第5話 帝国歴321年、マキナドールプロトタイプ
難航していた開発をどうにか終え、性能試験を経た陸戦兵器ドールmk5:デュナミスの量産化がようやく開始された。
実際のところ、デュナミスは性能試験において移動速度が要求性能に満たなかったが、どうせクズはクズ。すでに消費してしまった開発費を度外視してドールmk4と費用対効果を比べれば、少なくとも改善されるようでもあり、雇用の維持、促進のためと割り切っているニコラにより、量産化の決定が下された経緯がある。
3年前の皇太子暗殺事件以来冷え切ったハイネ連邦共和国との関係は悪化をたどり、国境を接する東部地方各地で小競り合いが頻発していた。この段階ではお互いに宣戦布告を行ってもいない。帝国は連邦に対して本格戦争をいずれ始めるつもりだったが、まだその時期ではないと判断しており、国内経済を優先させ動員準備命令などは発令していない。
量産化が始まり陸軍に引き渡されたドールmk5:デュナミスは、小競り合いの続く前線で消耗するドールmk4:エクスシーアの代替として前線に逐次投入されて行った。
当初陸軍はデュナミスが1000機量産できた段階でデュナミス装備10個師団を中核とした侵攻軍を編制し連邦に侵入する計画を持っていたが、デュナミスそのものも投入されるはしから連邦軍の対ドール高初速砲により消耗を続けていくため、デュナミス1000機を割り振った新規部隊の編制完了の目途は最短でも1年半後、帝国歴322年秋であった。
一応、デュナミスの開発が終了した陸軍開発部では、時期主力陸戦兵器として、ドールmk6:ドミニオンの開発について御前会議において軍務大臣を通じ皇帝の裁可を仰いだ。
mk6はmk5と比べ最適化能力、攻撃力、防御力、継戦能力などすべての面での強化を図ったものだったが、当然開発の難航が予想されていた。しかも、機動力向上と高速化を図るためこれまでの履帯式をあらため6脚式としたことにより開発難易度はさらに高まっている。
ただ、陸軍開発部はデュナミスの初期不良、現場からの改善要求などの対応に追われ、開発の裁可は得たもののドミニオンの新規開発は遅々として進まなかった。
こちらはニコラの
マキナドールプロトタイプIは二年前に完成し、様々な試験を満足な成績で終えている。ニコラとマーガレットは次の段階、マキナドールプロトタイプⅡの開発を続けていった。
プロトタイプⅡは、プロトタイプIと同じボディー容量、重量で極限まで性能を向上させるというコンセプトのもと開発が続けられた。これについては、地道な工学的改善改良の継続であったため、開発は滞ることも無く順調に進んで行き、プロトタイプⅡは完成した。
完成済のマキナドールプロトタイプIは
次に開発されたプロトタイプⅡは、デュナミスに対し、推定キルレシオ1対200の驚くべき数値を示した。数値上はデュナミス200体を犠牲にすればプロトタイプⅡを撃破できることを示しているように見えるが、プロトタイプⅡはデュナミスでは撃破不能であり、200体のデュミナスを撃破した段階で継戦能力の限界を迎えるという意味である。いずれにせよニコラとマーガレットにとっては当然の性能であり、名まえのごとく最終形態、マキナドール開発のための
そして、プロトタイプとしては最終段階のプロトタイプⅢの開発が始まった。
プロトタイプⅢは、ボディー容積、重量の制限を設けず最強の陸戦機械を目指すというコンセプトの元、開発が進められた。
プロトタイプⅢの開発と並行して、国内三カ所で巨額の費用を投じて月質量転換装置の建設が開始された。月の中心部に対しやや角度を持って三カ所から高さ200メートルにも及ぶアンテナから圧縮ビームを撃ちだすことで、月を極限まで圧縮し同質量の質点を作り出すことができるとニコラとマーガレットは考えており、質点近傍の大重力により恒常的に空間を裏返してしまおうという装置である。その際質点は裏返された空間に遷移すると考えている。
月質量転換装置により裏返った空間、すなわち異空間は、月の存在した位置に在るように思えるが、そもそも異空間と実空間の間隔には距離の概念はない。従って条件さえ整えれば、どこにいようと異空間と接触することが可能だ。
ニコラは異空間と実空間で物質やエネルギーの授受を行うための空間接続装置を研究所内ですでに完成させている。
接続装置を介して、開発最終形態マキナドールの主要装置を異空間内に設置することで、通常空間に現れているボディー容量、重量を許容範囲に収め、圧倒的な機動力、継戦能力を得ようという計画だった。理論上、マキナドールの継戦能力は十万年以上と見積もられている。しかも、途中補給すれば、継戦能力はその分伸びるため活動限界は無いに等しい。
その月質量転換装置の建設予算獲得のため、ニコラは御前会議に出席している面々に対して、送電実験用の設備を新たに建設するためと説明している。この説明に納得した者は少なかったが、あえて皇帝ニコラにさらなる説明を求める者はいなかった。
この装置の建設費用は、海軍局の求めていた戦艦四隻の新造を取りやめて捻出したものだ。時局の切迫した現状、海軍局を中心として軍務省内で皇帝ニコラへの不満は高まった。それもあり、海軍で開発段階を終えた新兵器『航洋型可潜艦』については2隻の建造許可を出している。ニコラ的には、航洋型可潜艦は何かしら役に立ちそうな予感があった。
今日は、月を圧縮して質点を形成する日である。
すでに、ニコラとマーガレットは同じような会話を何度か行っている。おそらくこれがこの種の会話の最後になるだろう。
「ニコラ、月については全く学術的調査も行われていませんが、本当に月を跡形もなく消滅させてしまって大丈夫でしょうか?」
ニコラはマーガレットに対して、自分を呼ぶときは人前では当然陛下だが、二人の時に限り名前呼びをするよう言いつけている。
「なにも苦労して月を調査しなくとも、星を調べたいならこの星を調査すればいいと思わないかい?」
「天文学も地質学も私では分かりませんが、やはり月は残した方が良くありませんか?」
「自分の持ち物でもない月がどうなろうと誰も気にはしないさ。天文学者たちは騒ぐかもしれないが、夜道が少し暗くなるくらいしか影響はないし、誰もわれわれが月を消したとは気付けないのだから問題ないだろう」
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