第6話 帝国歴322年、月消失、プロトタイプⅢ


 いまニコラとマーガレットのいる先端技術研究所内の月質量転換装置制御室からでは直接見ることはできないが、青空のもと昼間の白い半月が研究所の上にあった。


 制御室から、国内3カ所に建設された月質量転換装置を一元的にコントロールすることができる。


 制御卓上に並ぶ各月質量転換装置の状況を示す数十個のランプが全て緑色であることを確認したマーガレットが状況をニコラに報告する。


「全装置異常なし。照準等自動追尾設定完了。いつでも圧縮ビームの照射可能です」


「予定時刻ではあるし、そろそろ始めるか」


 月にビームが到着する時間は1秒。若干のタイムラグがある。若干ではあるが、そこそこの時間ではある。


「はい。圧縮ビーム照射秒読み開始します。20秒前、18、17、……、2、1、照射!」


 最後の「1」でマーガレットは目を瞑り、そしてしっかりボタンを押し込んだ。 


 その瞬間、帝国内の各所の電気設備及び企業、家庭での電気器具が電圧低下のため軒並みダウンしていった。 


 ニコラたちにとっては織り込み済みであったことであり、国内電力会社に対して一カ月前には警告は発していたが、何も対応はされていなかったようだ。もちろん、研究所内は自家発電装置が稼働しているため、そういったことは一切起こっていない。



 これから月中心部に形成する質点に向かって、月の構成物質が効率よく飲み込まれるように、まず第一段階として、圧縮ビームを月内部の複数の幾何学的要所に照射し、その物理的強度を低下させた。


「第一段階完了しました。引き続き、第二段階に進みます」


 第二段階では圧縮ビームの照準を月の中心に合わせ、一気に周辺物質を臨界点まで押しつぶし質点を形成する。


「照準、月の中心に変更。臨界点まで3パーセント、7パーセント、……、97パーセント、100パーセント。質点形成確認しました。圧縮ビームにより月の内部構造破壊を再開します」


 ……。


「現在月は質点の影響範囲に向かって急速に崩壊中」


 上空に見える半月が徐々にいびつな形になってきているのだが、そのことに気づいている者はあまりいない。


「質点の質量、現在総質量の40パーセント、45パーセント、……、95パーセント、100パーセント。月の全質量、質点に飲み込まれました」


「質点に対し圧縮ビームを照射。10秒、15秒、……、45秒

 空間反転を確認。全質量消失しました。成功です。……。観測値などは計画値通りです」


「機械さえ設計通り作られていれば、すべて計算通りに行くのは当たり前だが、これだけ大きなシステムが齟齬そごもなく動いてくれたことは帝国の工学技術も捨てたものではなかったな。この惑星アースの公転周期が変わってしまうとカレンダーの作り直しが必要だが、そちらも大丈夫なんだろ?」


 ニコラの言葉に、計器をざっと確認したマーガレットが答える。


「確定ではありませんが、公転周期に分単位の変動はないようです」



 帝国内各所は当然だが、この時間に月が上空にあった諸外国でも、月が消失したことで大きな騒ぎになっていた。しかし月のあるなしが生活に直接関係するわけでもないので、一般人の興味の対象になるくらいのものだった。ただ、天文学者たちは大いに頭を抱えたという。




 月の質量を利用した異空間創造と並行して開発を進めていたマキナドールプロトタイプⅢが、異空間作成の一カ月後無事完成した。


 重量、体積などの一斉の制限を取り外して建造されたプロトタイプⅢは陸上戦艦と言っても過言ではない巨大な人型陸戦兵器だった。もちろん戦艦並みの費用が掛かっている。


 プロトタイプⅢは多数の次元位置エネルギー転換動力炉を内部に抱え、その無限と言ってもいいエネルギーを自由に使うことができる。さらに各種の素材を地金として貯蔵しており、それらを適宜てきぎ体内で加工することで、生体金属などの消費物資を製造することができるため、継戦能力が大幅に増大している。欠点は大型化したため機動力だけは既存の陸戦自動機械にも劣るため、敵方が決戦を避けて退避した場合の捕捉力は低い。


 プロトタイプⅢは、デュナミスの設計値に対し、推定キルレシオ、0対∞。プロトタイプⅡでさえデュナミスでは撃破不能であったため、これは当然の結果でもある。プロトタイプⅢはテスト終了後解体され、各部品は異空間内に設置されたあと、最終的にはマキナドールに接続きゅうしゅうされる予定である。



「なかなかのものができたな。もう一歩だ。ところで滞留ポテンシャル(注1)吸収装置の方はどの程度のものをマキナドールに組み込むことができる?」


「計算通りですと、5分でマキナドールの滞留ポテンシャルを枯渇状態から完全回復させることができます。また、完全充足状態のマキナドールの滞留ポテンシャルを削り切るためには20センチ徹甲弾の至近での直撃を毎分10発、5分間継続的に与える必要があります」


「滞留ポテンシャルを発生させる特殊生体ナノマシンの製造装置の方は順調だったな?」


「はい。特殊生体ナノマシンの製造装置の製作は順調に進んでいます。ですが、生体金属製ナノマシンで装甲している以上いまでも圧倒的な防御力を持っていますが、装置を稼働させて特殊生体ナノマシンを散布する必要があるのでしょうか?」


「マーガレットの言い分も分かるが、わたしという天才とマーガレットがたまたまこの時代に生まれて来たことでマキナドールが生れるのだ。やはり完璧を目指したいではないか」


「そうおっしゃるのならば仕方がありません」


「今のところ、吸収装置を組み込むマキナドールしか滞留ポテンシャルの恩恵を受けないが、滞留ポテンシャルにさらされ続ければ、将来的に人類も遺伝的に滞留ポテンシャルを利用できる形質を獲得できるかもしれないな」


「私は生物学に詳しくありませんので何とも」


「わたしも生物学は疎いが、刺激が与えられ続けると、生物はそれに対応していくんじゃないか? なんとなくそんな気がする」


「それですと、人類以外にもそういった生物が現れるということでしょうか?」


「そうなることもあり得るが、自身が何らかの刺激を受けていることを感知するくらいの知能は必要ではないか? 逆に言えば、低知能の生物は別の形での進化・・・・・・・を遂げる可能性もあるな」


「大丈夫なのでしょうか?」


「遠い未来の話だし、我々には、マキナドールがある。なんであれ心配は不要だ」





注1:滞留ポテンシャル

防御シールドの一種で受けたダメージを相殺する。ダメージを受けるとダメージ量に比例して消費される。滞留ポテンシャルが枯渇するまで本体は一切ダメージを受けない。後のプロテクションオーラ。

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