25.時間
目が覚めたのはベッドの上だった。
目に入った天井を見て、最近寝起きしている屋敷ではないことはわかった。
身体が重い、頭の中ももやがかったような感じではっきりしない。
それでも、俺は思考をやめない。
あの後どうなった。
ディルクラムで魔王イニティウムの分体を倒した後、残った敵を倒そうとしたところで記憶は途切れている。
「……ここは、城の中か」
石造りの壁や調度類から場所の推測はついた。ここは『始まりの街』にある城の一室だ。
俺がここに寝かされているということは、あの後なんとかなったらしい。
いや、プラエは? ディルクラムは? それに俺はどれだけ眠っていた?
だんだんと頭がはっきりしてきて、色々と気になってきた。
その時、部屋のドアが開き、人が入ってきた。
俺の世話をするためだろうか、布と水の入った桶を持ったソルヤが室内にやってきた。
「レイマ、起きたの?」
「……ソルヤ。心配かけたみたいだな」
起き上がってそう言うと、彼女は荷物を置いてこちらに駆け寄ってくる。
「良かった! 本当に良かった! プラエちゃんは平気だって言ってたけど、もう目覚めないかと……」
「その話だと、プラエは無事みたいだな」
ソルヤの肩にそっと手をおいて言うと、彼女は目の端に涙を溜めたまま、笑顔で答える。
「ええ、プラエちゃんも無事よ。あの後、騎士団やドワーフ戦士団、エルフの人達が魔物を倒してくれたの。でも、こっちに戻ってきたディルクラムはボロボロで……」
そこまで言って思い出してしまったのだろう、ソルヤの言葉は泣き声となり、続かなかった。
「悪かった……。本当に……悪いと思ってる」
「本当に?」
「ああ……」
彼女にこういった心配をかけてしまうことは、あの日、ディルクラムに乗った時にわかっていた。身内が命がけの戦いに臨むなんてこと、喜ぶような人じゃない。家族そろって暮らしていくことを望んでいた。俺もソルヤも、他の皆も。
だからといって、今からどうこうできる状況でもない。
「ソルヤ。俺はどれくらい寝てた? プラエはどこだ? 話がしたい」
「…………っ」
俺の言葉にソルヤは一瞬だけ拳を振り上げ……やめた。
「プラエちゃんならディルクラムの方。門の近くの広場にいる。レイマは気絶してて丸一日たってる。操縦で疲れてるんだろうって」
「一日か……」
思ったより短くて良かった。一週間とか寝ていたら世界が終わっていたかもしれない。
「ちょ、レイマ!?」
ベッドから出ようとした俺をソルヤが止めにかかる。体は重いが、動かないことは無さそうだ。
「プラエのところに行く。俺の着替えはあるよな?」
そう言うと、ソルヤは諦めたように、近くの棚から俺用の荷物を準備してくれた。
○○○
『始まりの街』の外からの入り口は砦も兼ねている。だから、設けられた門も巨大かつ重厚だ。
門をくぐると、最初に出迎えるのは大きな広場だ。周囲を壁で囲み、門から入ってきた外敵を狙い撃ちにするための広場。
ついこの前まで、俺とプラエがディルクラムの訓練をしていた場所だ。
俺がソルヤに手伝って貰ってその場につくと、そこにディルクラムがあった。
「よくここまで動いたな……」
守護神騎ディルクラムは、全身の装甲がボロボロに削れ。左手はちぎれかけ、膝もいまにも砕けそうなくらい痛んでだ状態で、どうにか片膝をついていた。
瀕死。もう二度と動かないのでは無いかという状態だ。
周囲に人は少ない。人払いしているのだろう。最低限の警備だけがその場にいた。ここに来るまでも普通の人じゃ入れない様子だった。先日までとは大違いだ。
俺が城から出るまで、何人か知り合いに会った。皆、嬉しそうにしてくれたが、その目の奥に不安の二文字が見え隠れしていたのも事実だ。
「どうやってここまで持って来たんだ?」
「プラエちゃんが転移魔法を使って、ここに直接。それからは、この形で動いてないけど……」
そうか。俺無しでも今ならちょっとだけなら動かすくらいはできるはずだし、転移魔法はプラエが起動するものだ。それで何とかしたわけだ。
傷ついたディルクラムの前に回る。魔王との戦闘による損傷は全身に渡り、頭部も例外じゃない。
「……ああ、大丈夫だ」
頭部に備わった人間のような黒い目。瞬きすること無く敵を見据えるその瞳は、相変わらずの輝きを見せていた。それに感じる、その中に秘めた莫大な魔力を。何度も共に戦った今なら、尚更だ。
ディルクラムは死んじゃいない。
「大丈夫って、何が?」
