24.魔王

「あれがイニティウムか……」

「損傷箇所を修復……。油断しないで。神剣を剣ではなく盾として構えてください」


 焦りを帯びたプラエの声が操縦室に響く。

 ついさっき、魔王イニティウムから受けた攻撃でディルクラムは損傷していた。

 傷を受けたのは主に間接部。それと左腕だ。魔法の力によって傷はすぐに修復していく。


「? なんで動かないんだ?」


 魔王は動かなかった。離れた場所から真っ直ぐにこちらを見据え、佇んでいる。

 そういう命令をしているのか、魔王の軍勢もまた微動だにしない。魔物は魔王に絶対服従というのは正しいようだ。


『……懐かしい気配を感じて来てみたものの、その程度とはな』


 いきなり、戦場全体に声が響いた。

 低く、昏く、重い。効くだけで不安になる。静かな重圧のような声が、この場にいるもの全てに聞こえた。


「要塞の方は大丈夫か?」

「動揺しているようですが、問題はおきていなそうです」


 要塞にいる人々が心配になる。生身で聞いたらどうにかなりそうな声だった。


 魔物と違って、魔王は言葉を話す。

 意志の疎通はできるが、決して相容れない。

 ただ、この世界を滅ぼすことを宣言するためだけに言葉を介したと言われている。


 魔王の登場により、戦場の動きは完全に止まっていた。

 ディルクラムと魔王イニティウムがにらみ合う。どちらの陣営もその様子を窺っている形だ。


「……プラエ、どうす……」

 

 俺が問いかけきる前に、プラエが動いた。

 ディルクラムの全身に光が溢れる。初めて見た時のように、うなり声のような重低音が響く程の魔力の奔流。内部にある炉心から莫大なゼファーラ神経由の力が溢れる。

 その影響を受けて、神剣も光り輝く。

 

 ディルクラムの力を引き出すほど、操縦者への負荷も高まる。プラエはそれを嫌っていたはずだが。


「こんなに出力を上げても平気なのか?」

「申し訳ありません。ですが、魔王を相手にする以上、無茶をしないといけません」

「あれは本物ってことか?」

「恐らくは。そうでなくても、魔力容量が桁違いです。ドラゴンなどと同等に考えるのは危険です」

「わかった……」


 プラエの言葉に嘘は無い。

 俺は静かにディルクラムに神剣を構えさせた。


『ほう。面白い……』


 俺達の交戦の意志を見て、顔の見えない魔王が嗤った気がした。


「防御魔法展開。グラン・マグス接続……。現状、魔王に対して効果があるのは神剣リ・ヴェルタスだけです。可能な限り近づいて神剣の一撃を!」


 プラエの操作によって、光り輝く盾が周囲に浮かぶ。


「わかった! いくぞ!」


 俺達の意志と共に、ディルクラムが進む。

 ただの前進じゃない。強大な魔力を生かして風の魔法を発動。

 これまでに見たことが無い速度で、ディルクラムが駆ける。

 もはや、超低空の飛翔とも言える高速で、俺達は魔王に迫る。


『馬鹿にしているのか?』


 呆れたような声音と共に、魔王からの攻撃が来た。

 軽く振られた腕から複数の魔力光が打ち出される。

 撃ったとこちらが知覚したのとほぼ同時に、攻撃がディルクラムに到達した。


「ぐ、おおおおお!」


 魔力光がぶつかるだけで、魔法の盾が吹き飛んだ。

 消しきれなかった攻撃がディルクラムに直撃。

 神剣を振って、いくつか迎撃したが、無駄だった。

 無数の衝撃を受けて、前進は停止。それどころか、魔王の攻撃はこちらの装甲を次々と引き裂く。


「防御壁を再構築…………機体修復を」


 プラエが必死に周囲に新たな防御壁を展開。傷だらけになったディルクラムを修復にかかる。

 新たに生み出された盾はどうにか魔王の攻撃を受け止めた。

 しかし、こちらの被害は大きい。

 勢いを止められたディルクラムは神剣を構えるのがやっとで全身が傷だらけ。 


「化け物め……」


 そう呟くのが精一杯だった。


 俺達は魔王に向かって、一歩すら踏み出すことができなかったのだから。



 こちらを睥睨する魔王イニティウム。

 剣を構えるディルクラム。

 構図は先ほどと同じだが、状況は絶望的なほど違う。


 ほんの少し挑んだだけでわかった。

 魔王は桁違いに強い。

 今の俺達に、どうやって抗える……。どうやれば。

 

