19.過去
翌日、俺は練習用の長剣を騎士団長相手に打ち込んでいた。
「よし。いいぞ! はい、そこで切り返し!」
「だあっ!」
「よし、一時休憩!」
剣を何度か打ち合わせた後、元気いっぱいの騎士団長の声に俺の動きが止まる。
「ふぅ……」
全身に吹き出る汗と疲労感。だが、辛さは無く、良い運動をした心地よさがあった。
「うむ。基本的なことは納めているな。流石は実戦もこなす歴史学者。良い動きだ」
「ありがとうございます。てか、ここで良かったんですか?」
「ここが良いんだ。あれを見たまえ」
騎士団長が指さした先、そこには沢山の騎士達とその視線を一身に受けるディルクラムがあった。
ディルクラムに乗る訓練中、騎士達が集まってきて、何となく流れで訓練が始まった、今はそんな状況だ。
ちなみにプラエは端の方で眺めていたんだが、いつの間にか年取った騎士達に囲まれて質問責めにあっている。伝説の半精霊だし、真面目なのが災いして、抜け出せそうにない。
「あー……人気者ですね」
「その通り。守護神騎を間近で見たくないものなど、騎士団にはいないということだ。体の方はどうだね?」
「大丈夫ですよ。もっと厳しいと思ってたんですけど」
「はっはっは。騎士団の新人なら厳しくもするだろうが、レイマ殿は事情が違う。そも剣を振るのは君ではなく守護神騎だ。それに戦う相手もドラゴンやゴーレムなどの巨大な魔物が中心になるだろう。尋常な剣の技が通用するとは思えん」
「なるほど。確かにそうですね」
「それに、魔王軍が攻めてくるまで何年も時間があるとも思えん。余裕があれば対魔物用の剣術をみっちり仕込むところだが、丁寧に基本の技術を教えるのが限度だと考えている」
流石は騎士団長だ。先のことも見据えて行動しているし、方針もしっかり考えている。まだ若いのに偉くなるっていうのは理由があるんだな。
「時間も短めにしよう。いざというとき、レイマ殿の体力が尽きていては困るからな」
「ああ、それは助かりますね。色々と気をつかって貰ってすいません」
「なに、気にしないでいい。いや、どうしてもというなら、守護神騎の操縦席に座らせて貰えると嬉しいのだが……その、自分だけでいいので……」
いきなり騎士団長の本音が出た。
それを聞いていた騎士団の面々から猛烈な抗議の声が上がる。
「団長! ずるいですよ! そもそも偉いからって色々独り占めしすぎです!」
「操縦者殿と会うのは譲りましたが、操縦席は譲れませぬぞ! 絶対に!」
「横暴です! 抗議しますよ!」
物凄い剣幕だった。確かに、俺と話すより操縦席は魅力的だろう……。
「操縦席に関してはプラエに相談してみます。多分、少しなら平気なんじゃないかと。流石に騎士団全員は多すぎますけれど……」
「ほう! 言ってみるものだ! では、騎士団で剣の技術で秀でたものから優先的に座れるようにしようか!」
あんたが一番強いだろそれ。
俺はその言葉を飲み込んだが、周囲の騎士団からまた猛烈な抗議の声が上がった。
話に聞く王立騎士団は魔物も裸足で逃げ出すような恐ろしい団体だったんだが、なんだか普通の人達みたいに見える。
「騎士団の人も、普通なんですね」
「当然だとも。我ら全員、有事には命を賭けて戦う騎士。だが、平時の安らぎをおろそかにすることはないよう戒めている。つまり、命は大事にということだ」
「ええ、俺もそう思います」
言いながら、俺は長剣を構える。騎士団長も同様だ。
「では、もう少し運動するとしよう」
「宜しくお願いします」
それからもう少しだけ、剣の訓練を続けた。
○○○
騎士団での訓練を終え、ディルクラムの操縦訓練もこなした夕暮れ時。
ディルクラムを降りた俺達の前に、来客があった。
「悪いな。ちょっと話をさせてくれ」
いきなり目の前に現れたのは、長くて立派な白髭を蓄えたドワーフだ。
一目でドワーフ鍛冶の賜物とわかる鎧と戦斧を担ぎ、被った兜からはみ出る癖毛もまた白い。その目つきは油断のない鋭さと同時に、不思議な穏やかさを湛えている。
歴戦の老ドワーフという言葉が形を為したような人物がそこにいた。
