22.神剣

「始まった……」


 魔法陣から生み出されたのは複数の巨大な竜巻だ。

 空から生まれた激しい風のうねりが、ワイバーンやドラゴンを纏めて飲み込む。

 それだけじゃない、竜巻の中では無数の雷が走っている。

 

「あれ、俺がディルクラムを使って放った風の魔法よりも強力だな」

「はい。大したものです。ワイバーンだけでなく、ドラゴンへも有効でしょう」

「そうみたいだな」


 拡大された画面には次々と竜巻からはじき飛ばされるワイバーンの姿が写っていた。そのまま地面に叩き付けられ、動けなくなるのが大半だ。アークではない方の普通のドラゴンもかなりの数が翼をやられて地面に降りていく。

 

 これは、ワイバーンのことは気にしないで良さそうだな。


「アークドラゴンにはやはり効かないか?」

「はい。ドラゴンは巨大になるほど内包する魔力量も大きくなり、全身を覆う魔力も強力なものになりますから……出ます」


 プラエの言葉通り、竜巻から出てくる者があった。

 黒い鱗、牙も翼も通常よりも凶悪な形状をしている巨体。アークドラゴンだ。

 それも一匹じゃない。アークドラゴンは次々と竜巻から脱出してくる。その体に傷はあるが、大地に落ちるほど致命打にはなっていないようだった。


「アークドラゴン、十八。全て健在です」

「よし、打ち落とすぞ!」

「了解。グラン・マグス接続。対空魔法準備」


 ディルクラムの両籠手が稼働し、魔法を打ち出す準備を整える。

 両手を前に出し、魔法陣が展開。

 俺は操縦席の水晶球を握り、アークドラゴンの翼を射貫く、無数の槍を想像する。

 エルフの長老に貰った法衣のおかげか、訓練の時以上にディルクラムの両手の魔力が高まっていくのがわかる。

 

 少し前ならともかく、今の俺とディルクラムなら、アークドラゴンの翼を打ち抜く魔法が構築できる。そのはずだ。


「プラエ、狙いは任せた!」

「了解。ご安心を、アークドラゴンは巨体のおかげか、動きがのろいですから。外しません」

「助かる……よし、いけっ」


 ディルクラムの両手から、無数の光の槍が打ち出された。

 高速で打ち出し、軌跡を残すそれは、槍というよりも、線だ。

 無数の光条は複雑な機動を描き、アークドラゴンに殺到。


 当然、ドラゴンだって馬鹿じゃない。避ける動きをする。

 だが、


「逃しません」


 プラエが水晶球を輝かせると、光線は軌道を変えて、アークドラゴンを追いかける。

 空の王者であるドラゴンといえど、逃げ切れない速度の攻撃が、次々と狙った場所を貫いていく。

 ドラゴンを空に飛ばすための器官、翼へと。

 鍛錬を重ね、狙いを絞ったこの攻撃は、予定通りの効果を発揮した。


「アークドラゴン、大地に落下します」


 翼をやられたドラゴンは地面に降りるしかない。

 こちらの得意な戦場に持ち込む。戦場の鉄則だ。

 

