20.長老

 次の日の朝。それも早朝。ドワーフ戦士長の言った通り、本当にエルフの長老がやってきた。考えてみれば騎士団長も早朝に来てたな。偉い人は朝が早い……。

 金髪で華奢で耳が長い、20代くらいに見える絵に描いたような美しいエルフの女性が俺達の前に座っている。

 エルフは千年以上生きる長命な上に殆ど歳を取らない。長老である彼女もまた、見た目通りの年齢ではないんだろう。


「突然訪ねたにも関わらず、随分準備が整っているのですね……」


 出迎えた客室で淹れたての紅茶を飲みながら、長老は驚きながら言った。

 事前に話に聞いていたので家の者とソルヤとで準備していた甲斐があった。


「なんといいますか。戦士長から、エルフの長老が早朝に来るだろうと聞いていまして」

「あのドワーフ……。どうせ私が高齢だからとか、余計なことを言ったのでしょう?」

「いやあ、ははは」

「言ったのですね」

「はい……」


 なんか滅茶苦茶恐いぞ。


「……ふぅ。まあいいでしょう。エルフに年齢などそれほど意味はないのですが、他の種族は違いますから」


 種族を超えた上から目線で、なんだか凄いことを言い出した。

 それでも頭にきていたらしい長老は「あのドワーフ……」とか呟きながら、紅茶を何度か飲んでから、落ちついた様子になって口を開く。


「ともあれ、順番が後になってしまいましたが、今代の守護神騎の操縦者とお会いできて嬉しく思います。そして……」


 そう言って、長老はプラエを見た。そして、いきなり、じんわりと目に涙を浮かべ、震える声を絞り出した。


「久しぶりです。プラエ……。会いたかった」


 対するプラエは黙々と菓子を食うのをやめて返事をした。


「誰ですかあなたは」


 エルフの長老が頭から崩れ落ちた。というか、机に頭が激突した。


「長老! 大丈夫ですか!」


 俺は慌てて立ち上がり。近くによる。多分だが、この人は千年前のプラエを知る人だ。エルフならおかしい話じゃない。

 千年ぶり、待望の再会、そこから繰り出される「誰ですかあなたは」……、これは精神に深い傷を負いかねない一撃だ。


「長老! 長老!」

「へ、平気です……なんのこれしき……」


 年寄りくさい言葉と共に、長老は起き上がった。顔に涙の跡がついていて可哀想だ。


「忘れるなんて酷いじゃないですか! ずっと貴方の御世話をしていたのに!」


 先ほどまでの威厳が吹き飛んだ発言に、プラエが反応した。

 半精霊の表情が、驚きから、微笑へと変わる。


「……まさか、無事だったのですね。……本当に良かった」


 どうやら思い出したらしい。なるほど、世話係だったのか。それを忘れていたとは、酷い話だ。


「申し訳ありません。わたしが会ったときと、印象が違いすぎたので同一人物だと判断できませんでした。立派になりましたね」


 流石にプラエも悪いと思ったのか、頭を下げてから謝罪の言葉を口にした。


「ありがとうございます。確かに、若木だったあの頃と比べれば、すっかり老木ですものね」


 森と親しいエルフは自分達を木に例えて語ることが多い。外見的には老木に見えなくとも、精神的にはそうではないということか。実際、ただ者じゃない雰囲気は感じる。


 もう大丈夫だと判断した俺は自分の席に戻り、ようやく話が進む。


「まったく、千年たっても貴方は変わりませんね。真面目なのに、変にとぼけた所があって……」

「プラエは昔からそんな感じだったんですか?」


 同席していたヘルミナの言葉に、長老は頷く。


「ええ、生真面目で意外と好奇心が旺盛で、苦労しました。書庫に案内してひたすら恋物語を運んだ日もあったり……」

「その話はやめてもらえますか」


 プラエが思い出話に割って入った。まさか、恥ずかしいのか。


「じゃあ、別の話を。街に並ぶ服の数々に目を奪われ……」

「それも後で……。いえ、当時はこの世界に現れたばかりで情報が不足していたのです。だから、なんでも知りたかったのですよ」

「ええ、覚えていますよ。私の問いかけに『自分の守る世界のことを、少しでも知っておきたいのです』と答えたことを。そして、貴方は言葉通りに私達を守ってくれた」

「守れたわけではありません……」


 視線を落とし、沈んだ声になるプラエ。彼女にとっては魔王を倒せず人類を『神剣の大地』に導いたことは勝利とは程遠いのだろう。

 だが、生き残った者にとってはそれは違う。


「前は貴方に頼りすぎだったの。だから、今度は私が貴方を助けるのよ。そのために、強くなった。この世界全部で」


 千年来の友人を励ますように、エルフの長老は静かに、だが強い意志の籠もった声で言う。


「安心してね。プラエ。今度は私も一緒だから」


 その言葉に、プラエは照れ笑いで答えた。


「ええ、頼りにしています」


○○○


 その後、なぜか今日一日はエルフの長老が一緒に行動することになった。

 横で見ていたソルヤが「プラエちゃん、せっかくだから少しお話でもしたら?」と言ったのが原因だ。

 日課のディルクラムと剣の訓練を外すわけにはいかないので、俺達の行動に長老が合わせることになったのだ。

 思わず「予定とか大丈夫なんですか?」と聞いたんだが、「私が一日いないくらいでどうにかなるようにはしていません」と断言されてしまったから仕方ない。


 そんなわけで、ディルクラムの操縦訓練と剣の訓練を終えた午後、俺とプラエ、ヘルミナとエルフの長老という四人で城にある書庫を訪れていた。


 こうして数日に一度、俺は書庫に足を運ぶ。目的は魔物に対する戦闘の研究だ。厳密には、ここで調べ物をしてくれているドワーフ三人組からの報告を聞く形になっているんだが。