「っ!? 要塞の人々に動きがあります!」

「まずいっ。下手に手を出して魔王に狙われたら吹き飛ばされる……」

 

 要塞内では大群相手の魔法の準備などはあっても、魔王相手の攻撃なんてない。俺達の様子を見て援護してくれようとしてるんだろうが、危険すぎる。

 ……いや、援護はしてもらうか。


「プラエ、エルフの長老に連絡はとれるか? 攻撃では無く、俺達の援護をして貰いたい」

「可能ですが。どのようなことを?」

「とにかく奴に神剣を叩き込む。その手伝いをして貰おう」

「わかりました」


 プラエが水晶球を操作し、すぐにエルフの長老に直接呼びかける魔法が起動。

 俺が伝えた作戦を、プラエがエルフの長老と相談する。

 俺はディルクラムを立ち直らせ、再び魔王に向かって剣を構えさせる。

 余裕を見せるつもりか、魔王はこちらを見て動かない。


『承知しましたが。それだけでいいのですか?』

「はい。下手な攻撃は通用しないでしょうから」

『わかりました。貴方達を信じます』


 話し合いは短く終わった。よし、やろう。

 俺は魔王に対して話しかける。

 

「余裕だな。魔王イニティウム」

『ようやく、この世界を食らいつくすことができるのだ。ゆっくり楽しみたいと思うのも当然だろう?』

「そうかい!」


 叫ぶと同時、ディルクラムを前進させる。


『愚かな……』


 魔王が再び腕を振ろうとした瞬間だ。


「プラエ!」

「はい。今です!」


 ディルクラムの姿がいきなり複数になった。

 その数は十以上。それぞれが別の経路と動きをとって、魔王目掛けて神剣で攻撃をしかける。


『稚拙な幻術か……』


 その通り。これはエルフの長老達が作ってくれた相手を惑わす幻術だ。稚拙と断じられたが、そう捨てたもんじゃない。

 おかげで一瞬だけ、魔王の動きが止まる。


「今だ! 転移しろ!」

「了解! 転移開始!」


 操縦席の周囲が光に包まれ、視界が真っ白になる。

 ディルクラムに備わる力、転移魔法だ。


 圧倒的な魔王に対して効果があるのは、この神剣リ・ヴェルタスのみ。なら、俺達は何が何でも接近しなきゃいけない。

 ならば、どうにか奇襲をしかけるのみだ!

 

 幻術による攪乱と、短距離転移による不意打ち。即席で考えつくのはこれが精一杯だ。


「でます!」


 プラエの言葉に操縦席の両手を握りしめる。

 周囲の光が薄くなり、魔王の背面、やや上にディルクラムが出現。


『失望したぞ……!』


 魔王がこちらを振り向き、黒い炎のような一撃でなぎ払いに掛かる。

 こちらの奇襲が読まれた。

 

