16.飛竜

 光と共に、俺達は建設中の要塞の向こう側に転移した。

 ゆっくりと、労るようにディルクラムは大地に着地する。

 全長一八ミルの鋼の巨人がいきなり現れて、建設現場は大騒ぎだ。操縦席が「なんだ、守護神騎か!」「どういうことだ!」という叫び声が聞こえてくる。


「プラエ、音声を外に」

「了解。どうぞ」


 俺は要塞で作業している人々に向かって言う。


「魔物の群れが近づいてきています。急いで避難してください」


 その言葉に作業していた人々はすぐに行動として反応した。かねてから定められていた決まり通り、それぞれの場所へと避難していく。逆に、戦うために配置されている者達は武器の用意を始めるだろう。

 俺はディルクラムを要塞から神剣の大地の外へと向けた。


「見た感じ、ワイバーンなんて見えないけどな」

「距離がありますから。……拡大します」


 そう言うと、画面の一部が少しずつ拡大されていく。かなり遠くから、黒い影が空から迫って来ているのがわかったと思うと、すぐにその正体が鮮明に映し出された。


 細い外観のトカゲに翼を生やしたような、獰猛な目つきをした魔物。


「確かにワイバーンだな」


 ワイバーンはドラゴンの下位種される魔物だ。全長は五ミルほど。大きくても十ミルには届かない。人間からすればその大きさも、爪も牙も、空を飛ぶことも、全てが大変な脅威だ。炎は吐かないが、群れを襲いかかってくるのが厄介だし、皮膚も硬い。

 ディルクラムから見ても5ミルというのは小さい相手では無い。自分の体の四分の一くらいの大きさの鳥が襲いかかってくるのは結構恐い。


「他に魔物の姿がないなら、打って出るべきだと思うんだが」

「賛成です。この現場の人々を巻き込むわけにはいきません」


 ワイバーンはかなりの速度が出ているらしい、どんどんこちらに近づいてくる。

 俺はディルクラムを前に進めた。転移は使わず、単純に走る。こちらの姿を奴らに見せつけるのが目的だ。


「レイマ。『裁きの刃』は消耗が大きいです。なるべく温存を」

「わかってる。まずは、風の魔法で叩き落とす」

「了解。グラン・マグス接続。いつでもいけます」


 ディルクラムが走る震動の中、プラエが操作した水晶球が輝く。

 それに答えるように、ディルクラムの両手にある籠手状の部分が開き、中の水晶が現れ、魔法の輝きを発する。

 ディルクラムは飛べないが、飛び道具はある。操縦者として完全でない俺でも扱える魔法も多い。


 しばらく走り、ワイバーンの姿が拡大無しで確認できるようになったところで、プラエが鋭い声音で言った。


「射程に入りました。今です」

「よし、いけぇっ!」


 俺の意志に答え、ディルクラムが両腕を空行くワイバーンの腕に向ける。水晶球が激しく輝き、そこから風の渦が生まれた。

 勿論、ただの風じゃない。白く光り輝く竜巻は、触れるだけで大抵のものを引き裂く強力な刃の嵐だ。


 ディルクラムの生み出した光の竜巻を見て、数十匹のワイバーンが慌てて旋回を始める。


「遅い!」


 ワイバーンよりも風の魔法の方が早い。次々と竜巻に飲み込まれ、地面に落下していく。


「こちらに向かって来ていた目標を全て捉えました」

「落ちた奴は?」

「まだ息がある個体がいます」


 画面上、まだ動けるワイバーンが赤い枠で囲まれていく。

 狙い通りだ。この風の魔法はあくまでもあいつらの翼をズタズタにして、地面にたたき落とすためのもの。威力が高いとはいえ、相手はドラゴンの下等種。倒しきれないのはわかっていた。

 ちなみに、この戦い方は、『始まりの街』の城の書庫にあった過去の記録を参考にした。大きさは違うとは言え、魔物との戦闘記録は思った通り参考になる。


「トドメを刺すぞ。空を飛んでなきゃ、こっちの勝ちだ」

「了解。籠手から光の刃を形成します」


 ディルクラムの籠手から光の刃が形成される。

 地面に落ちたワイバーンの中でも息のあるものはこちらを睨み付け、襲いかかるべく両足で向かってくる。


 だが、遅い。空の魔物であるワイバーンの足は、地面を走るようにはできていない。


「残存ワイバーン、十三匹です」

「すぐに終わらせる」


 ディルクラムの巨体が大地を踏みしめ、駆ける。

 一匹目が長い首でこちらに牙を突き立てようと襲いかかってくる。


「まず一匹!」


 ディルクラムは正面からその攻撃に向かって、右手を振り、光の刃で頭を斬り飛ばした。

 一撃だ。そもそも、空にいなければワイバーンは脅威じゃ無い。


「こちらで動きの補助をします。一気に決めましょう」

「わかった。頼む!」


 俺の意志に答え、ディルクラムは両手から伸びた刃を手に、地に落ちたワイバーンの群れの中を舞う。

 時に攻撃を躱しながら、時にその攻撃を正面から叩き潰しながら。

 光の刃が振るわれるたびに、ワイバーンは確実に仕留められていく。


「次、最後です」

「よし、終わりだ!」


 最後のワイバーンの首を飛ばすまで、対して時間はかからなかった。

 光の刃が消え、籠手が元の形へ変形する。


「よし、終わったな。建設現場の方はどうだ?」

「全員無事です。こちらを見ている人々が歓声をあげていますね」

「そうか。良かった」


 どうやら、俺はディルクラムをその役目通り動かせたらしい。初めて乗った時に比べればかなりの進歩だ。


「感知範囲に反応。敵の第二波が来ます。ワイバーンから離れていたようです」


 一仕事した気分だった俺に冷水を浴びせるような一言が、プラエから発せられた。


「追加が来たのか。数は?」

「数は三。少ないです。しかし……これは……」


 プラエが水晶球を操作し、画面の一部が拡大されていく。

 その外見を見て、俺はプラエが教えてくれるより先に、その魔物の名前を言った。


「……ドラゴンか」

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