第12話 帝国歴322年末~323年初


 ASUCAを送り出して一時間半。ニコラとマーガレットはASUCAに全幅の信頼は置いていたもののその活躍を実際に見てはいないためやきもきした状態で二人椅子に腰を降ろして取り留めのないことを考えていた。敵軍を殲滅するのにどの程度時間がかかるのかさすがに二人とも見当がつかない。


「もうじきASUCAは戻ってくると思うが、すぐにでも連邦との国境地帯、東部戦線に投入する必要があるな」


「そうですか。東部戦線までの距離はここから800キロ程度。舗装された道路ならアスカは時速200キロ以上出せますから半日あまりで作戦を終了して帰ってくることができますね」


「確かにそうだな。ASUCAを点検してみて異常がないようなら、明日の未明にでも東部に放とうと思うがマーガレットはどう思う?」


「敵兵を蹴散らす程度でASUCAに異常が発生することはありませんし、ASUCAの運用についてはニコラの領分ですので何もありません」


「わかった」


 そんな話を研究所内の休憩室で二人でしていたら、休憩室の扉が開かれASUCAが現れた。やや軍服はすすけていたがこれといった損傷はないようだ。もちろん皇帝旗も問題ない。帰りにも河底を歩いているがすでに軍服は乾燥している。


「ASUCA、任務を完遂し、ただいま帰還しました」


「ご苦労」


「ASUCA、あなたは、少し汚れているようだから、わたしと一緒に研究所ここの私のアパートメントにあるお風呂に入りましょう」


「はい」


「ASUCA、わたしのことはこれからはマギーと呼びなさい」


「はい。マギー」


「ニコラ、あなたのことは何と呼ばせますか? 陛下? ニコラ?」


「わたしのことは、マスターとでも呼ばせてくれ」


「ASUCA、だそうよ」


「はい。マスター。よろしくお願いします」


「ASUCAの知能は想像以上だな」


「これから経験を積んでいき学習を重ねれば、いろいろな面で最適化が進んでいきますからこの程度で驚いていては困ります」


「楽しみだな。それでは、ASUCAの確認と調整はマギー・・・に任せて私はすこし休んでくる。ここのところ無意味な会議、会議で疲れが溜まってきたようだ」


「お察しします。それでは失礼します」「失礼します」




 そのころ、前線を放りだし、帝都を越えて司令部を移設した首都防衛軍・・・・・司令部では知らぬ間に敵軍が殲滅されてしまい、前線を構築していた各師団からは現在戦場清掃の最中だという連絡を得た。全く謎の状況に戸惑いながら事態の把握に追われていた。すでに帝都から疎開していた各省の高官たち、特に軍務省の高官たちは連邦軍壊滅の知らせを聞き当惑したようだ。




 翌日の御前会議。


 新年初日ではあるがこの日も御前会議は開かれた。昨日の御前会議と比べもちろん会議室の雰囲気は明るい。



 ASUCAは未明に東部戦線に向けて出発している。


 道路状況にもよるが遅くとも正午までには前線に到着し、午後6時には東部戦線全域にわたり連邦軍を壊滅させてしまうだろうとニコラとマーガレットは予想している。


 以前は週一回のペースだった御前会議だが、帝国が連邦との開戦を決意して以降徐々に開催頻度があがり、今では毎朝御前会議が開かれている。そのため、ニコラはこの会議のことを午前会議と内心では呼んでいる。


 会議の席上、司会を務めるはずの宰相が不在のため宰相府の局長待遇の男がまず会の開始を宣言し、御前会議が始まった。その席で軍務省の代表として残った戦務部長が戦況について説明を始めようとした。作戦部長は既に疎開して帝都にはいない。


 ニコラは珍しくその説明を遮って、


「この御前会議は各省の大臣及び宰相が出席しているはずだが、ここ一週間だれも見当たらないのだがどうなっている?」


 正式な席はないが、現在出席している御前会議を主催する宮内省外局長にたずねた。


「各大臣は、帝都より疎開しており代理のものがこの御前会議に出席しております」


「不在や病気なら代理のものの出席もわかるが、私が帝都に残っている現状で疎開とはどういうことだ?」


 これまでこの件に対して皇帝の口から一言もなかったため容認されたと思っていた各省の代理出席者は冷や汗を流し始めた。ただ自分たちは大臣の代理なので叱責はありうるとしても重大な罪を犯しているわけではないと少しは落ち着いている。逆に考えると、彼らでさえ、皇帝をおいて帝都から脱出したことは重大な罪に当たるとの認識があるともいえる。


「申し訳ありございません」


 宮内省外局長がニコラに詫びる。


「外局長の責任ではないので安心していいぞ」


「はっ」


「その件については追って指示を出す。次に私の方から諸君らに知らせることがある」


 宮内省外局長以外は、全て代理出席者だったため、ニコラがこういった説明を御前会議ですることはまずないということに気づけなかった。


「昨日、帝都近くまで攻め込んできた連邦軍を壊滅させたのは、私と助手の二人で開発を続けていた陸戦兵器によるものだ。その陸戦兵器の名称はマキナドール。現在存在するいかなる兵器をもってしても撃破されることはなく、いかなる兵器をも撃破することができる。適所に投入するだけで、敵は文字通り全滅する。『戦術で戦略を覆す』ことが可能になる」


 皇帝からのまさに夢のような話に戸惑う会議出席者であるが、帝都に迫っていた連邦軍が壊滅いや消滅したことは事実である。出席者は、その事実と皇帝の道楽と考えられていた研究の成果を結びつけることはどうしてもできなかったようだ。



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