第7話 帝国歴322年、開戦


 ニコラの先端技術ニコラ・マキナ研究所の所有する秘密実験場は帝都郊外に1キロ四方の敷地面積で建設されていた。実験場の周囲は高さ15メートルにも及ぶ塀で囲われているうえ、実験場の周辺にも15メートルを超える建物は無いため、内部で何が行われているのかを正確に知る者はいない。


 マキナドールプロトタイプⅢは先端技術研究所で一度分解されたあと、運搬用大型自動車両で搬出され、秘密実験場で再度組み立てられた。組み立て完了後は各種テストが行われていたが、それも終了し再び分解され、先端技術研究所に戻された。研究所と秘密実験場で作業に当たった技術者たちは、内務省の公安部による厳しいチェックを合格した者たちで当然守秘義務を負っている。



 そして先端技術研究所においてついにマキナドールの製造が開始された。


 プロトタイプⅢでは実装されていなかった技術として、滞留ポテンシャルを吸収し身にまとうことで得られる間接防御機能。位相重複技術により圧倒的な強度を持つ各部位。プロトタイプⅢに倍増する64個の次元位置エネルギー転換動力炉が動力源になるとともに素材元素の元素変換まで可能にしている。


 それら装置を異空間内へ設置したうえ、大量の素材を同じ異空間内に備蓄する。


 さらに実空間内ではあるが、超並列処理を実現した行動学習型人工知能、高度な知覚センサーなどなどが搭載される。


 すでに滞留ポテンシャルを発生させる特殊生体ナノマシンの製造装置は稼働しており、自己増殖する超微小デバイスが気流に乗り徐々に世界を覆い始めている。特殊生体ナノマシンが惑星上に広がればマキナドールはこの惑星上のどこにいようと滞留ポテンシャルの恩恵を受けることができる。特殊生体ナノマシンは滞留ポテンシャルが一定濃度以上になると増殖をやめ休眠状態に入るが濃度が下がってくると活動を再開する。窒素、酸素、炭素、水素から成る特殊生体ナノマシンは大気さえあれば増殖可能であり、その寿命は数カ月に及ぶ。


 マキナドール。数カ月後には撃破不能の怪物として先端技術研究所で誕生する。




 そのころ、陸軍ではようやくmk5:デュミナスの未配属の機体数が1000機を上回った。ハイネ連邦でも最新式のドールを前線に投入しており小規模な戦闘こぜりあいではあるが連邦の最新式ドールとの実戦でのキルレシオは1:3程度で推移している。そのため陸軍は対連邦戦に対して絶対的な自信を持っていた。



 その日の御前会議の席上、軍務大臣から対ハイネ連邦共和国への開戦について説明を受けたニコラは若干の不安を覚えたが、最終的にマキナドールが完成しさえすれば戦況がその時点でどうなっていても覆すことが可能と考えていたため、宰相からの「陛下、開戦のご裁可を」の言葉にゆっくりとうなずいた。


「開戦予定日はこれより2カ月後。明日動員準備命令を発令し、2週間後に動員令を発します」


 そういうことで、2カ月後、対連邦の本格戦争に帝国が突入することが決定された。


 この時点における帝国の部隊配備は、小競り合いの続くハイネ連邦共和国との東部国境地帯に陸軍常備全60個師団の20パーセントに当たる12個師団が貼りついており、その他の部隊は国内各所の駐屯地に分散されていた。各駐屯地ではmk4:エクスシーアが配備されており、旧式のmk3:プリンシパリティはごく少数しか配備されていない。最新式のmk5:デュナミスは東部国境地帯の12個師団に対してmk4:エクスシーアの補充として配備されている。



 海軍艦艇については通常パトロールを行っている軽巡と駆逐艦を主体とした小艦隊を除き主力艦部隊は国内2カ所にある軍港に逼塞していた。


 陸軍の計画では新編のデュミナス1000機を中核とした侵攻部隊が連邦との国境中央部分を突破し、消耗を上回る速度でデュミナスを本国より前線に投入することで、連邦首都を突くという豪快な作戦を立てていた。この時点では連邦側の最新式ドールの総数が最大でも2000機程度と見積もられていたため、十分成算のある作戦だった。


 


 その日の御前会議が終わり、ニコラは研究所に戻ってきた。彼を迎えたマーガレットに、


「マーガレット、帝国はハイネ連邦に対して戦争を始めることになった。2カ月後だ」


「そうですか。ある程度は私でも予想していましたから、それほど驚くことではありません。現在の進捗から考えて、マキナドールのハード面の完成は3カ月後になります。組み込む人工知能については直接情報入力は可能ですが、行動学習型ですのである程度の学習も必要です。完璧を目指すには学習に1カ月は必要でしょう。各種性能試験は学習期間中に行えますからそこは問題ありません」


「合わせて4カ月。開戦後2カ月後に実戦投入だな」


「そういうことになります」




 その翌日。


 ハイネ連邦軍はドライゼン帝国の南東に位置する中立国リトアの国境を侵しそのままリトアの首都に向けて進撃を続けた。

 


 翌日開かれた緊急御前会議には陸軍局局長の他、陸軍局作戦部部長が出席していた。その席上、作戦部部長がリトア情勢の報告を行っており、それに対してニコラが適宜てきぎ質問をしている。


「現在リトアでは、軍の編制を進めておりますが、連邦軍を押しとどめることは不可能と思われます」


「リトアの首都をこのまま攻めてくれれば時間が稼げるが、素通りされてわが方の国境線に向かった場合どうなる?」


「後背に敵を抱えての進撃は危険ですし、補給路をやくされますと部隊は立ち枯れますので、そのようなことは兵理上はありえないものと考えます」


「そうなのか?」


「はい」


「わが方の対応はどうなっている?」


「わが方は即応部隊としてリトア近隣に駐屯中の2個師団をリトアとの国境に向かわせます。展開には4日から5日必要です」


「たったの2個師団でいいのか?」


「残念ですが近隣には即応できる部隊はその2個師団以外にはありません。他部隊の場合、呼び寄せるには10日から2週間必要になります」


「リトアに侵入した連邦軍の規模は?」


「不明です。多くとも10個師団程度ではないでしょうか?」


「根拠は?」


「リトアを屈服させるため必要な軍事力の試算を作戦部でも当然行っておりその数字を申し上げました」




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