 だが、そのくらいは想定している。


 黒い炎に包まれたディルクラムは、その場で雲散霧消。

 エルフの長老達はずっと魔法を使ってくれている。

 先に同じ方向から襲いかかったのは幻術だ。


「プラエ! いくぞ!」

「了解! 潜伏解除!」


 潜伏魔法。相手から姿を隠し、気配を断つ。神剣の大地が千年間、魔物から人類を守った力の一つ。

 俺達は転移魔法と同時にそれを発動していた。


 そして今、不意打ちの機会を得て、光り輝く神剣を構えたディルクラムが、魔王の上段から斬りかかる。


「いけぇぇぇ!」

『…………面白い!』


 流石に簡単に攻撃を通してくれるほど甘くない。

 魔王の両手から迸る魔力が神剣を受け止めた。


「プラエ! 全ての力を出し切れ!!」

「しかし……」

「次に接近できるかわからない! やるんだ!」

「…………了解!!」


 神剣の輝きが増す。

 じりじりと、刀身が魔王目掛けて斬り込まれていく。


『ヌ……ゥ……小癪なっ!』


 いきなり、強力な魔力が周囲に生まれた。

 見れば、黒い魔力の塊が複数、辺りに浮かんでいる。それが次々と機体の各所にぶつかり、確実にこちらの装甲をえぐってくる。

 腕、足、肩、背中。ディルクラムの各部が歪み、場合によっては砕けていく。

 それだけじゃない。


「ぐあああっ!」

「レイマ! くっ……」

 

 魔王の攻撃は、操縦席の俺達にも降りかかった。

 ディルクラムを通して、魔王の邪悪な魔法の影響が直接体に響く。

 ともすれば、操縦を忘れそうな激痛が断続的に襲ってくる。


「……機体周囲に結界を張ります。少し、我慢を……」

「このまま強引に押し切る! 神剣に力を!」


 時間をかけたらこちらが八つ裂きにされる、なら、その前に勝負を決めるのみだ。


「いくぞディルクラム! これが俺達の役目だ!」


 俺の叫びに、ディルクラムが答えた。あるいは、プラエの操作が間に合ったのか。

 全身をボロボロに砕かれつつあったディルクラムは、これまで以上の魔力を機体から放出し、光り輝く神剣を強引に魔王の上半身に斬り込ませた。


『オォ……オォォォ!』


 魔王の叫びに余裕は無い。効いている。


「くたばれ! 魔王イニティウム!」


 俺は職業の特性上、他の人よりこの世界の歴史に詳しい。

 だから知っている。

 

 こいつのせいであまりにも多くの大地が失われた。

 こいつのせいであまりにも多くの文化が失われた。

 こいつのせいであまりのも多くの命が失われた。

 こいつのせいであまりにも多くの可能性が失われた。

 

 こんな奴がこの世界にのさばることは許されない。


「この世界から、いなくなれ!」


 いまだ続く痛みを無視し、俺は叫ぶ。

 ディルクラムは意志に応え、神剣から莫大な魔力を迸らせる。

 

 魔王イニティウムが青白く光り輝く魔力に、内側から崩れていく。


『……ただでは死なぬ』

「………っ!」


 最後にそう言い残すと、全身を黒い魔力に変え魔王の力が神剣を飲み込んだ。


「レイマ! リ・ヴェルタスを離して!」


 ディルクラムが神剣を手放すのと、黒い魔力光と化した魔王がその場で白い光の爆発となって消えたのは同時だった。


「くそっ……。神剣が……」

 

 光が消えた後、ばらばらに砕かれた神剣がその場に残っていた。


 ひざをつくディルクラム。

 こちらも全身がボロボロだ。手足は引きちぎれる寸前、装甲も各部に穴が空いている。俺とプラエも、無傷じゃ無い。


「……レイマ、残存の魔物がいます……後方では撤退を開始していますが……」

「ああ……そっちを片づけないと……いや、魔物がいる?」


 魔物は魔王が生み出した化け物で、魔王の一部とも言える。魔王が消えれば、一緒に消える可能性も推測されていたはずだ。それは、かなり正確な説だったと記憶している。


「……恐らく、あの魔王は分体……。力の一部を分けた分身だったのでしょう……」

「力の一部、あれがか……」


 傷つき疲れた体と意識に、絶望が叩き付けられる。意識が揺れるのを感じる。

 駄目だ。まだここの戦いが終わってない。まだ……。


「要塞から援軍が出撃……。残存の魔物を掃討開始……」

「ああ……俺達も、手伝わないと……」


 そう口にしたところで、俺の意識は失われた。

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