男装令嬢は騎士様の制服に包まれたい

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第1話 凱旋パレード

長きにわたる隣国との戦争に勝利し、無事に帰国した兵士達を称える凱旋パレードに、多分そんな邪な思いを持っている人物は一人だけであろう、ある令嬢がいた。


彼女の目当ては、騎士達の式典用の制服である。

滅多にお目にかかれない式典用の制服は、兄が近衛騎士に在籍しているにもかかわらず、彼女にとって遠い存在だった。


「お兄様の意地悪…」

呟きは群衆の声にかき消される。

兄の所業に、苛立たしさは多少あるものの、基本的には兄が大好きな彼女は、兄が通るのを今か今かと待ち続けていた。


低位とは言え、貴族に名を連ねるものとして、外に出る時は変装し、護衛をつけなければならない。

フードを被り、隅の方でひっそり待っていると、兄の乗っている車が見えてきた。


丁度、強い風が吹いてフードを取り払ってしまう。


令嬢の美貌に周囲がざわめく。

「お兄様~!」

ブンブンと手を振って大声で名前を呼ぶ。それは貴族令嬢としては礼儀作法がなっていない、といわれても仕方がない。


兄は妹にすぐ気づくと、笑顔で手を振り返した。フードをかぶるよう、手で指示を出す。慌ててフードを被り直し、彼女は少し移動する。


彼女の目的はあくまで、制服。

もうすぐここに第一王子が乗った車が通るので、見やすい位置に移動した。


第一王子の横にピッタリとくっついている騎士が、彼女のお気に入りのマネキンで、彼の着た制服は、他の人より6割増しぐらいに見える。


近衛騎士の中でも若く、実力もある。


彼女の兄も近衛騎士の一員なのだが、体格がまだ細く、マネキンとしては顔に頼りすぎている感が否めない。


本来ならマネキンに顔は必要ない。


ようやく、第一王子の乗った車が見えてきた。

御目当ての近衛騎士も一緒にいるようだ。座っていた第一王子がわざわざ立って民衆に手を振っている。


おかげで少し見えにくい。


目の前を通り過ぎていくときに第一王子が、彼女に笑いかけたが、彼女は制服を見るのに必死で見逃した。


食い入るように騎士の6割増しの制服を見ている。


令嬢に声をかけるものがいたら、彼女が何を考えているか、わかったはずだ。


「ふんふん、あそこはこうなってるのね。ボタンは、このぐらいかしら。丈はこのぐらいで、濃紺かしら、黒かしら。何とか布地を触れたらいいのだけど。」

ぶつぶつと呪文のように、つぶやいて、パレードは続いているのに、すっかり頭の中は別の場所に行ってしまった。


令嬢は、隠していたメモに書きつける。


制服のイメージ図を。頭の中にある今の状態を逃さないように。


令嬢は早く帰って、仕上げたかったが、兄が待っているだろうから、祝勝会だけは出るつもりだった。


それには一度帰ってからまた来なければいけない。


こんな町娘みたいな格好では笑われてしまう。


「めんどくさーい。」

護衛は知らないフリをしてくれた。

他の貴族なら、顔をしかめて非難されてしまうだろう。


こういう集まりでもない限りたかだか子爵家の令嬢である彼女は、王宮に入れないのだから。





家に戻った令嬢は、早速さっきのイメージ図と照らし合わせて、型紙に修正線を入れていく。


(布地さえわかれば、作業が進むのに…)


先程パレードで目に焼き付けた騎士の制服を思い出して、布地を探ろうとした彼女の部屋に、ノックの音が響く。


「ローズ様、そろそろご支度、よろしいですか?」

「え、もうそんな時間?」

「失礼いたします。」

侍女が何人か、ローズを囲み、あっという間に連行される。


わしゃわしゃと体を洗われ、マッサージされ、ドレスを着せられ、化粧を施され、髪を整えられた。この間彼女が、許されたのは首を縦にふるか、横にふるかの二択。


突然の襲撃であったため、作りかけの作品が出しっぱなしだった。


(行くまでに、しまっておかないと、兄が見たら、またお説教されてしまうわ。)


侍女のマリカが、考えを読んだように、作品を手に取り、元々隠していた場所にしまってくれた。マリカこそ、彼女に裁縫を教えてくれた師匠である。彼女のおかげで、ローズは退屈な日常から脱却することができたのだった。


「ありがとう。」

「いえ、ディアン様に八つ当たりされるのが嫌なだけですので。」


ディアンとは、先程パレードに出ていた近衛騎士の一人で、ローズの兄である。


兄はローズを可愛がっていたが、男装の趣味だけは、理解してくれず、ローズが式典用の制服に一目惚れした時も、決して貸してくれなかった。


「別に、お兄様の制服を着るってわけじゃないのだから、貸してくれたって。」

ローズは、いまだにそのことで、兄とギクシャクしていた。


ローズは、自分の行いが令嬢にあるまじき行為だと、わかっている。わかってはいるものの、やめられない。


子爵令嬢としての自分の身分は、平民に毛が生えた程度のものだ。

貴族令嬢の振る舞いとやらは縁遠い。

だから、別に趣味ぐらい、いいじゃない?と思っている。


ローズは今まで、何種類もの男性の服を見様見真似で作ってきたので、裁縫は得意だし、針子として働くことだってできる。


高位貴族のお屋敷に働きに出されたりしたら、役立つと思うわ。

開き直りとも言える言い草に兄はいつもため息をついていた。


ローズは、祝勝会に行くために丁寧に着飾られた自分の姿に苦笑する。

綺麗に整えられた姿は美しく、もはや自分ではないみたいだ。



(兄に会って、王族の方々にご挨拶したら、終わりかしら。)


運が良ければまた制服が見られるかもしれない。

少しの期待に胸がワクワクする。

制服を見られると思うとさっきまでの憂鬱が嘘みたいに晴れていく。



お兄様にバレないように動かないと、と考えて、兄に会いにいくのに、会いたくないと言う矛盾に、少し笑った。



最近背が伸びて少し大人っぽくなった弟、レオンにエスコートされ、馬車に乗る。


「姉さんが男装で行きたがったら全力で止めろ、と兄さんに言われたから、どうしようかと思ったけど、そんなことなくてよかったよ。」


ローズは、その手もあったな、と思ったが、可愛い弟の手を煩わせるのも、と思い直した。


「大丈夫よ~、まだ制服できてないし。」


ローズの言葉にレオンは青白い顔をして黙り込んだ。


ローズは綺麗で、人目を引く容姿をしている。その気になれば、結婚したいと思う男はたくさんいる。なのに、彼女には全くその気はない。


今は男装に夢中になっている。

何が楽しいのか、男の姿でポーズを取ったり、侍女を口説いたりしているローズを見ると、レオンはローズの真意が分からなくて心配になる。


それは兄も同じなようで、兄弟はローズに気づかれずに、同盟を結んだ。


ローズが何かやらかす前に回収する、と言う重大な責任を伴う役目を、兄弟はお互いに課した。



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