23.斬撃

 神剣を手にしたディルクラムは強かった。

 リ・ヴェルタスは剣としての機能以外に杖としての能力も持つ。

 魔法使いにとって、杖をは魔力を制御し、より強力な魔法を行使するための重要な媒体だ。

 おかげで俺はより効率よくディルクラムを操ることができる。

 

 反面、神より与えられた武器である神剣は扱いが難しく、操縦者の俺への負担も増すという問題点もある。

 しかし、それはそれとして、戦況が一気に有利になったのは事実だ。


「次ははどこだ!」

「右前方、息吹(ブレス)の態勢に入っています!」

「させるか!」


 俺はディルクラムを風の魔法で低空で跳躍。もはや飛翔といってもいい速度の動きで口内に爆発的な魔力を溜め込んだアークドラゴンに一気に接敵。


「やらせない!」


 神剣を一閃。

 こちらの攻撃を防御しよう繰り出されたアークドラゴンの爪ごとまとめて、両断。

 

 一撃一殺。驚きの速度で、俺達はアークドラゴンを次々に始末していた。


 戦場に出ているのは俺達だけじゃない。騎士団、ドワーフ戦士団はワイバーンの生き残りとドラゴンの相手をしてくれている。

 ディルクラムはアークドラゴンを倒す経路上にいれば可能な限りそちらも斬り捨てる。

 画面内に少しだけ呆然とする人々の姿が映っていた。

 正直、俺も驚きだ。神剣を持っただけでここまで強くなるなんて、思ってもいなかった。


「残りはいくつだ!?」

「次で最後です! 距離があります! 接近せずに倒してください!」

「わかった!」


 俺の意志に答え、神剣が光り輝く。


「いけぇ!」


 距離は開いたまま、ディルクラムが縦に神剣を振り下ろす。

 動きに合わせて、刀身から白く輝く長大な刃が生み出され、そのまま数百ミル(メートル)は先にいたアークドラゴンが縦に真っ二つになった。


「アークドラゴン。残存ゼロ……。レイマ、大丈夫ですか?」

「ああ、何とかな……」


 全身に疲労感を覚えながら、俺は答える。

 ディルクラムの操縦者は魔力を消費し続ける。また、強力な攻撃を繰り出す度に負荷として、俺の心身に影響が残る。

 神剣を抜いた今、それは飛躍的に増大していた。


「まあでも、少し疲れてる程度だ。まだいける」


 何とかなっているのは長老から貰った法衣のおかげだ。こいつは俺の魔力を増やし、負荷を減らしてくれていた。


「空からの戦力は殲滅しました。次は地上の戦力です。接触まで時間があります、休憩を……」


 いいながらプラエが水晶球を操作し、敵戦力を分析にかかる。

 残る相手はゴブリン、オーガ、トロルといったお馴染みの戦力が大半のはずだ。『裁きの刃』で一気に決着をつけたいところだが……。


「ん。なんかでかいのがいるな?」

「あれは魔王軍のゴーレムです」

「ゴーレムって、魔王がディルクラムを倒すために作り出したやつか」


 俺達の視界に入ったのは、軍勢の先陣を切って来る巨大な金属の塊だ。

 巨大。とてつもなく大きい。アークドラゴンよりも大きい。五〇ミルはあるだろう。

 外見はあまり褒められたものじゃない。

 人型だが、ディルクラムが鎧のような外見だとすると、あちらは出来の悪い人形だ。


「大きいってだけで厄介だな」

「はい。何より、ディルクラムを倒すために作られたというのが問題です。普通の魔物と違い、こちらの攻撃に対抗してきます」

「だが、やるしかない。行こう。今ならゴーレムだけを相手にできる」

「了解。防御はわたしが担当します。機動性で上手く翻弄して神剣で攻撃をしてください」

「わかった!」


 答えるなり、ディルクラムが駆け出す。

 援護の攻撃は無い。ドラゴン達が全滅したおかげで出来たこの時間に次の攻撃の準備をしているのだろう。


 目標は目の前にいるゴーレム一体。

 距離はすぐ縮まった。近づくと、やはりでかい。こちらを見下ろす巨体は意外な機敏さで大きく手を振り下ろしてくる。


「攻撃はどこにすればいい?」

「ゴーレムの弱点は個体差があります。ある程度攻撃を加えてください。解析します」

「わかった!」


 風の魔法でディルクラムを飲み込みそうなくらい巨大な腕をかいくぐる。

 相手の巨体を利用し、そのまま足場にしようとディルクラムを着地させた時だった。


「駄目です!」

「なっ……!」


 着地したゴーレムの上腕。そこがずぶりと沈んだ。

 鉄か何かの金属に見えたゴーレムの体が、まるで泥沼のようだった。

 それだけじゃない、


「しまった……。掴まる!」


 沈んだ箇所が固まっている。右足首から下を固定されつつある。


「魔王のゴーレムはその動きの遅さから、懐に回り込まれやすい。その代わりに全身を武器にできるようになっているのです」

「本にはそんな記述は無かったぞ!」

「当然です。この型のゴーレムと遭遇して生き残っているのはわたしとディルクラムのみ。かつて、魔王軍の中枢で戦ったものと同じです」

「……今度は俺がちゃんと記録に残しとくよ!」


 いいながら、神剣の一撃を足下に叩き込む。

 ディルクラムの武装である神剣は、所有者を傷つけない。

