18.訪問

 ドラゴンを含む魔物の群れを撃退した翌朝。

 我が家は朝から変なことになっていた。


「何やら朝食をご馳走して頂く流れになってしまい申し訳ない。はっはっは!」


 テーブルを挟んで俺の向かいに座るのは王国騎士団の団長その人だ。

 ドラゴン撃退直後、ディルクラムを降りた俺に話しかけてきたのだが、戦闘の消耗が激しく立っているのがやっとだった俺を見て「出直す」と言われたのが昨日の話。


 そして今朝、朝食の時間に狙ったかのようにやってきたのがついさっきの話だ。

 応対したのはソルヤで、相手が自ら騎士団長だと名乗ってきたのに焦りまくって「と、とりあえず一緒に朝ご飯どうですか?」と聞いてみたら快諾。

 そして、食後、こんな状況である。


「ええっ。じゃあ、陛下はここに来る前から騎士団とドワーフとエルフに号令していたんですか?」

「その通り。流石は陛下だ。これからも続々と戦士や職人がこの街に集まってくる手はずになっている」

「アタシは見れなかったんですけど、騎馬でドラゴンに挑むのって凄いですね。いくら魔法の武具で固めてるからって、恐くないんですか?」

「恐怖はある。しかし、日頃から鍛錬を欠かしていなければ、自然と体が動くものだ。まあ、それでもいきなりドラゴンは恐かったけどね。はっはっは!」


 食卓では主にヘルミナが騎士団長との会話を盛り上げてくれていた。

 騎士団長という肩書きの割に気さくな人で、ヘルミナと楽しそうに世間話をしている。

 ちなみにこの騎士団長は昨日の戦闘でドラゴンを三匹倒していた。強いなんてもんじゃない。


 しかし、何しにきたんだろうな、この人。

 お茶を飲みながらじっと観察するが、想像もつかない。


「む、レイマ殿。なんだね、こちらを見つめて。君との会話なら喜んでするが」


 流石に気づかれた。

 まあ、類推しても無駄だ。他人の思考なんて歴史よりもはっきりしない。ちゃんと聞こう。

 

「まさか王国の騎士団長が朝食に同席するとは思わなかったので。あと、わざわざ訪ねてきたことについても驚いています」

「なるほど。当然の疑問だ。そして、自分としては実に簡単に回答できる。伝説の守護神騎の操縦者に興味があった。それだけだ」


 ああ、うん。それもそうか。俺が操縦者じゃなくて、守護神騎の乗り手が近くに居れば、どうにかして話をしたいと思うだろうな


「凄く納得しました」

「そうだろう。ちなみに騎士団内で誰が行くか問題になってね。全員を黙らせるため、一番偉い自分が行くことにした。肩書きとはこういう時に使うものだ」

「それを騎士団長が言うのはいいんでしょうか……」


 職権乱用じゃないか?

 俺の横でソルヤが引いてる。まあなんだ、悪意があるわけでもないならいいか。

 

「守護神騎や操縦者に興味があるのは勿論だが、騎士団として一つ提案があるのも事実でね」

「ちゃんと仕事で来たんじゃないですか……」


 仕事なら先に言ってくれてもいいのに。

 騎士団からのお願いという言葉にソルヤの顔が少し緊張した。彼女は俺のことを何かと心配している。


「いや、朝食が美味しくてね。ここまで強行軍であまり良いものを食べていなかったので。家庭の味に仕事を忘れてしまった。お嬢さん、これはお世辞ではないので素直に受け取って欲しい」

