21.攻撃

 最初に気づいたのは神官達とプラエだった。

 ディルクラムが世に現れて以来、その数を減らしたという神官は、ゼファーラ神の声を直接聞ける貴重な存在だ。また、ディルクラムの半精霊であるプラエも神に遣わされた存在。

 それらが共に、ゼファーラ神からの言葉を聞いた。


「魔王の軍勢が来ます……。二日後に」

「随分具体的だな」


 ディルクラムの操縦席での訓練中、突然プラエが言い出した。

 こちらを振り返ったその目を見て驚いた。その目が青く光り輝き、透き通っていた。半精霊、神の使いとしての本質が現れている姿だ……。


「わたしは神官のようなものです。これほど明確な言葉が聞ける以上、その中に魔王がいると見て良いでしょう」

「早いな……」


 ディルクラムが現れてまだ一ヶ月と少しだ。こちらの準備はようやく整い始めたばかり。

 わかっちゃいたが。敵は待ってはくれない。


「早く皆に伝えないと。避難とか、準備とかあるだろう」

「はい。急ぎましょう」


 ディルクラムを降りて城に向かうと、すでにそちらも騒ぎになっていた。


「随分忙しそうだな」

「……恐らくですが、神官も同じ声を聞いたのでしょう。ゼファーラ神がわたしにだけ告げたとは思えません」

「じゃあ、これは既に動いてるってことか……」


 俺達が王城を進むうちに、自然とそのうちの一室に通された。今は陛下もいるはずだ。

 城内で歩いていると、自然と声をかけられて、案内された部屋ではエルフの長老が待っていた。


「流石、行動が早いですね」

「こちらも驚きました。既に動いているとは」

「察しているとは思いますが、神官達がお告げを聞きました。陛下の号令で既に、王国騎士団、ドワーフ戦士団が要塞に向かっています。私達エルフもすぐに向かいます」


 流石陛下だ。動きが速い。


「戦うんですね」

「そのために来ましたから。それに、貴方達だけを行かせるわけにはいきません」


 静かに微笑むと、長老は愛おしそうにプラエを見た。彼女とプラエの過去に何があったのか、詳しくは知らない。しかし、長老の言葉は、俺に聞こえた以上に重い意味を持つように見えた。


「操縦者レイマ。これは、私達エルフから貴方への贈り物です。どうか、受け取ってください」


 そう言って、長老は近くに置かれた包みを開いた。

 中に入っていたのは服だ。灰色で、各所に魔法的な意味を持つ細かい刺繍がされている。着ていると魔法で金属鎧以上の丈夫さを発揮する服があるというのを聞いたことがあるが、それだろうか。

 一緒に用意された手袋には手の甲の部分に輝く宝玉が目を引いた。その周辺にはやはり複雑な刺繍がなされている。


「これは……ディルクラムを操縦するための?」

「そうです。通常、このような魔法衣は着る者の魔力を使って丈夫にしたり、身体能力を強化させます。しかし、これは貴方のためのもの。魔力を増幅し、より効率よく守護神騎を動かすためのものです」

「……これは凄いですね。いつの間に」


 法衣を触ったプラエそう呟いた。表情が僅かに動き、驚いてすらいる。


「ずっと昔から、この時のために準備していました。良かった。プラエがいうなら有効なようですね」


 法衣を一通り触って確認したプラエが頷く。


「ええ、これを着ることでレイマはより良い操縦者となるでしょう」

「レイマさん。使っていただけますか」

「勿論です。有り難く、使わせて頂きます」


 俺に法衣を手渡し、長老が少し寂しそうな顔をして言った。


「本当は、もう少し皆さんとお話などをしたかったのですが。残念です」


 その言葉に、俺は努めて気楽な口調で答える。


「無事に帰ってきて、皆で遊んだりしましょう。勿論、プラエも」



 ○○○

 

 二日後。予言通り、敵が来た。

 要塞はほぼ完成だ。『始まりの街』からはそれほど広くない山と山の間の平地に巨大な壁のような建築物が聳えている。


 要塞は人類の住まう方向から見れば巨大な壁だが、魔王と軍前の来る方向にはいくつもの三角が突き出たような形状をしている。これは押し寄せる大軍を分断するための工夫だ。

 それだけじゃない、要塞の外側にはエルフが急いで育てた小さな森があり、強力な魔法により迷宮と化している。ゴブリンやオーガならどれだけ押し寄せてこようと、要塞に接近すらさせない作りだ。


