第13話 帝国歴323年1月、皇帝親政


「諸くんはわたしの言葉が信じられないようだが、じきに分かる。その陸戦兵器マキナドールを本日未明東部戦線に向けて放っている。遅くとも今日の午後6時には東部戦線のカタがつく」


 多くの御前会議出席者は戸惑ったような半信半疑のような顔をしてお互いの顔を見合っていた。


「私の方からはこれくらいだ。それでは会議を続けてくれ」


 会議室はざわついたまま、先ほどニコラに発言を遮られた戦務部長が戦局の説明を始めた。自軍の状況についてはある程度把握しているようだったが、連邦軍については帝都近郊まで攻め込んできたものの文字通り殲滅されたということしか分かっていないようだった。


 その後、戦務部の本来の業務である軍の動員状況、充足状況、新兵の教育訓練の進捗、物資の生産消費状況などの説明があった。一応、東部戦線に張り付いている部隊を除き、帝国内に存在する戦力を寄せ集めて再編すれば約10個師団相当を得ることができるようだ。


 ニコラはそのあとの会議中、上の空で今後の戦争について思いをはせていた。


――東部戦線を整頓した後に最初になすべきことは、連邦軍によって今も占領されている各都市の開放だ。これはASUCAを各都市に投入して敵を駆逐した後に守備隊を入城させるだけなので、比較的簡単だろう。


――そして、西部地域を占拠しているガラリア軍への撤退要求だ。おとなしく撤退すればそれまでだが、抵抗するようなら実力で排除することになる。その場合、戦争の落としどころが難しくはなるが、ASUCAがいる以上何も問題はない。ガラリアの首都に攻め込む気はいまのところはないが、兵力が整いさえすれば、それすらも可能だ。


――問題は今回アンガリア王国の艦隊が連邦軍に加勢したことだ。大方おおかた何かの利権をエサに火事場泥棒を狙って出てきたのだろう。今は抗議するくらいしかできないが、いずれ決着をつける必要がある。ASUCAはさすがに海上では活躍できないので、かの国の艦隊をどうすることは今すぐにはできないが、ASUCAをなんらかの手段で海を渡らせればいいだけだ。それだけであの島国は詰む。逆に今回のことで旗色を鮮明にしてくれたことはありがたかった。


――最後はハイネ連邦への逆侵攻だ。ASUCAによる敵の討滅だけは簡単だが、敵領土へ攻め込むのはいいが、補給路を維持しつつ占領地を拡大していくには現在の兵力では当面無理そうだ。疲弊した師団を休養させ、兵士を補充して充足状態にしてからの話になる。こちらも徴兵で集めた兵士たちが使い物になる3、4カ月先まで待つ必要がある。それまでに連邦軍がどれほど回復しているかは今のところ不明だが、要所にASUCAを投入するだけで敵を粉砕できるので特に問題はない。


 そういったことをニコラが考えているあいだに、軍務省以外からの当たり障りのない説明が続き、御前会議は散会となった。



 各省庁の者が退出する中、最後まで会議室に残っていたニコラに対し、同じく最後まで会議室に残っていた宮内省外局長が、


「して陛下、帝都から逃げ出した大臣たちはいかがいたしましょうか?」


「罷免だな」


「その程度でよろしいのですか?」


「そうだな。この際だから、膿は出し切ってしまおうか」


「それでは、そのように取り計らいます。大臣の罷免には陛下の勅命が必要となりますので後ほど勅書へのご署名をお願いします」


「わかった。よろしく頼む。それで、きみなら次の宰相には誰を推す?」


「そうですなー、ここはやはりご老体の出番では?」


爺さん・・・はいやがると思うぞ」


「そこは私にお任せください」



 帝国での大臣の任命、罷免の権限は建前上全て皇帝が所持している。慣例上御前会議の席上で宰相の推薦する人物を皇帝が大臣に任命しており、宰相の推薦した人物を拒否することはない。宰相自身は引退時、自身の後継者を宰相として皇帝に推薦している。また、大臣の罷免制度はあるものの、辞任した大臣は多いが、皇帝によって罷免された大臣はこの100年一人もいない。

 


 その後ニコラは会議室を後にして研究所に戻りASUCAの帰りを待った。


 当日午後9時。ASUCAは無事任務を完遂し研究所に帰還した。




 帝国歴323年1月、皇帝の異例の勅命により全大臣が罷免され、新たな宰相として嫌がるローランド・ビズマ帝国学士院名誉総裁が担ぎ出された。その他の大臣は当面不在である。ビズマ自身は、ニコラの皇帝即位時に教育係を辞して、悠々自適の生活を生まれ故郷で送っていたが、旧友の息子でもある宮内省外局長の説得を受け、宰相就任を承諾した。


 前宰相の属する軍務省内の派閥構成員も高位のものはほとんどが予備役に編入され、低位のものは地方部隊に左遷された。同時に、皇帝の軍事関係の諮問機関であるはずの軍務会議は解散している。


 これに先立ち、ニコラはこれまでの御前会議での慣例は一切廃止するとの詔勅を出している。ビズマ宰相自身が派閥を持つ身ではないため、これで軍務閥の台頭を抑え、ある程度宰相の仕事がやりやすくなるだろうとのニコラの配慮も入っている。



 また、首都防衛戦において前線の麾下部隊を放擲して撤退した首都防衛軍司令部の面々のうち軍司令官は敵前逃亡罪で銃殺。その他の司令部士官は全て予備役に編入された。この処置は前線の将兵たちから大いに評価された。もちろん帝国の危機を救ったことで国民からの皇帝への支持も絶大なものになった。


 ここに、ドライゼン帝国皇帝ニコラ1世の独裁権力が帝国内で完全確立され、文字通りの皇帝親政が始まった。




[あとがき]

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