第2話 祝勝会

会場へ向かう間、馬車に揺られて、男装が趣味になったきっかけをローズは考える。


お兄様じゃなかったかしら、と。


具体的には乗馬の時間。

お兄様の乗馬スタイルが凄くかっこよくて、素敵だったのだ。


対するローズはいつものドレスより、もっさりしたドレスで、全く可愛くなかった。


ローズはあの頃、母を幼いレオンに取られたように感じていたから、ディアンにベッタリくっついていて、ディアンがやること全てやりたがった。


男の子の格好は動きやすく、ビラビラもついていないし、大きく足を開いても平気な上、着替えるのも楽だ。


また、足を開いたり、水たまりを飛び越えたり、よじ登ったりすると、女性は、はしたない、と叱られる。

男性は大丈夫なのに!


この世はなんて不公平なの!

幼いながらに思ったのだ。


そのことについて抗議したローズに、男性の大変さを理解してもらうために、父が一時ローズを男装させたのが決定打となった。


あの時のことは、今でも家族中から不満が出るほどで、父の肩身はこの時からどんどん狭くなっていく。


ローズは、身近な男性であるディアンを参考にした。


その時感じた自由をローズは忘れることができない。


女性はなんて、不自由で不憫なのだ、と。奇しくも、父が教えたい事実と正反対の結果になってしまった。






王宮の前にたくさんの馬車が並んでいる。子爵家は、序列が最後の方なので、大人しく待っている。一番前にまだ公爵家の馬車がある。


「これは時間かかるわよ。」

レオンも外を眺めて、ため息をついた。

「仕方ないよ、貴族が勢揃いなんだから。」


レオンは真剣な顔をして、ローズに顔を寄せる。


「お願いだから、姉さん。変なことしないでね。」

「毎回言わなくていいわよ。わかってます!」


レオンは、姉に自分の言葉が全く伝わっていないことを知っていた。


前回も前々回も、同じ忠告をしているのにも関わらず、もういろんなハイエナ達に目をつけられているのだ。


自分に向けられた笑顔でなくても、姉さんの笑顔を見ただけで、虜になってしまう男はいるんだよ。


多分言ったところで、姉は理解してくれないのだ。まるで赤ん坊を相手にしているみたいだと、レオンは思った。



今日の凱旋パレードでの様子を、姉の護衛に聞いたところ、第一王子の興味を引いたらしい。


何でよりにもよってあんなめんどくさいのを、引き寄せてしまうんだ。


護衛によると、こうも言っていた。

姉は気づいていなかった、と。


どうせ、騎士の制服でも見てたのだろう。


前回の夜会で、第二王子にも、話しかけられて、あたふたしてたし。子爵家だから、大丈夫と思ってる所に王子がくるのだから、そりゃ慌てる。


姉はいい加減気づくべきだ。自分の見た目が、男の目を引くものだって。


本人全く気付いてないし、なんならめんどくさい、とか言っちゃうからなぁ。


悶々としていると、外ではようやく馬車が片付いて行き、子爵家の番が来た。


先に降りて、エスコートする。

姉が降りた途端、周りの男たちの空気が変わった。


レオンは気を引き締めた。




会場に到着したローズを出迎えたのは、同じ子爵令嬢で、婚約者が凱旋パレードに出ていたシエナだった。


「あら、婚約者と一緒にいなくていいの?」

戦争のおかげで、ゆうに2年もの間、婚約者と離れ離れだったのだ。


「私との感動の再会は、もう終わったわ。今、友達との感動の再会中なの。邪魔しちゃ悪いわ。」


一見、ドライな関係に思えるシエナと婚約者だが、ちゃんと恋愛関係である。


シエナは家族以外でローズの趣味を知る人の一人だ。彼女の初恋は、ローズの男装姿だった。


「今は何を作ってるの?」

隣のレオンに聞こえないように小声で、話す。

「騎士の式典用の制服よ。」

「あら、貸してあげましょうか?」

ローズは首を横に振る。


シエナの婚約者は騎士団に属しているが、目当ての近衛騎士とは、隊が別なので、制服も少し異なる。


「それこそ、ディアン様に…」

言いかけて、シエナが黙った。

シエナの後方から夥しい冷気が漂ってきた。


「お嬢様方、何をコソコソお話かな?」

シエナはニッコリ笑って、挨拶もそこそこに、婚約者の元へ帰って行った。


「お兄様、おかえりなさいませ。」

「ただいま。それで?僕の質問にまだ答えてないよ?」


「う、なんでもありません。」

ローズの男装に関する話は、兄の前では禁止されている。


ローズは兄の姿をみた。

「先ほどの制服とは違いますね。」

言外にガッカリ、という雰囲気は出していないのだが、兄は冷気のほとばしる笑顔で、ローズの次の言葉を封じ込んだ。


凍てつくような寒さの中、レオンが助け船を出してくれる。


「この後、謁見が終わったら、すぐに帰る?」

「そうだな。俺はもう少しいなきゃいけないけど、お前たちはいいだろ。」

「……ズ、ローズ、聞いてる?」

「え?なんですか?」

兄と弟が話し始めると、昔からの癖で、ローズはぼんやりしてしまう。


苦笑して、兄がこの後王族と、ご挨拶があるけれど、王子二人とは絶対に、目を合わせてはいけない、と言った。


「間近にいらっしゃるのに、目を見てはいけないの?」

「姉さん。下位の貴族が、上位の方たちの目をまっすぐ見るのは不敬だよ?」

「そう…だったかしら。そうよね。すっかり忘れていたわ。」

弟に言われて、そんなこと初めて聞いたと思うものの、マナーの授業中、あまりきちんと聞いていなかったことを思い出した。


兄にバレたらまたお説教が長くなる。

精一杯取り繕い、笑顔をみせる。


「ま、上の方たちから謁見だから、僕らの番はまだまだだよ。その間、何か食べるか?」


コルセットがキツく、そんなに食べられない。兄が側を離れた瞬間、ざっと周りを見渡した。近衛騎士の何人かが目に入るも、式典用の制服ではない。


兄がこちらに戻ってくる姿をみて、今日は制服を見ることは叶わないと、悟った。







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