第3話 王子様と騎士様 ①
あとから到着した両親と合流して謁見の順番を待つ。二年ぶりの我が子を見て両親は誇らしげに微笑んでいる。
「ディアンに縁談がたくさん届くわね。」末席の貴族で近衛騎士の兄にはまだ婚約者がいない。昔から声はかかっていたものの、戦争が終わるまでは、いつ命を落とすかままならないため、お断りしていた。
母親の弾むような声に、苦笑しつつ平静を保とうとしているが、ローズやレオンは騙されない。
あれは、面倒と思っている顔だと。
「貴方達も他人事じゃないわよ。」
母の興味が妹弟に移って、気をよくしたのかニヤッと笑い、「そうだぞ、お前らを残して行けないだろう。」とのたまう。
「ローズ、貴方はちゃんと女性の格好さえしてくれたら素敵なのよ。」
完全に母が対象をローズに移したことに兄は上機嫌になった。
母がこうなると、何も口を挟まず、大人しくしておいた方が早く終わる。お茶会で何度か母に内緒で、男装したことを根に持っているのだ。
ちょうど、タイミングよく謁見の声がかかる。ローズは助かった、と思うものの、途端にマナーについて不安になった。だが、今日の主役は、兄なので自分に注目は集まらないだろう、と思い直した。
王様、王妃様、第二王子とは、前回の夜会でお目にかかったが、第一王子にお目にかかるのは初めて。
顔をまっすぐに見てしまって、さっきレオンに言われた言葉を思い出した。
(不敬っ!怒られる!)
急に目を伏せ、あわあわしたローズをみて、第一王子は穏やかな笑みを浮かべた。
「君がディアンの妹か。そんなに緊張しなくて良い。」
第二王子とも兄とも違う綺麗な男の人に柄にもなくドキドキしてしまい、恥ずかしさも相まって、さらに俯く。
そんなローズを面白そうに、第一王子は見つめていた。
緊張していたせいか、すぐに謁見は終わる。疲れてソファに座り込むと、母が嬉しそうな声をあげた。
「第一王子、戦争から帰られてさらに威厳が加わって、素敵になられたわね。うちは、子爵だから正妃は無理でも、側妃とか侍女とかいくらでもお側にいられる手段はあるわよ。」
前半はローズも同意したものの、後半は何の話かわからないでいると、兄までもが「まあ、第二王子の側妃よりは、第一王子の方がまだマシか。」と言いだした。
弟は反対してくれているが、知らぬ間に外堀を埋められそうになっていることにローズは震えた。
「初めてお目にかかって、緊張してしまっただけよ。恐れ多いこと、言わないで!」
ローズがそう言うと、母はなーんだ、と言う顔になって、
「ようやく、貴方のお眼鏡にかなう人が現れたと思ったのに。」と言った。
どうせだったら、近衛騎士から選ぶわよ、と言う心の声が聞こえたのか、兄は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「あら、お兄様は?」
祝勝会の後、何日間かは騎士団の訓練はお休みで、しっかり体を休めるよう王命が下ったというのに、ローズがどれだけ屋敷の中を探しても、兄のディアンの姿はなかった。
「体が鈍ると仰られて、訓練に行かれました。」
ローズは、マリカに目配せすると、目をそらされてしまったものの、兄に叱られてもいいわ、と身支度を始めた。
勿論、兄を出しにして騎士団の訓練を見に行くとは、言えない。
マリカは、言ったところで聞かないだろう主人の考えに賛同はしないが、ちゃんと準備を手伝い、言うとおりにするから、侍女の鑑だと言える。
ただ、止めるのが面倒だから、と言った理由では決してない、はずだ。
騎士は訓練中は勿論制服ではないのだが、マネキンがどのように作られるかは少し興味がある。
肉厚な感じが、6割増しマネキン様のウリだ。
あと、普通に兄に会いたい、というのもある。
ローズは本人は気づいていないのだが、立派なブラコンであり、幼い頃と変わらず兄と同じところにいたがった。
とはいえ、この2年間、会いたくとも戦争についていけるわけもない。ここぞとばかり、男装にはまっていたのは、決してしめしめと思っていたのではなく、それが兄を身近に感じる時だったからだ。
機嫌よく過ごしているローズに苦笑しながら許してしまうのは、マリカが、兄のいない時期のローズを間近で見て、知っているからだ。
料理長から預かった差し入れを持って、馬車で向かう。
「お兄様に、叱られるかしら。」
どことなく楽しそうなローズに、笑ってしまう。
「なんだか、叱られたいように見えますよ。そのいい方ですと。」
「だって久しぶりに会えたのに、もういないのよ。会ったら文句の一つもいいたいわ。」
「訓練が終わったら、ちゃんと帰ってこられますよ。」
普段はすましているローズも、兄の前だと妹になる。少し残念な女の子になる。
それも、マリカから見ると、可愛くて面白かった。
近衛騎士の練習場は王宮の外れに位置している。二人が着くと、意外にも人がたくさんいて、休みと言うのに、皆考えることは同じみたいだ。
ローズが声を掛ける前に、兄が気付く。
驚きはしたが、想定内だったのか、苦笑して、周りの方を紹介してくれる。
皆様にご挨拶して、最後は上司の方。
上司の方は、あの、6割増しの方だ。
他の方と筋肉のつき方が違う気がする。
あまりにもまじまじと見てしまったようで、上司の方が恥ずかしそうにしていることに気づき、謝罪を口にする。
「ごめんなさい。素敵(な筋肉)でしたので、見惚れてしまいました。」
上司の方の顔がさらに赤くなった。
「それ、何?」
マリカが持っているバスケットに、食べ物の気配を感じたのか、兄が声を掛ける。
「差し入れです。お腹を空かせてらっしゃるかと思いまして、シェフに頼んだので、美味しいと思います。皆様の分もございますので、どうぞお召し上がりください。」
多めには作ったのだが、足りるだろうか。
想定外の人の多さに困惑したものの、騎士様の筋肉に貢献できることに、胸は踊った。
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