「この前のワイバーン戦は助かりました。でも、ドラゴン相手だといまいちでしたね」

「そうじゃのう。とはいえ、ディルクラムの大きさだと人間の戦法が通用せんでな」

「こっちも空を飛ぶしかないんじゃないかの」

「いっそ岩でもなげたらどうじゃろうか」


 こんな和やかなやり取りが今の俺にとってはとても嬉しい。まるで発掘現場にいたころみたいな感覚になる。

 一通り報告を聞き、議論を終えると、俺も含めてそれぞれ資料を探しに行く。

 こういうのは自分の職業を思い出せるし、嫌いじゃない。


 さて、俺と一緒に来た残り三人はというと、少し離れた場所で本を積み上げて何やら話していた。

 なにやらヘルミナ中心に、静かに盛り上がっている様子だ。

 俺は何となく気になって近くに腰掛ける。


「あ、レイマ義兄さん、終わったの?」

「一応な。三人で何してるんだ?」

「ヘルミナさんの仕事の手伝いで、昔語りを少々しております」

「仕事?」


 長老の言葉の意味が今ひとつわからない。ヘルミナはここに来て色々と資料を探してくれたりしているけど、それ以外に仕事なんてあったか?


「ヘルミナは今回の出来事をできるだけ詳細に書き留めているのですよ。将来のために」

「おお、それは大切な仕事だな」


 流石は先生の娘にして、歴史学者の卵だ。やるべきことがわかってる。そういうのは出来れば俺がしたいんだけど、余裕がなくて出来てない。身内がやってくれるなら、かなり正確な記録が期待できる。


「アタシ、戦いが終わったら、これを出版して稼いで、レイマ義兄さんにお金返すから」


 いきなり、義理の妹がよくわからないことを言い出した。


「俺は別にお前に金なんて貸してないぞ?」

「借りてるよ。わざわざ王様にあたしの学費のことをお願いしたでしょ」


 なるほど。そのことか。


「そりゃまあ、確かにそうだが。別に返さなくてもいいんだぞ」


 あの時はそのくらいしか思いつかなかったんだ。色々あって。


「いいの。あとでちゃんと返したって言いたいだけなんだから。それに、返したお金で姉さんとの結婚式でもやってもらうんだから」


 なんでそうなる?


「なんでそうなる……」


 思ったことがそのまま口に出てしまった。なんか、ヘルミナが怒って、プラエと長老が呆れ顔になっている。


「ここまではっきり言って何でわからないの、レイマ義兄……」


 いや、何を言いたいかは流石に俺もわかっている。

 しかしなんだまあ、そういうのは本人に任せて欲しいと思うのだ、俺は。


「いや、まあ、なんだ……」


 俺が歯切れ悪く答えると、プラエと長老が凄い目で睨んできた。「ここではっきりしろ」という圧力が凄い。仲良しだなこいつら。


「……わかった。ちゃんとはっきりさせるから。時期は俺に任せてくれ」


 俺だって、義母さんやヘルミナが何を言いたいかわからないわけじゃない。ソルヤのことも好きだ。ただ、機会を計るのが難しいだけだ。

 本当は、学者として生活できそうな目処がついたらと思ってたんだけどな……。


「ほんと? レイマ義兄さん、嘘ついたら凄いことするからね」

「そうですよレイマ。ひどいことになりますよ。神罰です」

「ええ、私も期待しています。期待通りでなかったらエルフの呪いが……」


 ヘルミナの発言に何故かプラエと長老ものってきた。まったく、なんなんだ。


「というか、話題が逸れた。ヘルミナの記録のことでしょう。長老の話も書き加えてるんですか?」

「ええ、書いたものを見せて頂きながら少々。時間があれば、一緒に作業したいですね」


 そいつはいい。きっと、後世のために良い資料になる。

 まあ、後の世なんてものがあればだけど。


「レイマ、どうかしましたか?」


 俺の様子に目敏く気づいたらしいプラエが聞いてきた。


「いや、魔王は本当に来るんだなってな」


 プラエが最初から予言している『魔王襲来』、時期はいつかわからないが、確実に来る決戦い。果たして、俺達はそれを乗り越えられるのだろうか。


「魔王は必ず来ます。それも、そう遠くない未来に。激しい戦いになるでしょう……」


 俺の目を見てはっきりというプラエ。

 その言葉に義理の妹が付け加えた。


「でも、あたしはこの記録の最後をこう決めてるんだからね。『こうして魔王軍は撃退され。世界は平和になったのである』ってね」


 良い言葉だ。俺は心からそう思った。



 それから二週間後。要塞も完成が見え始め、俺とプラエの訓練も大分落ちついた頃。

 

 魔王軍の襲撃があった。

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