「あ、ありがとうございます」


 そういえば、食事中、今日の料理はソルヤが作ったことを話したら、その場でかなり褒めていた。食事が貧しかったのは本当なのだろう。


「さて、本題だ。レイマ殿、騎士団で剣の鍛錬を受ける気はないか? 長いものでない、守護神騎に乗る訓練の合間の時間に軽くだ」

「剣の訓練ですか?」


 訝しむ俺に対して、予想外の反応を返す者がいた。


「それは良い考えですね」


 一人黙々と食後のお茶とクッキーを食べていたプラエだ。

 彼女は持っていたカップを置くと、淡々と語り始める。


「ディルクラムは神剣リ・ヴェルタスを抜いて戦わねばなりません。そのために、操縦者が剣の扱いに習熟しているのは望ましいことです」


 神剣リ・ヴェルタスは今でも『始まりの街』の入り口に刺さっている。もはや見慣れた風景というか建築物の一種のような感覚になってしまっているが、あれはディルクラム最強の武器だ。

 間違いなく、使う場面は来る。


「確かに、俺は剣の扱いはろくに知らないし、いいかもな」

「それはよかった! 白状すると、この交渉をまとめられないと騎士団の者に恨まれるんだ。皆、守護神騎と操縦者を近くで見たがってね」

「ディルクラムはともかく、俺は普通の学者なんですが……」

「それがいいのだ。皆に良い知らせを持って行けそうで一安心だな。さて、鍛錬はいつからする? 午後か?」


 途端に楽しそうに言う騎士団長。

 どうしたものかと思ったが、そこにプラエが口を挟んだ。


「レイマには今日は一日休んで貰おうと思います。ディルクラムの操縦に慣れて来たとはいえ、昨日実戦を終えたばかりですから。元気そうに見えても消耗していますから、休養が必要です」


 プラエの言葉に騎士団長は「ふむ」と納得の頷きを返した。


「それもその通りだ。考えてみれば、騎士団の者も今日から順番に休養させていた。申し訳ない。つい舞い上がってしまった」


 素直に頭を下げる騎士団長。

 偉い人に頭を下げられて、俺達の方が慌ててしまう。


「いえ、むしろわざわざ足を運ばせてしまって、申し訳ないです」

「君は良い若者だな。レイマ殿のような者が守護神騎に選ばれて良かったのかもしれない」

「そ、そうですか?」

「ああ、そうだとも。……では、仕事もしたことだし、これでお暇するとしよう」


 そう言うと、騎士団長は礼儀正しい作法で挨拶して見せた後、屋敷を去って行った。

 歩いて去る後ろ姿を見ながら、ヘルミナが言った。


「多分さ。レイマ義兄さんが羨ましいのもあると思うよ。だって、騎士だもん」

「そうだな……」


 王国騎士団はいざというとき、魔物から人々を守るための存在で、戦士の中の戦士だ。

 そんな人がディルクラムに憧れないはずがない。

 むしろ、戦う職業についている人の方がディルクラムを乗りこなせる可能性だってある。


「ディルクラムは操縦者を変えることはありません。レイマは選ばれたのです」

「わかってるよ。ちゃんと覚悟は決めてる」


 あの発掘現場の地下で乗ることを決めた時から、俺はディルクラムで戦い抜く覚悟を決めている。

 もう誰も失わないために。


○○○


「なぜレイマ達を追い出したのですか。ヘルミナ」


 書庫の中で、プラエは本の山を積み上げているヘルミナに問いかけた。


 その日が休日と決まるなり。ヘルミナはレイマとソルヤを屋敷から追い出した。

 せっかくなんだから二人で気晴らしでもしなさい、という感じだ。

 レイマ達は不服そうにしつつも、なんだかんだで二人で出かけていった。


 屋敷に残ったヘルミナとプラエは『始まりの街』の城内にある書庫で調べ物をすることにした。


 今、この書庫には王国中の魔物や魔法に関する書物が集められている。

 全ては魔王軍との戦いのためだ。専門家も各地から集められ、王城のみならず、街の各所で戦いに関する研究が行われていた。

 ちなみに、発掘現場でレイマと一緒に働いていたというドワーフ三人組もここにいる。主に魔物の退治の仕方を様々な文献から様々な角度で検証し、レイマに情報として与える役割だ。


