第11話 帝国歴322年末、殲滅の戦神


 前線のエルバ河まで7分半の間にASUCAは自身の身体機能を理解しほぼ掌握することができた。まだ機動の最適化はできないため動きそのものには無駄があり、超並列処理も内部の整合性の調整が未完だったため、位相重複技術により圧倒的な強度を与えられた無数の銀髪を最大100メートルほど伸張し、自在に操り斬撃を繰り出すはずが現状100本程度しか髪の毛を同時に操ることはできない。それでも陸兵やドール相手では全く問題はない。


 ASUCAが味方の帝国軍陣地に到達したときには、すでに連邦軍の渡河が始まっており、尖兵として渡河を果たした連邦軍の突入部隊がドールを先頭にして帝国軍陣地内の各所で白兵戦を繰り広げていた。


 ニコラやマーガレットにはそういった意識は当然ないのだが、まさにギリギリのタイミングでASUCAが前線に到達できたようだ。




 ここは2時間ほど前の前線の後方に位置する首都防衛軍司令部内。


「軍司令官閣下、予備兵力が枯渇してしまった以上、前線はまもなく崩壊します。手遅れにならないうちに司令部を後方に移動しましょう」


「よし、司令部の移動を急げ」



 前線に部隊を残したまま軍司令部が撤退してしまい、各師団同士の連携も取れないまま被害が拡大していく。各師団の指揮官はここを抜かれると帝都の危機だとの認識を持ち部隊の損害を無視して持ち場を死守していた。すでに各師団の損耗率は30パーセントを越え中には帝国の基準で言うところの全滅に相当する40パーセントの損耗率を越える師団も出始めている。




――エルバ河手前にて連邦軍ドールを発見。撃破しました。


――各部最適化率上昇。現在最適化率27パーセント。


――戦術目標を変更。エルバ河手前の連邦軍を殲滅します。



 どこからともなく片手に軍旗を持って現れた一兵士の周辺の連邦軍ドールが破壊され連邦軍兵士が殺傷されて行く。


 その兵士の持つ軍旗を確認したところ、皇帝の在所を示す帝国旗であることが確認された。まさに戦神ASU-CAの姿を帝国兵たちは戦場で幻視していた。


 これに対して渡河を果たした連邦軍部隊は逆にパニックに陥っていった。


 小銃弾は全く通用せず、渡河させた対ドール高初速砲をもってしてもどうすることもできない。連邦軍のドールなどは遮蔽物のない状態でその兵士の前に姿がさらされると、知らぬ間に行動不能となっている。随伴していた連邦軍兵士が停止した自軍ドールを確認したところ胴体が切断されていることが分かった。ただ、どのようにして切断されたのかは分からなかった。その兵士も間もなく殺傷されている。



――エルバ河手前の連邦軍の掃討はほぼ完了。残存についてはわが軍で対応可能と判断。


――各部最適化率上昇。現在最適化率33パーセント。


――これよりエルバ河を渡河し、連邦軍を蹂躙殲滅します。




 連邦軍はリトアを経由して帝国に侵入した40個師団のうち2カ月の進撃で10個師団相当が消耗したが、本国からの増援を受けいまだに40個師団が健在だった。


 その40個師団のうち、今回の作戦に投入された兵力は30個師団。そのうちの2個師団が渡河を敢行し、先ほどASUCAによって殲滅させられた。


 ASUCAはいま連邦軍部隊のドールの残骸や兵士の死体が散乱するさして広くない河川敷からエルバ河に入っていった。ASUCAの進む河底は泥土であったため速度は出さずゆっくりと進んでいく。


 帝国軍兵士たちは戦神の不思議な行動すいぼつを疑問に思ったのだが、帝国の守り神の行動に誰も不安に思う者はいなかった。


 それに対して、連邦軍側は、不気味な兵士が単純に入水したと考えることはできず、正面部隊は間もなくその兵士が河の中から岸に上がってくるものと対ドール用高初速砲を大急ぎで河川敷に並べて待ち構えていた。とはいえ、いくら可搬性に優れた砲と言っても短時間で用意できたのは5門だけだった。


 ASUCAが河に没して3分後。


 待ち構える砲は発射準備が整った。


 そして、ゆっくり河の中から旗が現れ、次に首が、次に上半身が現れた。


 砲手は砲の照準を修正し零距離射撃を実施した。砲兵たちにとってはそのはずだったが、砲の中ほどで爆発が起き砲身が吹き飛んでしまった。もちろん砲兵たちもタダではすまず全員負傷してその場に倒れてしまった。この砲兵たちは、ある意味幸運だったのかもしれない。


 ASUCAから見ると、目の前に並んでいた砲の砲身を発射に合わせて半ばから切断しただけだった。


 ASUCAは無数の小銃弾を受けながらも前進を続け、足元がしっかりしている舗装道路の上に立ったところで一気に加速して周囲を薙ぎ払って行った。


 左右に100メートルまで伸長した2本の銀色の髪の毛が時速200キロで地上1メートルの高さを平行移動していく。誰にも視認できないのだが、その髪の毛は先端に向かって地面と水平に音速を越えて波打っているためあらゆるものが簡単に切断されて行く。ASUCAの銀髪の振動により超音波が広範囲に発生しているのだが、もちろん誰も聞き取ることはできない。わずかな時間の実戦の中で最適化が進んだ結果である。


 ASUCAの進む左右には地上1メートルの高さで上下に二分された物体が量産されて行く。


――各部最適化率上昇。現在最適化率38パーセント。



 連邦軍の侵攻軍総司令部は前線から30キロほど離れた中都市のホテル内に設けられていたが、順調に推移していたと思われた作戦が支障をきたしていることにようやく気付いた。前線の各師団司令部と連絡が取れなくなったのだ。


 各師団の司令部も状況を把握できないまま隷下の部隊が壊滅していくため総司令部への連絡が遅れてしまったわけである。事態を把握できた時にはすでに部隊そのものが消滅していた後で、師団司令部も間を置かず後を追った。


 一時間にわたるASUCAの蹂躙の結果。南東部から帝国に侵入した連邦軍は侵攻軍総司令部と占領した都市に駐留する部隊を除き文字通り殲滅された。



 ASUCAによって蹂躙され酸鼻を極めた連邦軍の陣地跡だが、帝国軍部隊はエルバ河に仮設橋を渡し、部隊を渡河させ粛々と戦場清掃作業を進めた。


「おい、お前もあの旗を見ただろ?」


「ああ。あまり見かけない旗だったが、士官の話を小耳にはさんだところアレは皇帝旗だったそうだ」


「あの怪物、いや戦神は皇帝の最終兵器だったのか!」


「そうじゃないか。陛下は前々から秘密研究をしていたとのうわさがあったろ?」


「そういえばそんな噂があったな。あんなのができてたんならもっと早く繰り出してくれればよかったのに」


「バカだな。陛下が出し惜しみする理由がないだろ。やっと今日でき上って帝宮から急遽駆けつけてくれたんだと思うぜ」


「よく考えればお前の言う通りだ。この戦争だって軍のお偉方の目算がはずれたからここまで連邦に攻め込まれたんだろ?」


「そうだったな。兵隊の俺たちが言うのも変だが、今となっては、あの戦神がいれば軍隊なんていらないんじゃないか?」


「そうかもな。ただ戦神は死体を片付けてくれないから俺たちみたいな片付屋は必要だぜ」


「俺は軍を除隊したら清掃夫にでもなるかな」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る