第8話 帝国歴322年、開戦2
陸軍局作戦部の予想どおり連邦軍は中立国リトアの首都に向け進撃した。予想に反したのは、リトアの首都が連邦軍に対し無防備都市宣言を出したことだ。リトア軍も連邦軍に抵抗することなく大きく後退した。
そして開かれた緊急御前会議。
「リトアでの
「予定の2個師団ですが、移動に手間取っており、国境付近に展開するにはあと3日はかかりそうです」
額の汗をハンカチで拭きながら作戦部長が返答した。
「それで間に合うのか?」
「いえ、現地連絡員から無電による報告を分析したところ、連邦軍の国境への到達は明後日未明と見積もられており、わが軍は間に合いません」
「明後日には連邦からわが国に対して宣戦布告が行われるわけだな」
「おそらく」
「国境線は抜かれるとして、その後の対応はどうなっている?」
「多少の混乱はあるでしょうが、動員令は本日正午に発令します。現地に向かっている2個師団は一旦停止して連邦軍の進撃路上の都市防衛に向かわせます」
「連邦軍の規模はどうなっている?」
「リトアに侵入した連邦軍の総数は概算ですが、40個師団と見積もられています」
その数字を聞いた会議の出席者は一様に息をのんだ。10個師団で中立国リトアを屈服できるなら、40個師団は過剰戦力であり当初から連邦は帝国侵攻を目論んでいたことは明らかだ。
同時にこれほどの規模の軍隊の集結を察知できなかった軍部および外務省についてニコラも呆れたのだが、この席で叱責したところで意味がないため黙っておくことにした。
「帝国全域から軍を集めなければならないのではないか? 40個師団も集めることができるのか?」
「動員が完了すれば、帝国軍は数の上では120個師団となります」
「それはいつになる?」
「2カ月後に動員は完了します」
動員は完了しても素人を戦場に狩りだすわけにはいかないため訓練がどうしても必要だ。実際に動員兵たちが戦力になるのは相当先の話だろう。これについてもニコラは黙っていた。
「わかった。連邦軍の進撃目標はここ帝都と考えていいのだな?」
「規模から言って、おそらく」
「帝都が陥落するまでに何カ月かかると思う? 4カ月はもちそうか?」
「帝都が陥落することはありえません!」
「そういうのはいいから、率直なところどうなんだ?」
「連邦との国境沿いの前線に輸送中のデュミナスを呼び戻せば足止めは可能かもしれませんが、東部の前線もこれからさらに連邦軍に圧迫されるでしょうし厳しい選択になります。現在のわが軍の状況ですとギリギリかと思います。場合によれば、首都機能を北方に移すことも考慮する必要があるかもしれません」
「東部が抜かれると重工業地帯が蹂躙されるわけだからな。今のところ打つ手はないということか」
「申し訳ありません」
「陸軍の方はわかった。海軍の方は何か打つ手はないのか? 連邦の沿岸部を艦隊で砲撃するとかないのか?」
海軍局長官がニコラの質問に答えて、
「連邦の沿岸沿いの主要都市はいずれも奥まった湾内にあるため、砲撃するには湾内に突入する必要があり、身動きの取れない湾内で沿岸砲の砲撃を受ければひとたまりもありません。また、連邦の主力艦隊と外洋で決戦を挑んだ場合、先方は最新鋭艦を竣工しているとの情報もありおそらくわが方が撃ち負けると思われます」
そう言って下を向いてしまった。
「海軍局は俺が戦艦予算を削ったことを根に持っているのかもしれないが、そうはっきり言われるとな。
だいたいのことは分かった。4カ月、いや3カ月半、帝都をもたせてくれ。それで十分だ」
ニコラの言葉の真意を測りかねた出席者はお互いに顔を見合わせていたが、そのまま会議は散会となった。
「マーガレット、マキナドールの完成を急ぐ理由ができてしまった」
「どうしました?」
「連邦軍がリトアを素通りして帝国に向かってくる。現在の帝国の動員状況では連邦軍を押しとどめることはできない。おそらくこの帝都は囲まれる。俺はこの研究所を去るつもりはないので、帝都が陥ちる前にマキナドールを完成させなければならない」