「よし、一番近いのは!」

「誘導します! 気を付けてください。これまでの相手とはものが違います」

「ああ、承知した……」


 俺の意志を受け、ディルクラムは両手から光剣を生み出し、一番近くに落ちたアークドラゴンに向かって走っていく。ディルクラムの大きさなら、距離は一瞬で詰まる。


 そして、アークドラゴンを前にして、俺は思わず言った。


「でかいな……」


 アークドラゴンの大きさは二〇ミル(メートル)から。ディルクラムは一八ミル(メートル)。

 たった二ミル(メートル)の違いだが、形として四足獣であるドラゴンは人型のディルクラムより一回り以上大きく見える。

 考えてみれば、ディルクラムで自分より大きい敵を前にするのは初めてか。


「大きさに気圧されますが、ディルクラムならば十分打倒可能です。いきましょう。グラン・マグス接続、魔法盾を展開」


 ディルクラムの両肩に魔法によって生み出された青白い盾が現れる。これは空中を移動して、プラエが操作してくれる。


「有り難い。いくぞ!」


 前に進むディルクラム。アークドラゴンもこちら目掛けて突っ込んでくる。

 その巨体を生かした突進だ。牙も爪だけじゃない、その攻撃の全てがディルクラムにとって無視できない威力を持つ相手だ。


「今だ!」


 咆吼を上げて突撃してくる相手の目の前で、風の魔法で機動力を上げて跳躍。

 空高く跳んだディルクラムは空中で姿勢を制御。勢いよくアークドラゴンの背中から襲いかかる。


「いけえぇ!」


 狙い違わず、両手の光剣が相手の背中を貫いた。

 流石はアークドラゴン。鱗は堅い。だが、貫けないほどじゃない。


「まだです! 油断しないで!」

「ぐ。うおおおお!」


 胴体を貫くほどの一撃を受けてもアークドラゴンは生きていた。

 俺達を振り落とすべく、でたらめに動く。

 操縦席が激しく揺れる。体は固定されているから落ちることはないが、これは不味い。振り落とされる……。


「大丈夫です。雷撃!」


 背中に刺さったままの光剣が激しく輝いた。

 その光に合わせるように、アークドラゴンが何度か激しく痙攣する。

 プラエの言葉通り、剣から雷が迸しっているのだ。

 体内から雷を受けたアークドラゴンはそのまま動かなくなる。


「や、やった……」


 安心したのは一瞬だった。


「右! 来ます!」


 プラエの言葉と同時、右方向から衝撃が来た。それだけじゃない、操縦席内の風景が一気に回転した。

 ディルクラムが吹き飛ばされたと気づいたのは、地面にぶつかった衝撃を受けてからだ。


「くそ、新手か……」


 素早くディルクラムを立ち直らせて、次の相手に向き直る。

 そこには、目の前に追撃をしかけようとするアークドラゴンの姿があった。

 アークドラゴンはあと二十二体いる。こちらは大きいのが一つ。目立つところに殺到するのは仕方ない。


「防御だ!」


 俺の叫びにディルクラムとプラエが答えた。

 両手を前に出し、籠手から障壁を展開。肩に浮いていた魔法の盾もその前にやってきた。


 そこに、アークドラゴンの牙の一撃が炸裂した。


「ぐっ。おおお!」


 攻撃は牙だけじゃない。後ろ足で立ち上がったアークドラゴンの爪の連撃も加わる。

 こちらの防御は良くもっているが、とてつもない攻撃の連続に防戦一方になる。


「一度下がって距離を取るか!」

「いえ、無理です。左手から新手です。息吹(ブレス)の兆候」


 逃がしてくれるほど甘くないか。しかし、息吹(ブレス)はまずいぞ。


「風の魔法で跳躍して一度脱出する」

「賛成です。多少傷は負うかもしれませんが……」


 俺達が方針を決めた瞬間、今まさに息吹(ブレス)を吐こうとしていたアークドラゴンの顔に無数の矢が突き立った。

 矢は即座に魔法へと姿を変え、その顔面を内側から吹き飛ばす。


「エルフの矢か!」


 仲間の援護だ。それは目の前にいる個体にも降り注ぐ。正面にやってきたのは攻城兵器から打ち出された、巨大な魔法具の数々だ。一撃一撃が巨大な火炎や氷と化し、アークドラゴンの動きを封じ、その体を確実に傷つけた。


「今です! 攻撃を!」

「ああ!」


 ディルクラムの両手を光剣に変え、動きの止まった目の前の奴の首を落とす。

 そのまま風魔法で機動して、頭を大きな傷を負った左手の方にも攻撃。光剣の連撃で全身をズタズタに切り裂く。


「何とかなった……。あと二十か……」

「はい。それに、半分は要塞に向かっています」

「不味いな……」


 倒せない相手じゃないが。時間がかかりすぎる。

 上手く戦えば傷は少ない。だが、俺はディルクラムを動かすのに消耗をし続ける。

 対して向こうは一度でも息吹(ブレス)を要塞に向かって吐くだけで大損害を与えることができる。

 できるだけ早く、確実に仕留めないと危険だ。


 『裁きの刃』じゃ駄目だ。もっと強い力がいる。


「…………」

 

 強い力。ディルクラム最強の力を、俺は知っている。


「プラエ。神剣を使おう」


 俺の言葉に、プラエが振り返った。

 その表情には戸惑いも疑問も無かった。

 あるのはただ、覚悟のみ。

 神剣リ・ヴェルタス。それを使うための訓練を俺は何とか完了している。


「リ・ヴェルタスは人の世界を保護する結界としての役割も持っています。それを抜くということは、これまであった加護を失うことに他なりません」

「そんなの、魔王軍が目の前に来てる今となっては無意味だろ」


 そういうと、プラエは静かに頷く。


「……念のための確認です。神剣リ・ヴェルタスに接続。転移魔法を起動します」


 ディルクラムが両手を掲げ、そこに魔法陣が生まれる。

 操縦席の画面には合計十匹のアークドラゴンが殺到してくる様子が表示されている。

 今のまま、あれだけの数に囲まれたらひとたまりもないだろう。


「来てくれ。神剣リ・ヴェルタス……!」


 アークドラゴンがすぐ側に近づいてくる。まずは三匹だ。


「神剣、転移します!」


 その三匹が手の届きそうな目の前に来た瞬間。転移は完了した。

 これまで人類を守って来た守護の剣。

 そして、これから人類を守るための守護の剣。


 幾重もの輪が重なった柄、太陽のような光を放つ中央の宝玉、どれだけ年月が経とうとその鋭さを失わなかった銀色の刀身。

 神剣リ・ヴェルタスが、千年ぶりにあるべき所に戻った瞬間だった。


「いけぇぇぇ!」


 ディルクラムが両手に持った神剣を、俺は横薙ぎに振り払った。

 雑な一撃だ。

 しかし、その威力はすぐに示された。


 すぐ側まで接近していたアークドラゴン三匹。

 それがまるでバターに熱したナイフを差し入れるかの如く、いやそれ以上に何の手応えもなく、体の真ん中から問答無用で両断された。


 土煙を上げて、合計六つになったアークドラゴンの体が地面に落ちる。


「いくぞ、反撃だ。プラエ、ディルクラム……」

「はい。優先目標を表示します。攻撃を!」


 次々と変化する画面表示。俺はその指示に従うように、神剣を手にしたディルクラムを疾走させる。

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