第10話 帝国歴322年末、ASUCA誕生


「ニコラ、マキナドールに名前は付けないのですか?」


「名前は既に考えている。わが帝国の守護神、戦神ASU-CAにちなみ、ASUCAアスカとな」


「良い名前です。しかしASU-CAは男性神ではありませんでしたか?」


「そうだったか? いずれにせよマキナドールに性別は不要ではないか?」


「そうかもしれませんが、これまで苦労して創り上げたマキナドールです。なんだか自分の子どものように思えます」


「わたしにはそんな感情は今のところないが、マーガレットは女だからそういった感情が生まれるのかもしれないな」


「それでは、まずは身体の造形を整えましょう。ニコラ、この子は女性型にしてよろしいですか?」


「そういったところは詰めていなかったが、わたしはどうでもよいので、マーガレットの好きにしていいぞ」


「ありがとうございます」


「まさに、マーガレットの子どもになるわけだな。いや娘だったか」


「はい。ニコラには話していませんでしたが、私は子どもを産めない体なのです。娘ができてとても幸せです」


「それは知らなかった。その娘を戦地に遣るわけだがその辺は承知してくれ」


「ASUCAが戦場で斃れる可能性があるならまだしも、この子が斃れることはありえませんから」


「そうだったな。ボディーもそうだが、顔の造作も娘らしくしてやれよ」


「もちろんです。それでは、脳波による直接入力を試してみます」


 マーガレットは作業台の上に横たわるマキナドールに向かい、


「あなたの名前はASUCAアスカ。ASUCA、起きなさい」


 作業台の上のマキナドールが音もなく上半身を起こし、センサー類が詰め込まれた頭部をゆっく動かしマーガレットの方向に向けた。


「ASUCA、私の脳から直接情報を読み取って、わたしの思い描いているあなたの容貌になりなさい」


 マーガレットはASUCAに近づいていく。ASUCAは両手を広げマーガレットの側頭部を包み込むようにその手を当てた。


 徐々にASUCAの体形が変化し、体色も人のそれと同じように変化し始めた。


 顔の造形も、口と耳が形成され、可愛らしく鼻の孔も二つ空いた。そして眉、まつげがつくられ、最後にまぶたが開いた。大きめの瞳は青く輝いている。


「私はASUCA」


「ニコラ、この子に服を着せますから、しばらくあちらに行っていただけますか?」


「ああ、分かった。予想はしていたが、これはすごいな。ここまで生体金属の様相が人と見分けができなくなるほど変化するとは想像できなかった」


「その辺りは、入念に設計していますから」


「まあいい。それじゃあな」


「はい。

 ASUCA、あなたはすでに衣服の着方を承知しているでしょうから、私が用意したこの衣服を着なさい」


 マーガレットは最初からマキナドールを女性型にするつもりだったようで当面の衣類をバッグに用意して作業室の中に置いていたようだ。


 立ち上がって作業台を下りたASUCAにマーガレットが一枚一枚順に衣服を手渡していく。確かに娘に対する母親のようである。




 この帝宮内にあるニコラの研究所内ではさすがに砲声や爆発音は聞こえてこないが、研究所の屋上から南西方向を望めば黒煙が上がっているのが遠望できる。


 10分ほどしてニコラが作業室に戻って来た時にはASUCAは着替え終わり、まるでそこらの町娘のようだった。


 この姿を見る限り、マーガレットはかなり以前からマキナドールを娘として扱おうとしていたことがうかがえるが、確かにASUCAはマーガレットと自分の娘だと思えたニコラはそのことは指摘しなかった。


「ASUCAに丈夫な戦闘服を用意してやる必要があるな。いくら体が砲弾の直撃くらいではびくともしないと言っても、服が吹き飛んでしまうとさすがに連邦軍に笑われてしまうからな」


「ご心配なく。すでに帝国陸軍の軍服を模したものを用意しています」


「さすがだな。それはそうと、わが軍・・・に攻撃されようとどうなるわけでもないだろうが、ASUCAが私の直属であることを周囲に示すものがあった方がいいな」


「それではASUCA用に作った軍服と同じ素材で軍旗でも作って持たせましょうか? 確か皇帝親征時の旗が定められていませんでしたか?」


「わたしもいまだかつて見たことも無いが、親征に限らず皇帝の居場所を示す皇帝旗があったはずだ。どれ、取り寄せてみるか」


 ニコラは作業室内にあるベルを押し、係の者を呼び寄せて、宮内省内局から皇帝旗を見つけてくるよう言いつけた。皇帝旗を運んできた係りの者の話ではここ100年この旗がひるがえったことは無かったそうだ。


 運ばれてきた帝国旗の意匠は紺地の中央に金糸で描かれた鷲。四隅に白文字でドライゼンの四地方の略号が記されている。いずれもドライゼンが帝国に成長する過程で併呑した地名や国名である。


「少し複雑な意匠ですから、遠目では判別が難しそうですね」


「それは仕方がない。戦場でただ一人旗を持って立っていればそのうちASUCAだということが敵味方に周知されるだろう」


「それでは、この旗を複写して加工機で加工してしまいます」



 ものの3分で旗はでき上った。旗の大きさは横1メートル、縦70センチ。旗竿の長さは1.5メートルとなった。


「この旗ならASUCAの機動に耐えられるでしょう」


「連邦軍が帝都に迫ってきているが、ASUCAの出撃はいつから可能になりそうだ」


「単純な殲滅命令を遂行するだけなら今からでも出撃可能です。複雑な命令についてはわたし自身が理解できていませんので、ASUCA自身に学ばせる必要があります」


「相手はわが国に侵攻してきた連邦軍だ。従って命令は殲滅命令だけで十分だ。

 ASUCA、ここから南西25キロにエルバ河という河が流れている。その河向こうに布陣する連邦軍を殲滅せよ」


「連邦軍。……、情報検索。識別可能と判断しました。これよりエルバ河対岸の連邦軍を殲滅します」


「ASUCA待ちなさい。普段着から戦闘服に着替えていかないと。今用意するわ」


「了解しました」



 マーガレットが作業室の机の上に置いてあった箱をASUCAの前に持ってきた。


「私は席を外した方がいいのか?」


「今さらですから構いません」


 そう言っている間にASUCAは素早く戦闘服に着替え、皇帝旗を手にして準備は整った。


「それじゃあ、ASUCA、行ってきなさい」


「はい」


 作業室から敷地内に直接出ることのできる扉を開けてASUCAが作業室を出ていった。帝宮内や市中では衝撃波を伴う全力発揮おんそくとっぱはもとより高速機動も行うことはできない。ある程度開けた道に出て始めてASUCAは加速した。それでも路面を傷めないように走行はセーブしているため時速200キロ程度しか出していない。時速200キロで舗装道路上を疾走するASUCAは25キロ先の前線まで7分半で到着する。


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