「そりゃあ、俺達がだよ。まだ全部終わったわけじゃない」
「その通りです」
ディルクラムの中から声がした。今となっては、よく知った声だ。
俺とソルヤが見ている前で操縦席が解放され、中からプラエが現れた。
「レイマ、無事に目覚めたようで何よりです。身体に異常はありませんか?」
いつも通りの無表情のまま、彼女は俺を気遣った。
「少しだるいけど、大丈夫だ。プラエは?」
「わたしは問題ありません。むしろ、あの戦闘ではレイマに負担をかけすぎました」
「ディルクラムへの負担はどうなんだ?」
三人の視線が、傷だらけの巨人に向かう。
「致命傷ではありません。すぐにでも修復可能です」
「それをしないってことは、理由があるんだな?」
隣のソルヤが息を呑んだ。わかりやすい、事情を知ってるな。
「レイマ、貴方が目覚めるのを待っていたのです。これからのことを決めるのに、貴方の決断は不可欠ですから」
「話してくれ」
「レ、レイマ。今起きたばっかりなんだし、少し落ちついてから、落ちついた場所で話した方がいいんじゃない?」
「先に話を聞きたい。俺以外は知ってるんだろ?」
「…………馬鹿」
ソルヤはそれ強く言ってこなかった。相変わらず優しい。これがヘルミナだったら城から出れたか怪しいところだ。
プラエが俺の前まで来て、じっと見つめてきた。何かを解析する時の青い瞳では無く、いつもの黒い瞳で。
「魔王の分体と交戦したことでわかったことがあります。……今のままでは、我々は魔王に勝利できません」
「…………だろうな」
魔王イニティウム。俺達は分体と相打ちで精一杯だった。あんな不意打ち、二度は通じない。本物は確実により強いというのに。
「対応策は一つです。ディルクラムをより強力にします」
「できるんだな?」
頷くプラエ。
「できます。もともと、最適化として、目覚めてからずっと調整を行ってきました。大きな損傷を負ったこのタイミングで、機体全体を再構成する儀式魔法を発動します。それによって、飛躍的に性能が向上します。ただ……」
彼女が口籠ったことこそ、俺が目覚めるのを待っていた理由ということか。
「ただ。操縦者が今のままでは耐えきれません」
「そうか。……で、何をすればいいんだ?」
「レイマ!」
「まだやるって決めたわけじゃない。話を最後まで聞きたいだけだ」
「……ディルクラムの再構成に七日かかります。その間、わたしと共に操縦席にて、眠りについて貰います。その間に、グラン・マグスと共に、貴方の身体を新たなディルクラムの操縦に向いたものへと作り変えます」
「……俺はどうなる?」
「人格的には変化はありません。肉体的にも、殆ど見た目は変わらないようにします。貴方はディルクラムをより効率よく運用できる身体と魔力、そして知識を得ます」
「それ、本当に大丈夫なのか?」
「これまでの訓練で、貴方はこの世界でもっともディルクラムと親しい存在となっています。つまり、『慣れている』という形です」
「ねぇ、それってレイマが変わってるってこと? 聞いてないわよ?」
プラエがさらっと言った事柄が初耳だったらソルヤが憤りながら言った。
「感覚的には新しい知識を得たようなものです。本質的には変わっていませんので、報告していませんでした」
「そんなことって!!」
「いい、ソルヤ。それで、俺がそれを拒否した場合、どうなるんだ?」
「適合性の高い別の操縦者を探し、強引に訓練を行います」
「強引にか……」
多分、その人はただじゃすまないだろう。俺が一ヶ月かけてやってきたことを、物凄い速さで詰め込まれた上に、儀式魔法にかけられるわけだから。
「そうか。じゃあ……」
「そんなの、レイマに選択肢なんて無いじゃない!」
俺がその場で結論を出そうとするのを、ソルヤの叫びが遮った。
そのまま彼女はプラエではなく、俺を睨み付ける。
「レイマ、この場で決めるなんて駄目よ。絶対に。せめて、私を納得させて」
「……おい、ソルヤ」
俺が何とかなだめようとしたら、今度はプラエが口を開いた。
「少しですが、時間はあります。ゼファーラ神が魔王軍の再襲来を警告していますが、明日すぐということもないようです。明朝、結論を聞かせてください。一晩だけで、申し訳ないですが……」
無表情な癖に、目だけは辛そうにしながら、半精霊の彼女は俺達に決断の時間をくれた。
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