 そんなわけで、この要塞にとって注意すべき敵は、ドラゴンやワイバーンといった空から押し寄せる戦力が主となる。  

 要塞には各所に攻城兵器が配備され、弓を持つ者は強力な魔法のかかった矢を持たされる。

 魔法使い達は大群を一網打尽にする儀式魔法を準備し、騎士団とドワーフ戦士団は特別製の装備に身を固め、突撃に備えている。


 そして、俺とプラエの乗るディルクラムは要塞の外、最前線で敵を迎え撃つ。

 その存在に与えられた役割を果たすために。


「短い期間で、素晴らしい仕事ですね」


 背後に見える迷いの森と巨大な要塞を見て、プラエが感嘆の言葉を口にした。


「俺も驚きだ。こんな大工事、普通は何年か何十年もかかるもんだと思ってた」


 魔法や魔法具、ありとあらゆる技術を使った突貫工事。要塞を建築した人々の仕事は見事なものだ。


「とはいえ、要塞は出来たて、準備期間は二日……」


 どうなるかな? とは言わなかった。俺はディルクラムの操縦席に座っている。そんな弱気な発言はしちゃいけない。


「大丈夫。勝てます。これだけの準備を整えたのですから」


 そう言って、画面上にこちらに迫る魔王軍の様子が映し出された。


「先ほどの軍議の内容を確認します。地上から攻め寄せるゴブリンを中心とした雑兵は無視し、空から来るドラゴンなどの大物を狙って戦います」

「問題は、どれだけ戦わなきゃいけないのかだな」

「現在の所、観測範囲内で魔王の反応は捉えていません。しかし、ゼファーラ神がそう伝えた以上、軍勢の中にいるのは間違いないでしょう」

「俺達の狙いは、魔王を倒すこと」

「はい。魔王は魔物達の王というだけでなく、全てを生み出し、統率する個体でもあります。魔王を倒した瞬間、魔物にも大きな影響があることは間違いありません」


 これは事実だ。過去にディルクラムが魔王を傷つけた時、魔物達が一斉に弱体化し、数を減らした。


「後ろに控えてる魔王を引っ張り出して、俺達で決着をつける……やるしかないか」

「はい。幸い、レイマの訓練はかなり進んでいます。上手く戦力を温存し、魔王に接近すればチャンスはあるでしょう」

「チャンスはある……か」


 正直、不安はある。ディルクラムは完璧じゃない。俺もまだ未熟だ。

 かつて、魔王と戦った時のディルクラムはもっと強かった。

 圧倒的だった魔王と互角以上に渡り合い、封印に等しいくらいの傷を負わせた。

 その上で、『神剣の大地』を造るという偉業まで達成した。

 今の俺たちには、そこまでの力はない。

 

 それでもやるしかない。負けるわけにはいかないんだ。


「……来ました」


 プラエの声に合わせて、画面上に無数の光点が現れた。背後の要塞を示す巨大な壁と、目の前の荒野を示す平らな地形。その遙か彼方から押し寄せる魔王の軍勢が目に見える形で表示されている。


「地上の大半はゴブリンです。速度が早く空中を行く個体が相当数。ドラゴンとワイバーンですね」

「先にそっちが到達するか。何も考えずに突っ込んできてると思うか?」

「こちらの要塞は陸上戦力に対して非常に強いですが、空中からの魔物を苦手としています。ドラゴンの息吹(ブレス)が脅威になります」

「つまり、それが狙いの可能性があるってことか。背後に魔王がいる影響か?」

「ええ、魔王に率いられた魔物は戦術的な行動をとることができます」


 多くの魔物の中で、魔王はだけは特別だ。知能が高いダークエルフでさえ、集団戦で指揮はとれない。ただ魔王だけが、軍勢を指揮することができるとされる。


「プラエはどう見る?」

「魔王は大軍を率いています。数にまかせてこちらの消耗を狙い、押しつぶす方針でしょう」

「堅実だな……」


 今はまだディルクラムでも捕捉できない魔王。それをどうにかして引きずり出さなきゃいけないか。


「とにかく、迎撃しないわけにもいかないか……」

「はい。先日と同じようにドラゴンを排除してから地上戦力を『裁きの刃』で一掃しましょう」

「予定通りだな。味方の援護が貰える範囲で前進だ」


 ディルクラムを前進させる。軍議の通り、防衛に徹する。

 画面上の光点に動きが出て来ている。大量の軍勢から、先んじてこちらに向かってくる魔物がいる。その数は数百以上だ。


「目標を確認。ワイバーンとドラゴン。……ドラゴンの中には大型のもの、上位種を確認」

「上位種。アークドラゴンってやつか……」


 俺達はドラゴンを大きさでいくつか分類している。二〇ミル(メートル)以上の大型のものをアーク、五〇ミル(メートル)以上の超大型をロード、という具合だ。

 ドラゴンなんて神剣の大地の外に出ない限り目撃できないし、調査のために遭遇してもアークですら遭遇することがまれ、ましてやロードなんて伝説上の存在でしかない。


「アークドラゴンの数は?」

「十八です。ワイバーン二四六、ドラゴンが五二」


 ワイバーンは問題ない。少し大型なのがいてもディルクラムの魔法で吹き飛ばせるのは実証済みだ。

 問題はドラゴン、なによりもアークだ。


「とにかく地上に打ち落とさなきゃ話にならない。ディルクラムはアークドラゴンを相手にする」

「了解。優先目標を設定。ワイバーンからこちらの射程内に入ります」

「さて、上手くいくかな……」


 予定では、最初に魔法使い達の儀式魔法が発動することになっている。

 魔法は風と雷。空中の魔物目掛けて、ディルクラムと同じくらい強力なのをお見舞いしてやると担当者が息巻いていたが……」


「要塞から魔法の発動を確認」

「来たか!」


 俺達の背後、要塞の各所から光の柱が立ち上った。

 魔法の光だ。

 光はそのまま空中で弾け、空に巨大な魔法陣を描く。

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