第5話 兄の牽制

第一王子は、訓練のあった日、ローズと会話してから二度、ローズと会っている。会うと言っても、偶然会ったのが一度。待ち伏せしたのが、一度。


二度とも、ローズは男装中だった。


ローズにあまりにも似ているが男だと思い、親戚か何かと声をかけてみたら、まさかの本人だった、という訳だ。


なるほど、女性だと絶対に出来ないことが、男装しているとできるのだな、と思った。


試しに肩を組んで、引き寄せて見ても、傍目には、友人同士がじゃれついているようにしか見えない。


ローズ本人は驚きすぎて固まっていたが。


「君は今、男性だろ。」

そう耳元で囁くと、そうでした、と

男のフリをする。そのフリは板につきすぎていて、男装が一度きりのものではないことを分からせた。


男装をするような女性を他に知らない。

会えば会うほど、面白い女性だと、王子は思った。


「殿下、あの…」

「しっ!ここでは、エドで頼む。殿下では目立つからな。」

「は、はい。エド様。」

「様…まあ、良い。」

ローズと肩を組んだまま歩く。


これが、女性の姿なら、婚約者のいる身としては、余計な噂になっていたが、今は男の姿だ。


(これは、案外使えるな。)

王子は黒い笑みを浮かべたが、緊張していたローズは気が付かなかった。



二度目の待ち伏せは、自分でもらしくないことをしたと思う。


たまたま用事があったのを早めに切り上げて、市井の様子を見に行く。勿論、変装し、護衛もつけて。


ローズが立ち寄りそうな、店を何軒か見に行き、うろうろしていると、たまたま、男装したローズが通りかかった。


最初は、男性に見えたのに、タネを知ってしまうと、今度は女性にしか見えなくて、馴れ馴れしい態度は出来なくなってしまった。


男装の話や、ローズのこと、好きなものの話など、世間話をして、街を歩く。

格好は男だが、歩幅は小さいので、配慮して、ゆっくり歩く。


コロコロ変わる表情は、見ていて飽きない。


「君さえ、よければ、私の友人になってくれないか。」

ローズは驚きながら、

「恐れ多いことで…」と、断ろうとする。

「私の変装に付き合って欲しいのだ。これからも。男として。」

最後の一言は、自分自身にも言った言葉だ。


男として。

女性としてではないから、浮気ではない。あくまで友人として、だ。


渋々と言った様子で、ローズは了承してくれた。


私達は友人になった。











「おや、今日は男装じゃないのだな。」

近づいてきた王子が余計なことを言った。チラリと兄の顔色を伺って、ローズは曖昧に頷く。


ディアンは、漸く頭が動き出したようで、先程の王子の発言を理解した。ローズをジト目で見ている。

ローズは冷や汗が止まらない。


王子は、気に留めた様子もなく、優雅に続ける。

「今日の町娘風もなかなか可愛いな。」

兄の目が鋭さを増していく。

「殿下、妹が最近、大変お世話になっているようで。何か粗相がございましたか。」


「いや、お世話になっているのは私の方だ。いや、貴君の妹君は面白い。」


(一緒に戦争に行っていただけあって

仲は良いのかもしれないわ。)


ローズはニコニコしながら、力強い握手を交わしている王子と兄をみて、呑気にそんなことを思った。


力強い握手は、ミシミシと、音がするかのようだった。







「お、ま、え、は~~~!」

屋敷に着くや否や兄から雷が落ちる。

「ごめんなさいごめんなさいお兄様。」


「何が悪いか、わかってるか?」

かなり脱力しきった状態で、兄が問い掛ける。こんな姿は初めてみる。

「男装したことですよね。」

恐る恐る答えると、兄は頭を抱えてしまった。


「お、お兄様…?」

長い長いため息のあと、ローズにしっかり言い含める。

「今後、殿下に会うときは、必ず男装して会うこと!いいか?」

ローズはきょとんとした。

「え?」

「今後一切、女性の格好で会う事を禁止する!」

「お兄様、男装してよろしいのですか?」

「ああ、でも令嬢として、参加するお茶会とかはだめだ。母に俺が叱られる。王子とプライベートで会うときだけだ。守れるか?」

「守れます!」

ローズが前のめりに返事をするのは、男装を兄に初めて認めて貰えた喜びから。


「他のやつにはお前が男装してるとバレるなよ。バレたら終了だ。いいな?」

「はい、勿論です。」

ディアンはその後、王子に会いに行き、男装姿なら妹に会ってもよい、と告げた。


王子は臣下に偉そうに言われたことにも、動じることなく、ただ苦笑いを浮かべ、了承した。


男装のローズに手を出せば、王子は男色であると、告白するようなものだし、女性の姿のローズに手を出せば、ローズはふしだらな女だと、罵られてしまう。


お互いを守れるのは、この方法しかない。


「もし、貴方に会うのに、男装したくないと妹が言えば、あとは貴方の思うようにしていただいて結構です。」


王子がローズに興味を抱いているのを理解した上で、条件をつけてきているのである。


わざわざ言うということは、ローズは王子に会えることではなくて、大好きな男装が出来ることに喜んでいるのだろう。


男装をして歩いている時の楽しそうな生き生きした、ローズの顔を思い浮かべて、王子はニヤニヤした。


男装姿だろうが、ローズに会える。その事実に王子の胸は高鳴った。






兄とて妹を苦労するとわかっている男に付き合わせたくはない。いくら政略結婚でも、だ。子爵と言えど、貴族の端くれ。政略結婚の意味を理解してはいる。


第一王子は、人間として、王族として信頼に足る人物だ。一緒に、戦争に参加した経験から、そう断言できる。


だが、彼には長年付き合ってきた公爵令嬢という婚約者がいる。彼女が正妃になる為、ローズには側妃か侍女になるかぐらいしか道が残されていない。


とはいえ、それはいずれも、ローズが望めば、だ。

ローズが望まないのなら、相手が王族だろうが、いくら望まれようが、関係ない。絶対に、ローズは渡さない。シスコンと言われようが、妹の幸せを譲る気はないのだ。





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