28.初撃
予想通り。魔王の軍勢は昼も夜もなく攻撃をしかけてきた。
空の戦力の後、要塞目掛けて襲いかかってきたのは陸の戦力だ。
ゴブリン、オーガ、トロルといったよく『神剣の大地』の外で良く遭遇していたものに加え、犬の獣人のような外見のコボルド、女性と蛇を合成したような魔物であるラミアなど、様々な種族の混成軍。
数にして二万を超える魔物の軍勢が要塞目掛けてなだれ込んで来たのは、空の魔物を倒してから三時間後だった。
三時間。人類側が迎撃の準備を整えるに十分な時間である。
「よし。攻撃開始じゃ。撃ち漏らしはある程度、迷いの森に任せても大丈夫じゃぞ」
戦士長の合図で、再び始まる人類の攻撃。
それは、空に向かって行われた攻撃の、陸での再現だ。
そして、ドラゴンほどに強力な存在のいない陸の魔物達は面白いほど消し飛ばされていった。
迎撃が始まり四時間。深夜にさしかかるまで、攻撃は続く。魔王の命令を受けた魔物達は止まらない。生き残りは次々と要塞前に作られた迷いの森に入っていく。
「迷いの森なんていってるが、あれは本当に恐ろしいもんじゃからのう」
情勢を聞きながら、戦士長が呟いた。
迷いの森はエルフが長年の研究の末に生み出した防衛用の魔法である。
ある種の魔法によって急速成長させられた森はそれ自体が大規模な儀式魔法となり、魔物達を中に取り込み攻撃する。
その攻撃方法は魔力の吸収だ。水や光を吸うように、迷いの森は魔力を吸収する。
その生まれが魔王が蓄えた魔力である魔物達は中に入るだけでじわじわと消耗し、死に至る地獄。
それが迷いの森だ。
「エルフの長老から連絡です。『こちらは予定通り。今のうちに休息を交代でとると良いと思います』とのことです」
伝令の言葉を聞き。一つ頷く戦士長。
「うむ。ありがたくその言葉に従うとするのじゃ。順番に休憩。減った武器の補充。『始まりの街』と行き来する余裕のある今のうちに動くのじゃ!」
「はいっ!」
初戦はしのげたが、戦いはまだ始まったばかり。
人類に油断する余裕はない。
そして、朝が来た。
ディルクラムが光の繭になって四日目の朝。
魔王軍の攻撃は陸からのみで、それは迷いの森が引き受けてくれている。
人類側も朝食をとるくらいの時間が取れた。
昼は魔物は活発に動かない。
そんな常識もあり、訪れたつかの間の休息。
しかし、昼になる前に、新たな脅威が要塞の視認範囲に入ってきた。
現れたのは陸と空の軍勢。
それも昨日よりも多く、大きかった。
「楽に七日しのげるとは思っておらんかったがの……」
自身の目で状況を確かめるため、要塞最上部に来ていた戦士長はため息と共に一言呟く。
「昨日よりも多い上に、アークドラゴンにゴーレムまでおる。昼間から仕掛けてきたのは自信の現れか、何も考えておらんかどっちかのう……」
あるいは、両方かも知れないのう。
そう思った後、戦士長は急いで司令部に駆け込んだ。
それから起きたことは、昨日からの再現だった。
違うのは日の高い日中の時間帯だったことと、敵が強大になっていること。
アーク・ドラゴンとゴーレムはこの上なく厄介な存在だった。
どちらも頑丈な上に、大きい。大きすぎて、迷いの森でも捉えきれない。
それだけではない。魔王軍の戦力に、ダークエルフが混ざっていた。
ダークエルフはエルフによく似た魔物で、魔法を使う。迷いの森に対しても、何らかの対処をしてしまう可能性が高い。
そうでなくても、アーク・ドラゴンの息吹(ブレス)を受ければ要塞も迷いの森もただでは済まない。
切り札の切り時だ。
「アーク・ドラゴンとゴーレム以外は何とかなりそうじゃな?」
「はい。それ以外は昨日とそれほど変わらない戦力ですから」
「わかった。エルフの長老と騎士団長に連絡。厄介者を排除してもらうとするのじゃ」
戦士長の命令は速やかに通達された。
○○○
「ついに来たか……」
要塞内の地上部分で、部下と共に準備を整えた騎士団長は、伝令を受けて一人呟いた。
門の内側では魔王軍の陸の戦力とぶつかるため、騎士団を中心とした戦力が整然と並んでいる。
騎馬に乗った騎士達は最先方。魔法による援護を存分に受けて、敵の中枢に突撃し、必殺の魔法具となっている馬上槍をアーク・ドラゴンに叩き込むのが役割だ。
これからの戦いの流れはこうだ。
まず、要塞上の弓手隊と魔法使い達が一斉攻撃をする。
ただの攻撃ではない。エルフの長老を中心とした最強戦力の一撃だ。
恐らく、それによってアーク・ドラゴンとゴーレム以外の戦力は瓦解するだろう。空を行く魔物は全て地に落ちてくる。
そして、残った大物を撃退するため、騎士団を中心とした戦力は門を開き、突撃。
このために迷いの森の一部には道が開かれる。
強力な武装を施された騎士団の狙いは大物であるアーク・ドラゴン。遅れて突撃するドワーフ戦士団の獲物はゴーレムだ。
騎士団長が戦っている間に、要塞内の部隊が次の攻撃を準備し、トドメを刺す。
魔王軍の後続はまだ確認されていない。
上手くいけば、これで更に時間が稼げるだろう。
ディルクラムが光の向こうに消えて四日。ついに自分の出番が来た。
その事実に高揚するとともに、手が震えていることに騎士団長は気づいた。
「……流石に恐いな」
「騎士団長でもそう思うのですか?」
隣の騎士に声を聞かれていたらしい。失態だ。いや、ここは正直にいこう。
「勿論、恐いとも。だが、この恐怖と戦い克つことができるからこそ、戦場にいられるとも思う」
「まったくですな。たしかに、今回の相手は恐ろしい」
「うむ。……皆もそうだろう」
思い。騎士団長は自分の後ろに控える戦士達を見た。
この世界はもう後がない。今ここで戦う自分達が負ければ、それで終わりだ。
自分も含め、全てを鼓舞する必要がある。
騎士団長は一人、馬を進め、門の前。一番目立つ場所へと向かった。
「神剣の大地の戦士達よ! その身の中に不安と恐れを抱く者達よ! 己の中の恐怖を恥じてはいけない! 恐れは同じだ! だからこそ、思うのだ! 我らの背中にいる人々を!!」
一度声を張ると、溢れる思いが止まらない。勝手に口が動く。
自分の心が熱を持つのと同じように、居並ぶ戦士達の心に火が灯ることを祈りながら、言葉を続ける。
「我らは負けてはならない。ここでの敗北は、即ちこの世界の滅びに繋がる。故に! 最後の希望へと繋げる戦いに我らは挑まねばならない! 我らが真に怖れる結末を許してはならない! それこそが、真の恐れと不安である!!」
騎士団長の言葉に、戦士達が武器を構え、真っ直ぐな視線を送る。
「ゼファーラ神の加護があるのは守護神騎だけではない! 我らも須(すべから)くゼファーラ神の子。今こそ、この戦いに勝利し、魔王も魔物も過去の物にして見せるときだ! そして、我らの後に続く者達に見せるのだ! 平和で広い大地を!!」
戦士達の目に力が籠もった。恐れを知りながら、それを怖れない、真の戦士達だ。
彼らには戦士よりも相応しい呼び名があることを騎士団長は知っている。
「さあ! 戦いの時だ! 神剣の大地の勇者達よ!!」
騎士団長が叫ぶのと同時。
この瞬間を待っていたかのように、攻撃開始の合図が下された。
騎士団長は前を向く。背中から自分を押す気配に恐れはない。
要塞の門がゆっくりと開き、迷いの森の向こうの光景が眼前に広がる。
黒い色の邪悪なる魔王の軍勢。
三十ミルを超えるアーク・ドラゴンと五十ミルはあるゴーレムの姿も少ないが数えられる。
だが、恐れは無かった。
あれを倒せるだけの戦力が、たった今、ここに完成したのだから。
「行くぞ! 王国騎士団に続けぇ!!」
もはや咆吼といっても良い叫びと共に、騎士団長を先頭に人類側の戦力が要塞から飛び出した。
○○○
要塞から飛び出した騎士団は開かれた道を疾走した。
身につけるのは魔法の武具。乗りこなすのは神の加護を受けた神馬である。そうであるからこそ、小さき人の身でドラゴンに立ち向かうことができる。
先頭を行く騎士団長はすぐに自分の獲物を捉えた。
魔法攻撃によって落とされ死んだワイバーンの死体を背景に、悠然と佇むアーク・ドラゴン。三十ミルを超える巨体。要塞からの必殺の攻撃で、どうにか地に落とした大物だ。
まるで小さな砦のような巨体に、騎士団長は迷わず突貫した。
「ゼファーラ神の加護あれ!」
神の名を高らかに唱え、一直線にアーク・ドラゴンに向かう。全身に着込んだ鎧と騎馬からは青白い魔力が溢れ出る。それは強化や防御と言った魔法が発動した証だ。
その速度も強さも、通常の騎士とは比較にならない。
地上を行く青き流星となった騎士団長は、冷静だった。
アーク・ドラゴンはこちらの存在に気づいていた。こんなちっぽけな存在に気を払ってくれるとは光栄なことだ。
正面からは危険。息吹(ブレス)の兆候は無し。
アーク・ドラゴンの攻撃は両手の爪によるものと判断し、騎士団長は更に馬を加速させた。
そして、敵の射程内。予想通り、爪の一撃が来た。当たれば人などバラバラに吹き飛ぶであろう巨大な一撃だ。
「はぁっ!!」
騎士団長は、それを冷静に見極め。かけ声と共に、馬が跳躍する。
魔法の力を受けた神馬の跳躍は、ただ跳ねるだけでは無い。
まるで空を飛ぶがごとく、青き流星は本来あるべき場所に戻るかのように、高く舞い上がった。
人馬一体となった騎士団長は一気にアーク・ドラゴンの眼前へと到達する。
しかし、敵もさるもの、素早く反応し。今度は騎士団長を飲み込むべく、その大口を開く。
「なんとぉっ!」
再び、気合いのかけ声。
騎士団長の意志に答えた馬は、空中を蹴った。
騎馬の身につけた魔法具の力である。このくらいできなければ、アーク・ドラゴンに挑みはしない。
顔の横をすり抜け、アーク・ドラゴンの胴体を真上から見据えた騎士団長は、ある一点目掛けて突撃をかける。
狙うは身体の中心付近。心臓のある辺りだ。
「騎士の一撃を受けるがいい!!」
長大な馬上槍から青い輝きが増した。仕込まれた魔法が発動し、見た目以上に長い魔力の槍を形作る。騎士団の持つ馬上槍は全長十五ミルを超える魔法の槍を生み出す特別製だ。
しかも、突き刺した相手の体内に強力な電撃を発し、内側から焼き尽くす。
「うおおおおおお!!!」
咆吼と共に、騎士の一撃がアーク・ドラゴンの胴体に突き刺さった。
手応えあり!
その手に確かな感触を得て、騎士団長は槍を手放す。
強力さと引き替えに、この武器は使い捨てだ。そのくらい割り切りが必要な武器でなければ、強力な魔力で全身を防御するアーク・ドラゴンの身体は貫けない。
「……どうだっ!」
華麗に地面に着地し、馬首を回して戦果を確認する。
魔法の槍は、見事にアーク・ドラゴンを貫き、大地につなぎ止めていた。
その首はしばらく雄叫びを上げながら天を向いていたが、すぐに力を失い、地面へと落ちた。
どうやら、倒したようだ。
もっと近づいて、つぶさに観察したいが、騎士団長はそうしなかった。
その代わり、自分の一撃を見て止まっていた、周囲の者達に対して叫ぶ。
「アーク・ドラゴンとて怖れるに足らずだ! さあ、次は誰の番だ! 槍をくれれば私が変わるぞ!」
騎士団長の煽りの言葉に、騎士達が勇猛な叫びで答え、駆け出す。
それに続いて、騎士団長も再び馬を走らせる。
馬上槍は一つしか無いが、まだまだ自分に出来ることはある。腰の魔剣もアーク・ドラゴンには有効なはずだし、馬に備えられた小さな槍を叩き込めば、そこを目掛けて要塞から魔法が飛んでくる。
何より自分は指揮官だ。頼もしい仲間達を率いなければ。
戦場を見ながら、次に自分がすべきことを考えていると、少し離れた場所にいたゴーレムが破壊されるのが見えた。
ゴーレムは魔法具を持ったドワーフ戦士団の担当だ。彼らもまた、上手くやっているらしい。
周囲を見渡し、騎士団長は叫ぶ。
「アーク・ドラゴンが離れた場所に落とされているので、部隊を二つに分ける! 競争だ!」
その声に答えるように、再び騎士団の突撃が始まった。
その日、要塞から飛び出した地上部隊は、見事な手際でアーク・ドラゴンとゴーレムを始めたとした魔王軍を撃破。被害を出しつつも、夜になる前には魔王軍を概ね撃退した。
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