第2章 戦火は広がるどこまでも

第15話 帝国歴323年1~2月、ガラリア戦


 ここは、ガラリア共和国の首都ナンテールにある大統領官邸内の大統領執務室。


 大統領レイモン・ポアンはドライゼン情勢ついて思考する。


――わが国は、ハイネ連邦軍によってドライゼン帝国首都コルダが危機にさらされている状況で、帝国の西部地域に展開していた陸軍部隊を直ちに周囲に派遣し占領地域を拡大しようと目論み帝国に対してあやうく宣戦布告するところだった。

 幸運だったのか不運だったのか、ドライゼン帝国に宣戦布告予定の前日、肝心の連邦の矢がドライゼンの帝都コルダを目の前にして折れてしまった。


――しかも間をおかず東部戦線でもハイネ軍は全滅したと聞く。詳細はおろか真偽のほども不明だが、自己の都合の良いように楽観視することは国家の舵を取るうえで危険なことであると心得ている。ドライゼン軍が休養を終え、再始動すれば今度は西部地域の奪還に動くか、ハイネ連邦に攻め込むだろう。西部地域の奪還に動いた場合、奪還だけでは終わらない可能性も否定できない。


――ドライゼン軍が、ハイネ側に攻め込んでくれればいいが、冷静に考えれば先にわが方が占領している西部地域の奪還に向かうはずだ。今さらどうにもならないが、ドライゼンの西部地域への進駐は少し早まった。



 扉をいつも開け放している大統領執務室に、呼び出していたジップル陸軍最高司令官が到着したところで、専門家の意見は貴重なものだということも承知しているポアン大統領は、自己の思考を終えた。


「ハイネには一線級の部隊はもはや存在しないはずだ。ドライゼン軍は先にわが方が占領している西部地域の奪還に動くと思うのだが、どうしたものだろうか?」


「ドライゼン皇帝は、これまでの閣僚を全て更迭し帝権を強固なものにしたうえ文字通りの親政を始めた模様です。火事場泥棒的に西部地域に進駐したわが国をドライゼン皇帝が許すとは思えません。ここはドライゼン軍が休養し戦力を回復する前に占領地のわが軍を糾合して帝都コルダに向けて東進させ、城下の盟を誓わせるしかないと思います」


「帝国との全面戦争か?」


「はい。いずれにせよ、帝国が戦力を回復し東方ハイネ連邦を侵せば今以上に国力が増大し、わが国単独では太刀打ちできなくなります。参謀本部では現在帝国軍が自由に動かせる戦力を最大10個師団と見積もっていますが、これは日に日に増加していきます。決断が早ければ早いほど戦略的・・・に優位に立ちまわれます」


「今打って出るにせよ、我が国一国では荷が重すぎないか?」


「アンガリア王国の艦隊がハイネの砲艦を護衛したといううわさもありますし、わが国も、ある程度の利権を約束して、アンガリア王国を引き入れるのも手かもしれません。多くは望めませんが、最低でも帝国の海上交通を遮断できれば、兵器の生産も滞るでしょう」


「わかった。そちらの方は外務省に任せよう。それはそうと、ハイネ軍を全滅させたトライゼン軍の動きが気になる。いったいどういった魔法を使ったのか見当がつかないかね?」


「ドライゼンに派遣しています連絡員からは、究極の新兵器が戦場に登場したと伝えてきております」


「世迷い事は沢山だが、実際のところどうなのだ? 参謀本部は何と言っている?」


「おそらく先日話に上ったドールmk6マークシックス:ドミニオンが実戦投入されたのではないかと申しております」


「そのドミニオンは予想通り強力だったわけだ」


「連邦軍の75ミリ高初速砲を受け付けなかったのでしょうが、わが方の大口径100ミリ高初速砲は連邦軍の高初速砲と比べ約2倍の威力があります。いくら高性能と言っても、mk5と比べ防弾性能が2倍になっているとは考えられません。

 実戦で通用することは証明されてはいませんが、わが方の大口径100ミリ高初速砲でmk6を討ち取ることは可能と考えます」


「わかった。その線で作戦案を作ってくれたまえ」


「それでは確認させていただきますが、今回の戦争目的は帝国の西部地区の完全併合。戦略目標はドライゼン帝国帝都コルダの攻略ないしそれに準じるということでよろしいですね? 西部地区の完全併合が条件なら、攻略はしなくてもコルダを囲めばドライゼン側も講和に応ずるでしょう」


