第9話 帝国歴322年末、マキナドール起動
ハイネ連邦軍は中立国リトアと帝国との国境線を突破し、帝国に対して正式に宣戦を布告した。帝国も連邦に対し宣戦布告を同日行っている。
両国大使館はお互いに封鎖され、大使たち外交官は各々の国に引き上げていった。
動員の遅れた帝国軍は戦線を構築できず帝国南東部の各都市の防備に貼りついたが圧倒的な連邦軍の攻撃の前になす術もなく包囲殲滅されるか降伏していった。
また、帝国と連邦との国境への連邦側の圧力も高まっており、周辺から部隊が急派されている。それでも戦線が突破される可能性が高まってきている。
さらに帝国軍にとっての誤算は、確かにデュミナスは連邦軍側のドールに対して優位に立っているのだが、連邦の開発した対ドール用高初速砲の75ミリ砲弾の餌食になり生体金属による自動回復不能なまでのダメージを受け多数が撃破されてしまった。それでも東部戦線が崩壊していないのはひとえに後方からのデュミナスの補給が途切れていないからである。
帝国では動員令が発令され、軍需産業はフル操業を始め軍事物資の供給は速やかに戦争態勢に移行できたが、兵員の補充の方は思わしくかった。多数徴兵された民間人は各部隊の駐屯地に配属されたが、兵員として仕上がるには少なくとも6カ月は必要であり、退役軍人であっても兵員化には3カ月を要すると判断されていた。要するに現行の部隊で当面やりくりするほかない状況だった。
ハイネ連邦より宣戦が布告されて2カ月が経過した。南東より突き上がってくる連邦軍に対し帝国軍は戦線を構築することもできず、部隊は逐次投入され、陸軍は消耗を続けた。
その間、帝国の西に位置するガラリア共和国の軍隊が西部地域に侵入し西部地域を占領してしまった。侵入した部隊数は10個師団。西部地域に居住するガラリア人を戦火から守るという名目だった。帝国にはガラリア軍に対してことを構える余力は既に無かった。また、ガラリア軍もそれ以上の帝国領内への侵入は控えていたため、この方面は一応の落ち着きを見せている。
すでに帝都では政府機関も疎開を始めており、御前会議の出席者も大臣クラスは一人もいなくなり、良くて局長クラス、通常は部長クラスの出席となっている。御前会議の出席者は規則では大臣クラスが出席することとなっていたため、大臣の故意の欠席は重大な規則違反であるが、ニコラはそれをとがめるわけでもなく放置している。
帝都を脱出した高官たちの言い分は、敵国の軍隊に帝都近くまで侵入を許してしまった以上もはや降伏以外にはない。ここで早期に降伏することにより有利な条件を引き出した方が得策ではあるが、皇帝が継戦を主張している以上降伏はできない。従って帝都に戦火が及ぶ前に帝国の首脳部を疎開しようとしたまでだ。ということのようだ。
連邦軍が帝都に向けて進撃を続けていく中、帝国陸軍はある程度まとまった部隊を連邦軍の進撃路上、帝都の南東25キロに展開することができた。その数10個師団。帝国軍は連邦軍の進撃路上に横たわるエルバ河にかかる橋梁を破壊し、河を挟んで防衛線を構築している。後方には重砲なども用意され急場ではあったが簡単に突破されることはないと陸軍では判断している。しかし、この防衛線が突破された場合、帝国に残された帝都防衛手段は、近衛師団のみとなる。
そのころ、連邦軍の河川用大型砲艦20隻からなる隊列が北洋海東方からエルバ河口に向かって航行していた。
帝国海軍はこれを座視したわけではなく、旧式戦艦と巡洋艦を主体とした艦隊を出撃させたが、北洋海西方から大型戦艦を主力とする大艦隊がエルバ河河口付近で遊弋し始めた。
帝国艦隊は、近づく砲艦艦隊に対して砲撃を試みようとするも、遊弋中の艦隊が砲艦との射界を遮るように運動するため砲撃を断念せざるを得なかった。まもなく遊弋中の艦隊のマストにたなびく中立国であるはずのアンガリア王国海軍旗、ロイヤルエンサイン(
エルバ河を単縦陣で遡上していく20隻の連邦軍砲艦の各砲艦の武装は15センチ単装砲4門、8センチ単装砲4門、機銃多数というもので、帝国軍の防衛線に対して80門の重砲とも言っていい15センチ砲を遠距離から発射しつつ接近。80門の野砲並みの8センチ砲が砲撃に加わり、艦隊はそのまま防御陣地の前方を航過していった。
その一航過で防衛線は甚大な被害を受けてしまった。特に痛かったのは砲兵陣地が壊滅したことだ。これにより、連邦軍の渡河を阻止する砲撃ができなくなってしまった。もちろん帝国側の砲兵部隊も壊滅までに砲艦列に対して反撃しており、4隻を撃沈、2隻を行動不能にしている。
残った14隻の砲艦も大なり小なり被害を受けて健全な艦は無かったが、上流で一斉回頭した艦隊はエルバ河を下り再度防衛線に対して砲撃を加えてそのまま河口のある北洋海への脱出を果たした。
その間に砲撃陣地を構築した連邦の侵攻軍主力が8センチ野砲による砲撃を開始。つるべ打ちされる砲撃により、防衛線はさらに甚大な被害を受けた。
一方こちらはニコラの先端技術研究所。午前中の御前会議をおえたニコラが戻ってきている。情勢も戦況も思わしくないが、マキナドールの開発は予想以上に進捗している。
これはボディー部分に先立ち頭脳部分を製作し、学習を始めたためである。ボディーがないため身体操作系の学習はできないが、言語を始めとした知能系の学習は完了した。マーガレットに言わせると、マキナドールには自我が芽生えているという。人の頭脳も電気信号の寄せ集めだと考えれば、そういうこともあるだろうとニコラは簡単に考えていた。
そして、今日、ボディー部分が完成し頭脳部分に接続することになる。これでハード的な面でのマキナドールは完成したことになる。身体操作系の学習が終わればマキナドールは実戦投入可能となる。
なお、これまでのプロトタイプでは性能試験を綿密に行ってきたが、マキナドールについてはいきなりの本番での実地試験ということになる。正確な性能試験などは戦争が落ち着いてからになるだろうとニコラもマーガレットも考えている。
「よーし、それでは頭脳部分をボディー内に挿入して接続は完了した。頭部を取り付けて完成だ」
……。
「取付け完了」
「ニコラ、おめでとうございます」
「これも、マーガレットがいてくれていたからこそだ。こちらこそありがとう」
「それでは、マキナドールを起動します」
「やってくれ」
「はい。マキナドール起動!」
マーガレットが緑のボタンを押し込んだ。ボタンは赤く輝き、マキナドールが起動した。だが、マキナドール自体には特に目立った変化はない。
その周りの計器盤上のランプが一斉に緑色に点灯した。
「各部異常ありません。マキナドール正常起動しました」
帝国歴322年12月31日午後1時。
作業台の上に寝かされたマキナドールは生体金属製ナノマシーンで装甲されているため表面は薄青い。肩あたりまである銀色の頭髪が作業台の上で広がっている。顔の造作は目鼻の輪郭だけだった。
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