「あんた、守護神騎の操縦者とプラエであってるな? 降りるのをみたから間違ってないはずだ」
「そうですけど」
騎士団を含む、周囲で見守る人々も彼を止めなかった。
なぜなら、彼はこの世界でとても有名な人だから。
「間違いなくて良かったわい。はじめまして、ワシはドワーフ戦士長の……」
「存じています。『海を見た者』の一人ですね……」
そう言って、俺は丁寧に頭を下げた。
この老ドワーフこそ今も愛される書籍『海を見た者』の当事者。
伝説の人物だ。
「そう呼ばれるのは恥ずかしいんじゃが。まあ、通りが良いからよかろう。でだ、お主達と話したいことがあるんじゃが。ああ、今じゃなくていい」
「え、いいんですか?」
ドワーフ戦士長で伝説の人物だ。こちらに遠慮無く接してきてもいいくらいなのに、なんだか不思議だ。
「疲れとるようじゃしの。帰って風呂でも入った後にドワーフ戦士団の駐屯地に来てくれんか。話は通してある。これを渡せば平気じゃ」
そう言って、戦士長は俺にドワーフ細工の腕輪を手渡した。
「この世界のために戦う勇者にワシからのささやかな贈り物じゃ。とっといてくれ。それじゃな!」
「え、ちょっと……ちょっと!」
俺が何か言うより早く、ドワーフ戦士長はその場から駆けだしていなくなってしまった。
「ドワーフとは思えない足の速さですね」
「……そういえば、『海を見た者』の中には逃げる描写も結構あったな」
なんだか不思議な約束ができてしまった。
○○○
ドワーフ戦士団の駐屯地は街外れの山の方。この街が出来たときにドワーフ達が居住していた地域の側に作られていた。
既に建物の建設が始まっている場所で、天幕の間を縫って俺とプラエは教わった場所に向かった。
ちなみに最初がちょっとだけ大変だった。
駐屯地の戦士っぽい人に貰った腕輪を見せたら、大層驚かれた上に「守護神騎の素材はなにか知らんかの?」と聞かれたりした。プラエも詳しくは知らないそうだが「神に生み出された金属で、自動で修復するし、必要なら形も変わります」と言うと、目を爛々と輝かせていた。実にドワーフらしい話だ。
駐屯地の各所ではドワーフの戦士達が賑やかに働いている。鍛錬する者、建物を建築を手伝う者、日用品を作る者。そして、宴会する者。
誰もが何かしらの職人であり、宴会好きで知られるドワーフ像がそのまま現れたかのような場所だ。
「なんだか、人気の少ない方に向かっていますね」
「ああ……偉い人だから、屋敷に案内されるかと思ったんだけどな」
訝しみながら辿り着いたのは、殆ど山の中といってもいい町外れだった。
周りは補給用品でも入っているらしい簡素な大型天幕で、その一画に戦士長は丸太を椅子代わりに焚き火をしていた。近くには個人用の小さな天幕もある。
時刻は夕刻を過ぎて夜にさしかかる頃だ。焚き火の明かりに不思議な安心感があった。
「おう。来たようだのう。すまんな、歩かせて」
「いえ、大したことでは」
「まあなんじゃ、とりあえず座ってくれ。いい案配に肉も焼けとる」
促されるまま向かいの丸太に俺とプラエは座る。
焚き火の周りには言葉通り、肉の串焼きが良い焼け具合になっていた。美味そうだ。
「まずは、先ほどの非礼を詫びよう。実はワシ、目立つのが苦手でな。恥ずかしくなって退散してしまった……」
「ええっ。でも、戦士長……」
多分、ドワーフ王の次くらいに目立つ職業のはずだぞこの人。
「うむ。今のドワーフ王は幼なじみでな。たまたま大昔に旅に出て有名になっちまった後に、頼まれて、断れんかったんじゃ……。ワシより強いのいないし。実は騒がしいのも苦手でのう。ドワーフの生活が嫌で逃げ出したのに、こんなとこに収まってしまったのは本当に不思議じゃあ」
感慨深げな様子で語りながら、串焼きの具合を確かめ、俺とプラエに手渡された。
「あ、ありがとうございます」
「良い肉を使っとるから美味いぞ。偉い人の特権じゃ」
「いただきます」
俺は軽く頭を下げてから肉に食らいついた。口の中に熱い肉汁が溢れ、満足感十分な味わいが広がっていく。
「おいしい……」
横でプラエが無表情のまま呟いた。