「それで頼む」


「至急作戦を煮詰めます」





 ドライゼン帝国の東部国境沿いのハイネ連邦軍がASUCAの活躍で駆逐されたため、帝国軍はそれまで国境線上で連邦軍を押しとどめていた部隊を後方の各師団駐屯地へ戻し休養させることにした。その穴埋めとして帝国各地から退役軍人ベテランをかき集めた2個師団相当の部隊が充てられた。


 連邦軍が再度押し寄せてきたとしても、最長半日だけ押しと止めることができればASUCAが駆け付けることができる。そういった考えでの兵力配置となっている。




 帝国南東部に残る連邦占領下の都市については、対象の都市にASUCAが突入し、連邦軍を完全排除したあと治安部隊が入城し、都市の治安回復を行うという流れで開放が進んでいった。


 ASUCAの能力から言って、連邦軍排除は一日二都市程度可能だったが、治安部隊のやりくりと移動に手間取り、都市の解放スピードは二日で一都市といった状況だった。


 都市の開放が続く中、中立国リトアとの国境近くの連邦軍は占領都市を明け渡し撤退していった。


 そして、3週間後、最後の都市が解放され、市庁舎にドライゼン帝国旗が翻った。



 この間ニコラは御前会議において、新たに任命した建設大臣に対し連邦占領下にあった都市の復興と、国内幹線道路の全面改修を命じている。幹線道路の改修はASUCAの国内移動速度を上げるための意味合いもある。この改修が完了すれば、幹線道路上に限るが、ASUCAの移動速度が時速200キロから300キロに引き上げられる。




 連邦軍によって占領されていた最後の都市が解放される1週間前。


 ガラリア共和国から帝国の西部地域に交代・・部隊が到着した。その規模は完全充足10個師団に及ぶ。これまで駐留中の部隊と合わせ、20個師団が西部地域に一時的に・・・・展開していることになる。部隊にはガラリア軍の主力ドールも多数配備されていた。また目を引くのは、自動車両にけん引された長大な砲身を持つ10センチ砲が多数配備されていることだろう。



 もちろん、帝国軍もこの動きを察知しており、周辺の警備を強化したが、それ以上の具体的な対応は行っていない。


 軍の再編半ばでの2正面作戦はさすがにニコラも躊躇したかに見えたが、ガラリア側の戦力の集中を待っていたフシもある。






 ここはアンガリア王国首都ランデアム。首相官邸の首相執務室。首相ヘンリー・アスキンが執務室に呼んだ第一海軍卿サー・ジョン・スペンサー・ブッチャー海軍大将に向かい、


「こんどはガラリアからの書簡ですが、提督はこの書簡を見てどう思います?」


「首相、帝国との直接的な対決はガラリアに任せて、わが国はドライゼンの喉元を締め付ける程度でお茶を濁しておきませんか? いかにドライゼンと言えどもあの貧弱な海軍力では海を押し渡ってこのアンガリアの土を踏むことはできません」


「喉元を締め付けるとは海上封鎖という意味ですか?」


「はい。相手は基本民間船ですから、主力艦を出す必要はありません。その程度でガラリアが植民地利権をわが国に寄こすというならコストパフォーマンス的にうまみのある話だと思います」


「提督のお考えは理解できますが、政治家の勘でしょうか、どうも嫌な感じがするのですよ」


「ドライゼン軍はわが軍とガラリア軍を同時には相手にしたくはないでしょうし、疲弊しているとはいえハイネ連邦もまだ息をしています。嫌がらせ程度ではドライゼンもわが方に宣戦布告はできないでしょう」


「なるほど。分かりました。海軍によるドライゼンの海上封鎖を許可しましょう」


「それと、海軍情報部でも例の作戦の準備が整いましたので実行許可を求めておりますが?」


「ああいったことは好みではありませんが、国の舵取りで個人の好き嫌いは無意味ですから。オプションの一つということであってもいいでしょう」


「それでは、実施ということで作戦を開始します。実行はおそらく、半年後以降になると思います」


 こうして、アンガリア海軍による北洋海出口とアンガリアとガラリア間に横たわるアンガリア海峡全域のドライゼン船に対する海上封鎖と秘密作戦の実施が決定された。

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