だが、スキンシップは特におかしなことではない。男色と勘違いされないギリギリを攻めたいと思う。
たくさんドキドキさせてやる。
婚約者がおりながら、他の女性に下心を持つなんて、控えめに言っても最低な部類だ。どうせ最低なら、極めてやるぞ!
ダメなら、ローズに会えなくなるだけ。日常に戻るだけだ。
何も失うものはない。
はあ、と短いため息をついて、仕事に戻る。
「明日はまた市井に行かれるのですか?ローズ様と一緒に?」
真横から急に声をかけられ、あわあわする。
しかも今こいつ、ローズの名を出した?
「あ、アーサー様でしたね。」
「え、なんで。」
「何言ってるんですか。僕もいたじゃないですか。話し合いの時に。」
ああ!そうだった!
ディアンとの会談の際、近衛騎士として同席していたのはこの男サイオンだ。
「それは、秘密なんだ。他の誰にも、アーサーがローズだと知られちゃいけない。お前も口外するのは避けてくれ。」
「わかってますよ。ローズ様にも言われてますし。」
「いつ。いつ会った?」
「ああ、この間、こられたのですよ。訓練所に。男装されて。殿下の護衛をする人たちにも男だと思わせたいそうで。女性の姿を何度もみていたら、バレそうだとおっしゃって。」
うむ。なるほど。
「一つ確認なのですが、殿下は、ローズ様を側妃になさりたいのですか。」
「ローズが望めば、だが。」
「と、言うことは、ローズ様は今はその気がない、と。」
「ああ、そうだ。」
こいつ、地味に攻撃してくるな。
「お前、性格悪いって言われないか。」
「今気づかれたのですか?」
うん、やっぱり腹が立つ。
苛々した王子を横目にサイオンはクスリと笑う。
「では、まだ付け入る隙はありそうですね。」
「何がだ。」
「いえ、縁談ですよ。ローズ嬢に婚約を申し込んでいるので。」
は?
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