「そうじゃろうそうじゃろう。どんどん食べてくれ。飲み物もあるぞ」
足下から酒や果実の絞り汁など様々な飲み物の瓶が出てくる。
なるほど。騒がしいのは苦手だけど、もてなしは嫌いじゃないんだな、この人は。立派なドワーフだ。
少し食べて落ちつくと、戦士長は俺達を呼んだ理由を話してくれた。
「まあ、騎士団長と同じじゃな。お主らと話してみたかった。好奇心といってもいい」
「話すと言っても、俺達はそんなに変わったところはないと思いますけど」
「守護神騎の操縦者と半精霊の時点で既に十分じゃい。それと、歴史学者は基本的に変わりものじゃぞ。勿論、お前さんもじゃ」
「いや、俺は例外ですよ……」
「みんなそう言うんじゃよ」
楽しそうにそう言うと、戦士長は手に持った酒瓶を直接口にやった。
「まあなんじゃ。これから共に命をかけて戦う仲間のことを知りたいと思うのはおかしなことじゃなかろう?」
それもそうだ。ディルクラムと共にこの人達は戦ってくれるんだ。むしろ、呼び出される前に俺から会いに行くべきだったんじゃないだろうか。
「そうですね。わたしもその点は重要だと判断します。そして、今の時代の人々と共に戦えることを嬉しく思います」
「守護神騎の半精霊から見て、ワシらは足手まといではないかのう?」
「わたしがこの世界に遣わされて以来、この世界の人々の実力が不足だったことなどありません」
戦士長の問いかけに、プラエが強く応えた。
「そうか。それは嬉しい言葉じゃ。うん……」
しみじみとした様子で頷きながら、戦士長が焚き火に薪をくべると、火がはぜた。
「さて、レイマ君。実はワシはお主に個人的な話があってのう。……お主の父、義理の父親の方は、どんな最後だった?」
「……先生。義父さんのお知り合いなのですか?」
「少し昔の話じゃ。ワシから外の世界のことを聞くために、半年ほど一緒におったことがある」
「そんなことが……。義父は、昔から色んなところに行ってたので、初めて知りました」
「歴史学者はそんなもんじゃな。帰り際、『娘と新しく出来た息子に早く会いたい』といいながら帰っていったよ。真面目で気配りもできるから、将来偉くなると思ったもんじゃ」
「ええ、とても尊敬しています……」
「最後は発掘現場だったそうじゃの」
「はい。俺は見ていないんですが、皆を避難させるために先頭にたって、オーガにやられたと聞いています」
「奥方も同じような亡くなり方だったと聞いておる。残念なことじゃ……」
そう言って、戦士長は酒瓶の中身を一気に煽った。
「あいつは言っておったよ。『自分の研究が、将来家族を守ることになればと思うことがある』と。そこは、ちゃんと叶ったようじゃな」
ディルクラムを発見し、いつの日か来る戦いに備える。それが先生の研究だった。
瀬戸際のところで、それは間に合ったといえる。
「半精霊プラエよ。この若者を死なせんでくれよ」
「もちろんです。一人でも多くの命を救うのが、わたしの役目です」
戦士長の願いに、プラエが首肯して答えるのを。俺は黙って見ていた。
「すまんのう。しんみりした話をしてしもうた。どうしてもこれは伝えたかったんじゃ。あ、そうじゃ。多分、明日くらいにエルフの長老がお前さん達のところに行くぞ」
「はい? エルフの長老?」
俺の脳裏にこの前助けてくれたエルフの姿が思い浮かぶ。金髪の美しい女性エルフだ。魔法を使っていた。
「あの、なんでそんなはっきりわかるんです?」
「うむ。実はな、先日の戦いの後、ワシと騎士団長と長老で、誰が最初にお主に会いにいくかで揉めてな。結果、くじ引きでこの順番で挨拶に行くことになった」
「く、くじ引き、ですか」
「公平じゃろう?」
「公平ですね」
生真面目なプラエが首を縦に振った。
「いやまあ、同時に来られても困りますから。助かります」
「うむ。そういうことじゃ。エルフの奴は高齢じゃからな。早朝に来るかもしれん。気を付けろ」
「はあ、ありがとうございます」
何をどう気を付けろっていうんだ……。
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