「分かりました。技術的問題は全てクリアしていますから、作業を進めていくだけです。製作を2週間強、学習を1週間強短縮することで3カ月で仕上げてみせます」
「よろしく頼む。その後は十分な休暇をとってくれたまえ」
「その言葉を覚えていて下さいね」
「もちろんだ」
ここはドライゼン帝国の西に位置する列強の一国、ガラリア共和国の首都ナンテールにある大統領官邸内の大統領執務室。
部屋の中にいるのは大統領レイモン・ポアンとジョゼフ・ジップルガラリア陸軍最高司令官。
「ハイネ連邦がリトアを素通りしてドライゼンに向かっているらしいがどうなのだ?」
「情報部でもその情報は掴んでいます。連邦軍の規模はおよそ40個師団。動員の遅れている帝国ではこの軍勢を国境で押しとどめることはできないと参謀本部では分析しています」
「なるほど。それで、連邦軍は帝国内にどの程度侵入できそうなのかね?」
「帝国軍の主力は東部戦線に貼りついており、帝国の心臓ともいうべき東部工業地帯を守るためにもそちらから手を抜けない状態になっています。南東方向から侵入された場合、防衛線の構築は兵力不足のため極めて困難ですので、帝都近くまで侵入を許すことも。場合によれば帝都が陥落する可能性もあると分析するものもいます」
「わかった。ならば、わが国はどういった行動をとるべきなのかね?」
「ドライゼンとの国境沿いに兵力を集め、状況によってはドライゼンの西部地域を保証占領するというのはどうでしょう? 名目はハイネの侵攻からドライゼンの西部地域に居住するガラリア人を保護する。そんなところでしょうか」
「面白い。あの辺りの石炭は良質だからな。フフフ。至急作戦案を取りまとめてくれたまえ」
「はっ」
大陸西北の島国アンガリア王国。
アンガリア王国は強大な海軍力を有し、世界各地の植民地からの収奪で繁栄を謳歌していた。もちろん列強であり、近年ドライゼン帝国や、新興の新大陸国家アメリゴ合衆国などの追随を許してはいるが、最強国であろうと言われている。
ここは、アンガリア王国首都ランデアムにある首相官邸の首相執務室。
「ハイネ連邦から書簡が届いているが、どうしたものか?
ハイネとドライゼンで適度につぶし合ってくれれば申し分ないが、リトア方面から侵入された場合ドライゼンには国境を守り切ることはできないだろう。後世火事場泥棒と言われたとしても、労せずして得られる果実の味はまた格別だしな。軍の意向も聞いておかなければならないが、ここは、同じ乗合馬車に乗るのも悪くは無かろう」
磨き上げられた執務机の上に置かれた紅茶を一口飲んで独り言を言っているのは、この部屋の主人アンガリア王国首相ヘンリー・アスキンだ。
午後の紅茶でまったりしていたところに、隣の部屋で控えていた秘書官から、来客を告げられた。
「第一海軍卿がお見えになりました」
部屋に入ってきた人物は、紺色の制服をきっちりと着こなした初老の人物だった。顔や手は赤銅色に焼けている。袖章は黄色い太いラインと細めの3本のライン。細めの三番目のラインには小さな輪っか(円環)が付いている。海軍大将であることが分かる。もちろん左胸一杯に色とりどりの略綬を付けている。
「首相に呼ばれる前にやってきましたよ」
「わが海軍の情報部はすぐれた嗅覚をお持ちのようで何より。ブッチャー大将、そちらにお座りください」
首相に勧められるまま椅子に腰を掛ける王国海軍省のトップ、第一海軍卿サー・ジョン・スペンサー・ブッチャー。
「それで、首相のお考えをお聞かせ願えますかな?」
「我が国も一口乗ろうかと思っていますが、いかがでしょかな?」
「海軍でお手伝いできることを纏めています」
「それは話しが早い。海軍には期待しています。このことはまだ議会には内密に」
「心得ております。お任せを」
こうして、ハイネ連邦対ドライゼン帝国の戦いにアンガリア王国がハイネ側として介入することが極秘裏に決定された。
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