「なぜレイマ達を追い出したのですか。ヘルミナ?」


 同じ問いを同じ顔で繰り出してくるプラエに観念して、ヘルミナは本から顔をあげた。放っておくといつまでも同じ事を言い続けるに違いないからだ。


「姉さんと義兄さんに仲良くなって欲しいからよ」

「? 二人は十分に仲が良いと思いますが?」

「そうじゃなくてもっと親密な。男女の関係の話よ」

「男女の? ……ああ、なるほど。二人は恋人同士ではないのでしたね」

「そうよ。そうなのよ。それが厄介なところなのよ」


 とん、と握り拳を机に軽く叩き付けて、ヘルミナが静かに、しかし強く言う。


「昔から一緒に住んでるから、なかなかそういう感じにならなかったんだけどね。義兄さんが学院に進んで離ればなれになって、たまに会う関係になってから、なんというか、こう……良い感じになってたのよ」

「良い感じ、とは?」


 ずい、と無表情ながらプラエが寄ってきた。表情はともかく、完全に感情を持つ者の行動だった。

 ヘルミナは会って数日で、この半精霊の感情についてはあるものとして対応していた。ただ鉄面皮なだけに見えるのだ。


「二人っきりで家の外で星を眺めたり、ちょっとした小物を交換しあったり、こう、そういう感じよ」

「なるほど。過去にいくらかその手の話を聞いたことがあるのでわかります」


 何故か早口で答えるプラエ。どうやらこちらの言いたいことを完全に把握してくれているようだ。

 

 あれは四年くらい前のことだったろうか。学院で勉学に励むレイマと家の手伝いをするソルヤ。二人は会うたびに少しずつ距離が縮まっていた、それも確実に。

 子供ながらヘルミナもそのことを察していたものだ。


「でも、駄目だったのよね。うちの母さんが余計なことをしでかして」

「余計なこととは?」

「姉さんの食事に媚薬を混ぜたの」

「…………それは、普通に駄目なことですね」

「そう。駄目なの」


 あの日の夜、媚薬を盛られた姉ソルヤはレイマの寝室を急襲。

 半裸でにじり寄ってくるソルヤに違和感を感じたレイマは、彼女の体臭に媚薬特有の匂いが混ざっていることを察知。すぐに状況を把握して、ソルヤを両親に引き渡し、その場で自らの推理を開陳した。

 幼少時から本の虫として生きてきたレイマの知識は正確で、母の陰謀は即座に明るみになり、家庭が崩壊しかけたのだった。


「そのことが原因で、二人の関係が微妙に気まずくなってね。姉さんは変にその手のことに慎重になっちゃって、踏み込めなくなってるの。レイマ義兄さんもはっきりしないし」

「双方が恋愛に臆病になったというわけですか」

「意外な言葉を知ってるわね。プラエ」

「色々と経験がありますから」


 なんの経験だよ、という言葉をヘルミナは何とか押しとどめた。千年前の生まれとはいえ、プラエの稼働時間は十年ないはずなのだが……。


「とはいえ、よ。こうして色々と状況が変わった今、二人は新たな関係に踏み出してもいいと思うの」

「プラエはあの二人を応援しているのですね」

「当然よ。子供の頃から見てるんだから」


 ソルヤとレイマが互いに好意を抱いているのは、誰が見てもわかることだ。

 あとはきっかけさえあれば変わる、今はそんな感じだ。

 二人には幸せになって欲しい。それが家族としてヘルミナの願いだった。


「とにかく、今日は勝負の日よ。二人が夕飯をどこかで食べて明日の朝にでも帰ってくれば勝ち。夕方に焼き菓子を買って家に帰ってきたら負けよ」

「なるほど。勝負の時ですね」


 生真面目な顔で、プラエが頷いた。



 それから数時間後。

 夕方になる少し前、レイマとソルヤは帰宅した。

 焼き菓子どころか、夕飯用の材料まで携えての帰宅だった。


 その様子を見て、プラエは言った。


「やはり媚薬が必要なのでは?」

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