手紙の正体
小林
手紙
扉を開けると、一気に独特なここにしかない匂いが漂ってきて、実家に帰ってきたことをより強く実感させられる。多忙にかまけて最近全く帰省していなかったのに、何年経っても忘れず一瞬にしてその家にずっと住んでいたこのような感覚になるのは、もう実家というものが何らかのパワーを持っているに違いない。実家力と名付けよう。
今回、久しぶりに帰ったのは、中学の卒業アルバムを見るためだ。この年になるまでほとんど開くことがなかったそれを見てみようという気になったのにはきっかけがある。
俺が働いている中学には、“卒業アルバム制作委員会”なるものがある。卒業する学年の生徒達で発足され、一年間をかけて写真やらコメントやらを集め、編集して卒業式に配布するのだ。俺は今年の年度初めにその担当になり一年間かけて生徒達と共にアルバム製作を行った。初めは面倒な役が回ってきたものだと思ったが、元来何かを製作したりする作業は嫌いではないから段々と面白くなり、周りの生徒達も立候補してこの委員になった奴が多かったから意欲的に活動してくれたのも相まってとても充実した一年間を過ごすことができた。
そして、この間行われた卒業式。共にアルバム製作を行った生徒達の晴れの姿に目頭が熱くなり、見送るときにアルバムにサインを求められたときなんかは、その場では我慢したが、後からトイレに駆け込んでちょっと泣いたほどであった。
こんなことがあってからの春休み。久しぶりに時間がとれたのもあり、アルバムを見ようと帰ってきたのである。涙もろさと言い、過去を懐かしもうとする行動と言い、俺も年をとったんだなあと実感する。
両親には適当に挨拶をして、自室に入りアルバムを探す。ホコリを被っていたそれは、俺がイマドキの子のアルバムを一年間見ていたせいもあるのだろうが、もの凄く地味であった。初めのページから徐々に見進め、何ページか捲っていくと、俺のクラスのページに何やら茶封筒が挟まっているのを発見した。全く心当たりがない封筒だったが開けないわけにはいかない、とりあえずアルバムを脇に置き封を開けると、一枚の便箋が入っていた。
勿論読む。
「十年後のキミへ
お元気ですか?俺は元気です。
元気ですが悩んでいます。
もうすぐ高校に受験の願書を出さなくてはいけません。でも、出願する所が決まっていないのです。
俺は画家になりたいんだ!だから美術科の進みたい。でも、周りの大人は反対しています。
とりあえず普通科に行けというのです。
その理由を尋ねると、その方が将来安定するからと皆口を揃えて言います。
はあ?安定なんていらねえんだよ!
俺は俺のやりたいことをやるんだ!
ここに吐き出したらなんだかすっきりしました。
十年後の俺ありがとう。
十年後の俺は画家になってるんですよね?
絶対になっていて下さい。
そして、十年前の俺がこいたこの手紙を読んで迷っている俺を笑ってやって下さい。
じゃあ、体に気をつけて頑張って。俺も頑張ります。
追伸 十年後忘れずにこれ読めよ!隠した場所忘れんなよ!
十五歳の俺より 」
読んでいて思い出したこれ俺が書いたやつだ、忘れてたけど俺画家になりたかったんだ……ん?いやまてよ、そんなこと思ったことあったっけな?俺、高校普通科だし、今社会の教員だし、学生時代の美術で成績良かった記憶もないし……何だこれ?不思議に思って手紙を裏返してみると思わず吹き出してしまった。
そこにはデッカい字で、
「ダマされたか!十年後の俺!
手紙の内容は全部ウソ!
てゆうか、こんな手紙のこと十年間も覚えてるぐらいお前の人生楽しいことないなら……
生き方考えろ!」
そう書いてあった、何だこれ、時空を越えたドッキリのつもりかよ。でもまあ、俺の言わんとしていることはよく分る。俺は今安定した生活の中でも毎日必死に生きているつもりだ。その証拠にこの手紙のことはキレイさっぱり忘れていた。なんだかあの頃の俺が思い描いていた人生に近いところを生きられているようでホッとした。
楽しくなってきてしまったので、こうなったら十年後の俺に手紙を書くしかない。便箋と封筒を準備し、久しぶりに勉強机に着く。なんだかタイムスリップしたみたいだ。十分ほどかけて手紙を書き終え封筒に入れ今度も同じようにアルバムの間に挟んだ。十五の俺が十年後の俺に宛てて書いた手紙は二十年後の俺が見た。三十五の俺が書いた手紙を見るのは一体いくつの俺なんだろう。手紙の書き出しを見て何を思うか、もう今から楽しみだ。でもこれ以上の楽しみがこれから先あるんだろうな。
三十五の俺が未来に向けて書いた手紙の書き出しは……
「十年後のキミへ、
俺がこの手紙を書いてから、ちゃんと十年後に読んでいますか?
もしそうだとしたら……
もっと楽しいこと考えて生きろ!」
手紙の正体 小林 @w-kobayashi75
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます