27.要塞

 レイマとプラエ、二人が操縦席に消えてしばらくすると、ディルクラムは光に包まれた。

 膝を突いた巨体が光の繭のようなものに包まれるのを見て、周囲から「おお」と声が漏れる。


「……始まったようだな」


 一団の先頭にいた若き国王はディルクラムだったものを見上げて呟いてから、周囲にいたものに対して問いかける。


「七日間。持たせられるか?」


 彼の側にいるのは誰もがこの世界の重要人物。

 そのうち三人が、順番に答える。


「持たせてみせますとも。この命に代えても」

「まあ、なんとかなるじゃろ。そのために色々備えてきたしの」

「ええ、彼女達が帰って来るのを無事に見届けます」


 騎士団長。ドワーフ戦士長。エルフの長老がそれぞれの言葉を返すと、王は満足気に頷いた。


「わかった。余は戦の采配について疎いゆえ、は事前の通りに。後は現場の判断に任せ。この城から状況を見守る。必要ならいつでも連絡を」


 この若き王は戦争に対しては不慣れだが、兵站の整備を初めとした後方支援は驚くほど円滑だった。平和な時代だったならば、さぞ国を良くしただろう。

 しかし、今は戦いの時だ。


「では、要塞に向かいます」

「吉報を待っておってくれよ」

「彼らを宜しくお願い致します」


 三人の戦う者の長は、王からの言葉に、静かだが確かな返事を返すと、戦場へと向かう。


「姉さん。私達も行きましょう」

「うん。きっと二人なら大丈夫よね」


 ずっと光の繭を見つめていたソルヤとヘルミナも、静かにその場を去って行った。


○○○


「さて、おいでなすったわけだが……」


 『始まりの街』の外に作られた要塞。その最上部の物見からドワーフ戦士長は遠眼鏡を手に呟いた。

 たった今、彼方へ飛んだ視界に魔王の軍勢を捉えたところである。


「神官達の情報通りですね。恐らく、数も」

「ゼファーラ神のおかげで準備はできたが、あと二日くらいかけてゆっくり来て欲しかったもんだ」

「三日かかっただけでも、個人的には遅かった気がするんですが」

「魔王の奴が号令かけて、編成でもしたんだろうさ」


 同じく物見の戦士と会話をしながら、現状を考える。


 ドワーフ戦士長は、この要塞及びディルクラム復活までの間の総指揮官を引き受けていた。 

 年齢的にはエルフの長老だが、彼女は大軍を指揮した経験に乏しく、能力的にも一つの戦力として扱うことを本人が望んだ。

 また、騎士団長もあくまで自分の騎士団の指揮に集中したいと言うことだった。

 そんなわけで、実績、能力を加味して戦士長が選ばれる形になったのである。


 ディルクラムが光の繭に包まれたのとほぼ同時、神官達にゼファーラ神からの神託が下った。


 三日。それが、魔王軍が人類の世界へぶつかるまでの時間ということだった。

 戦士長は国王の残した優秀な人員と協力し、可能な限り準備した。


 要塞の補強。大規模攻撃儀式魔法の準備。国内各所からの強力な魔法具の輸送。

 要塞外の迷いの森は拡張され、要塞の壁は更に厚く、武器と食料は可能な限り蓄えた。

 短い時間で多少なりとも組織的な行動ができるところまで来た、という辺りで時間が来た。


 あと半日もしないうちに、魔王軍の先方がこちらに接触するだろう。

 今の時刻は夕方、


「魔物の軍勢は夜に来るか。定石通りだが、やっかいだの。警戒を厳に。交代でしっかり見張ってくれ。ワシは攻撃の準備をする」

「はいっ。……残り四日。もちますか?」

「違うのう。……もたせるのよ」


 不適にそう言って、戦士長はその場を去った。


 ……不安じゃのう。不安じゃのう。せめてもう少し神官がおったらのう。


 要塞内の階段を早足で駆け下りながら、戦士長は不安に苛まれていた。

 攻撃のための手段は可能な限り揃えた。

 しかし、回復魔法を使える神官が少ないのが気がかりなのだ。

 だが、これは仕方ないことでもある。ディルクラムが創り出された千年前にゼファーラ神は力を大きく減じ、神官の数はとても少なくなっている。


 『海を見た者』として外の世界を見た戦士長は知っている。外の世界は言語に絶するほどの魔物に溢れていた。恐らく、攻撃は昼も夜も続くだろう。怪我人は日に日に増していき、ただでさえ少ない神官への負担は大きくなるはずだ。


 ……それでも、やるしかないのう。


 ドワーフ戦士長は歴戦のドワーフ。神剣の大地に生きる人類の中ではもっとも戦慣れした一人だ。

 今から自分は人の命を勘定しながら消費しなければならない。それを自覚しつつ、彼は自分の戦場へと辿り着く。


 要塞の中枢。各所へ連絡する魔法具や伝令、その他の人員が揃った司令部へ。

 戦士長を見て、その場の全員が居住まいを正した。

 中央に置かれた質素だが頑丈な椅子に飛び乗るように座る。


「半日もすれば魔王軍が来る。予定通り、魔法具の準備じゃ。何が起きるかわからん、全員に備えをさせておけ。ああ、そうじゃ……」


 指示を出してから、思い出したように付け加える。


「余裕のあるものは飯を食っておけ。できれば好物をな」


 それから半日後、日も暮れて、空に星々が輝く中。

 赤く輝く瞳を持つ魔物の軍勢が、要塞へと到達した。


○○○


 夜空に紅い星が無数に流れる。

 それは本来の夜空では無く、空を行く魔物の眼だと、見る者全てが知っていた。


 見る者とは、要塞にて空の魔物を迎撃すべく準備している人々だ。

 人も、エルフも、ドワーフも、それ以外も。あらゆる種族の戦士達が、その光景を静かに見守っていた。その手に、それぞれの武器を持って。


 魔王軍の先方は足の速い、空中の戦力。ワイバーンとドラゴンの混成軍だ。ハーピーなどその他の魔物もいるが、脅威としてはやはりドラゴンとそれに連なる種族が大きい。

 その数は二千以上。数えるのも嫌になるような脅威の空中戦力が、要塞目掛けて殺到しようとしていた。


「よし、準備よいかの? できるだけ引きつけてから攻撃じゃ。大きい魔法具は狙って撃っちゃいかんぞ!」


 司令室から、戦士長の声が飛んだ。

 ある者は魔法具を操作し。ある者は外にて明かりで合図をし。またある者は伝令に走った。


 しばらくして、 


「攻城魔法具。準備できました」

「儀式魔法、各所で発動準備完了」

「弓手、魔法使い、各員配置についています」

「騎士団、ドワーフ戦士団。いつでも出れるように待機しています」


 次々と戦いの準備が整ったことの知らせが入った。

 それらを聞き届け、ドワーフ戦士長は、静かに頷く。


「よぉし! 攻撃開始じゃあ!」


 合図と同時、要塞から魔物への一斉攻撃が始まった。


 まず放たれたのは攻城兵器からの攻撃だ。

 要塞各所に配された年代も様々な投石機。そこから次々と放たれる球形の魔法具。

 投擲用に作られたその魔法具は、空中で魔力の輝きを纏い、驚くほど正確に魔物の軍勢へと到達。

 

 直後、魔法具が全て爆発した。

 爆発に見えたものは、魔力の輝きだ。1ミル以上ある球体に仕込まれた、無数の魔法陣が解放された瞬間である。


 大量の魔法を内包した魔法具。

 それこそが、この攻撃の正体だ。

 ワイバーンやドラゴンの軍勢の各所で展開される無数の魔法陣。そこから生み出される光の槍、火球、氷雪の嵐、竜巻、岩石の槍、人類が考案したありとあらゆる魔法が次々と魔物を屠っていく。


「攻撃の手を緩めちゃいかん。特にドラゴンなんか一匹でも逃したらことじゃ! 攻撃を続けるんじゃ!」


 戦士長の声が飛ぶ。

 要塞から次なる攻撃が放たれる。

 次に打ち出されたのは要塞内で魔法使い達が準備していた儀式魔法だ。

 準備の大変さと引き替えに、狙いがおおざっぱな魔法具と違い、儀式魔法は魔物達を確実かつ大量に敵を狙って排除に掛かる。


 空中に雷を放ち続ける光球が現れ、強力な雷が次々とドラゴンなどを打ち落とす。

 その上に、巨大な魔法陣が現れ、無数の岩石が生み出され、打ち落とされた小型の魔物とワイバーンを一気に押しつぶした。


 攻撃はそれで終わりでは無い。

 それでも生き残った魔物。特に強力な個体であるドラゴンは、特別な弓矢を持たされた弓手や特に強力な魔法使いからの直接攻撃を受けて仕留められていく。


「……最初の攻撃は、どうにか凌いだようじゃのう」


 時間にして二時間もなかっただろうか。『神剣の大地』始まって以来の猛攻撃を報告を聞きながら、ドワーフ戦士長はそう呟いた。

 戦いはまだ始まったばかり。

 全員が、そのことを把握している。


 何故なら、すでに陸を行く魔王の軍勢が接近しているのだから。 

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