 狙い通り、右足首を固定していたゴーレムの上腕部が大きく抉れて自由になる。

 ディルクラムは風の魔法を背後に展開して飛翔。いや、跳躍だ。俺はまだこの巨体を鳥のように飛ばすことはできない。


 それでも、ゴーレムの頭の前に到達した。

 目も鼻も口も無い、なんであるのかわからない頭部が、こちらを向く。


「左手が来ます! 回避を!」

「ただじゃ逃げない!」


 その場を離脱しながら、神剣を一振り。

 剣から放たれた斬撃が、ゴーレムの頭部に巨大な傷痕を残す。


「うおっ。あぶねぇ!」


 空中で何度か姿勢を変えつつ、ゴーレムの左手を回避。

 距離を取りつつ、ディルクラムは大地に着地する。


「今のは?」

「効いていません。頭部はただの飾りかも知れませんね」


 くそっ外れだ。

 相手がでかすぎるし、どこを攻撃していいかわからない。

 まずは時間が必要か……。


「攻撃の方針を変える。足を狙いたいんだが」

「良い考えです。もう少し、時間を稼いでください」


 方針変更だ。素早くゴーレムの足下へと回り込む。

 神剣の攻撃は通用する。まずは足を切って動きを取れなくしてやる。


 右足に近づいたその瞬間。

 足の甲から無数の槍が生み出された。まっすぐにこちら目掛けて飛んでくる。


「防御を!」

「いや、攻撃だ!」


 俺の意志に答え、ディルクラムが神剣を振り抜いた。

 神剣から白い魔力光が放たれ、槍を次々に消し飛ばし、ついでにゴーレムの足の甲を一部削り取った。

 

 どこからでも攻撃が来るとわかっていれば、心の準備くらいできる。


「ゴーレム、姿勢が崩れています! このままこちらを押しつぶすつもりかと!」

「やらせない!」


 ディルクラムの魔力を操作。神剣の力を一気に引き出しつつ、風の魔法で加速。

 一気に右足の横を通り抜け、すり抜けざまに横に一閃。


 ゴーレムの右足首から上が見事に切断された。


 物言わぬゴーレムは、そのまま姿勢を崩し、いっきに倒れ込む。


「まだです!」

「むっ!」


 倒れながらも、ゴーレムが左手をこちらに叩き付けてきた。見れば、間接部が強引に引き延ばされている。そんな芸当までできるのか。


「うおぉぉ!」


 叫び、ディルクラムは大きく跳躍。なんとか巨大な左手の一撃を躱す。


「攻撃箇所、解析できました!」


 空中高く浮かんだその瞬間、プラエのそんな言葉が聞こえ、画面に写るゴーレムの腹の辺りに赤い点が生まれた。

 そこが弱点か。


「いけっ! ディルクラム!」


 神剣に魔力を流し、そのまま弱点目掛けて突撃。

 ゴーレムも自らの危機を察したのか、全身から金属の矢を打ち出してくる。

 しかし、


「出力上昇、防御を強化します。そのまま!」 

 

 プラエの操作によって、より強力な魔法の盾を前面に生み出したディルクラムは、攻撃を全て受け止めて突貫。

 勢いそのままゴーレムの弱点めがけて、神剣が突き込まれた。


「………ッッッ!!!」


 不思議なことに、操縦席越しに、陶器か硝子か、そんな堅い物を割った感触があった。

 

「ゴーレム、崩壊します」


 言葉通り、弱点へ一撃を受けたゴーレムは全身を砂のようにして急速に崩壊させた。


 あれだけの巨体なのに、消え去る時は一瞬だ。

 後に残ったのはディルクラムだけ。


「大物はこれで終わりか? あとは近づいてくる小さいのを一掃すれば少しは……」


 迫り来る魔王の軍勢の方を向きながら、プラエにそう話しかけた時だった。


「正面っ! 衝撃に備えて!」


 完全に余裕を失ったプラエの声が聞こえた。


「な――――?」


 なんだ? と問いかける前に、衝撃が来た。

 ドラゴンなんて比べものにならない、一方的な力。

 問答無用で、ディルクラムが吹き飛ばされた。


「ぐ…………っ」


 俺の意志とは無関係にディルクラムは宙を飛んでいた。

 何が起きた? という問いが脳裏をよぎる。


「レイマ! 着地を! 姿勢を整えて!」


 プラエの指摘に我に返る。

 見れば、いつの間にかディルクラムの周りは青白く輝く魔法の盾に囲まれていた。

 後は俺が着地させるだけ。

 風の魔法は得意だ。それを生かして空中で姿勢を制御。速度を殺しつつ、地面に巨大な傷痕を残しつつ、ディルクラムを片膝立ちで着地させる。

 背後には要塞だ。思った以上に遠くまで吹き飛ばされた。


「プラエ、何があった?」


 改めて発された俺の問いかけに、プラエは震える声で答えた。


「来ました……。あれが魔王。魔王イニティウムです」

「魔王……」


 画面の中、拡大された魔王軍の中央。

 一切の魔物達がいなくなった空間に、その存在はいた。

 巨大な存在だ。ドラゴン、いや、ディルクラムと同じくらいの大きさの人型。

 身に纏うは黒い鎧。赤黒い炎のような頭。その目は邪悪な赤く輝いている。

 伝承通りの姿で、この世界の人々にイニティウムと名付けられた魔王がそこにいた。

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