15.日常
陛下との謁見の翌日、義父さんと義母さんの葬儀が行われた。
二人はこの『始まりの街』の墓地に眠ることになる。
ヘルミナが葬儀の場にいることができたのは幸いだった。本当に幸いなのは、家族全員で再会できることだったが、それはもう叶わない、永遠に。
生きている者の日常は続く。
俺はプラエと共にディルクラムに乗り、訓練を重ねる。
「わかっちゃいたけど凄い早さだ」
「あの国王は、こちらに来る前に全ての準備を整えていたようですね」
神剣リ・ヴェルタスの隣から見える『始まりの街』の外の景色は日を追うごとに様変わりしていた。
謁見の後からの人々の動きは速かった。
俺達が葬儀を執り行っているうちにドワーフを中心とした建設部隊の第一陣が到着。
神剣の外、発掘現場のあった場所との中間くらいに、南北に縦断する壁の建設が始まった。
作られるのは『始まりの街』の外に作られる、人類世界の防衛線だ。
土魔法の専門家によって、一週間もしないうちに土台が作られ、ディルクラムからは巨大な壁が出来つつあるのがよくわかった。
俺の当面の仕事は、ディルクラムを乗りこなせるようになることと、あの要塞の建築を守ることだ。
「プラエ、魔物の反応は?」
「建設現場の向こうには今のところありません。現在のディルクラムの感知領域ですと、二日は大丈夫です」
「わかった。現場にも伝えておこう。……これだけ出来ても、まだ全然なんだな」
「はい。本来のディルクラムの力はこんなものではありませんから……。これは、レイマの力不足ではなく、こちらの最適化が進んでいないだけです」
「わかってる。目覚めた後に時間が必要なんだろ」
毎日グラン・マグス経由で知識を得てわかってきたことがある。
守護神騎ディルクラムは完全じゃない。
魔王の復活の会わせて目覚めた守護神騎は、眠っている間に蓄えた力を扱えるようになるため『最適化』なることを行わなければならないらしい。
それは今この時も、『最適化』はディルクラムの中で行われている。守護神騎自身が状況を見て、魔王を倒すために少しずつ強くなっているのだ。
他にわかったこととして、『裁きの刃』は消耗が大きいので、今は連発できないとかそういう戦術的なところもある。大魔法はここぞという所で使うべきのようだ。
「午前の訓練はこれで終わりです。レイマ、一度、家に戻りましょう」
こちらに振り向いて淡々とした口調でプラエが言う。俺に対しての様付けはやめてもらった。俺はそんなに偉くないし、年齢で言えばプラエは年上だ。
ちなみに、歳のことを指摘したら「稼働時間は数年程度ですので、年寄り扱いは……」と物凄く嫌そうにされたが、とにかく呼び名は変えて貰えた。
「もう終わりか? 慣れてきたからまだいけると思うけど」
グラン・マグスとの接続。与えられる守護神騎を始めたとした広範な知識の流入。俺はそれに慣れてきていた。前ほどの痛みも不快感も無い。
そんな余裕の発言に、プラエは眉をひそめつつ言う。
「レイマ、それは痛みに慣れただけで、負荷そのものが減ったわけではありません。貴方の肉体と精神には変わらず負荷がかかっています。性急なのはあまり良い判断ではありません」
そういう彼女は本気で俺を心配する目だった。
こうなると素直に従うしか無い。彼女ほどディルクラムに詳しい者はいないのだから。
「わかった。無理はやめとこう。家に戻って、食事をして、午後の訓練までどうしたもんかな。いっそ出かけるかな」
午後の訓練は食後の休憩を挟んで、夕方になる前となっている。
ちょっと前まで疲れて寝ていたが、少しくらいなら何かできそうだ。
「気分転換に出かけるのは良いですね。食事の後にソルヤとヘルミナに相談しては?」
「そうだな。そうしよう」
そんな感じで、今日の午後の方針を決めつつ、俺とプラエはディルクラムを降りたのだった。
○○○
すでに俺達の家となりつつある屋敷に戻ると、ソルヤとヘルミナが今日は食事の用意をしてくれていた。使用人もちゃんといるのだけれど、たまに二人は手ずから料理を作って待っていてくれる。
場所が変わっても、ソルヤの料理の腕は変わらない。街に入る分、素材がいいのでより美味しいくらいだ。
プラエも含めた四人で食事を終えて、テーブルでお茶を飲みながらの雑談が始まる。
「なんだか、こうして豪華な家にいるのは不思議な気分だな」
「ずっと発掘現場だったもんね」
「そもそもアタシら決まった家ってあんまり住んだことなかったもんね」
「確かに。先生の仕事で引っ越しばかりだった」
「あれはあれで楽しかったけれどね。確かに自分の家っていうのは珍しいかも」
先生は仕事の関係で『神剣の大地』のそこかしこで発掘作業や学術調査をしていた。俺達家族はそれにくっついて引っ越しばかりだ。俺とヘルミナは学院に入って落ちついた時期もあったが、ソルヤは両親とずっと一緒だったから、一カ所に留まって暮らした経験が殆ど無い。
「皆様、なかなか忙しい日々を過ごしていたのですね」
俺達の昔話を楽しそうに聞きながら言うプラエ。やはり感情が無いなんてのは嘘なんじゃないだろうかというくらい、雄弁な表情だ。
「ええ、ずっと皆で暮らしていけると思ってた……」
ソルヤが涙ぐみ始めた。いけないな。どうしても皆が揃うと昔話になってしまう。
こうして泣くのは悪いことじゃない。とはいえ、ずっとこの調子だとソルヤが参ってしまう。何か気分転換でもできればいいんだが。
「ああ、そうだ。午後から皆で買い物にでもいかないか? ほら、日用品とか、ああ、どうせなら綺麗な服とか買おう」
「……レイマ義兄さん、どうしたの? そんな気の利いたようなこと言える人だったっけ? もしかして、ディルクラムに乗って人格が……?」
失礼な。俺も大人だからそれくらい言えるだけだ。
「ディルクラムの操縦訓練はたしかに精神に負荷はかかりますが、人格に影響を与えるものではありません」
心外だとばかりにプラエが抗議した。
「ほんとどうしたのレイマ? 気をつかうことはあっても、こんなこと言える人だったかしら?」
ソルヤの涙も止まっていた。こいつも大概だな。誰を思っての提案だと……。
「思い出したんだよ。発掘現場で、この街に帰ってきたら買い物にでも行こうって。幸い、金はあるしな」
陛下との謁見の後、俺達にはまとまった金が与えられた。当面どころか数年は生活に困らないくらいはある。
そもそも着の身着のままでここまで逃げてきた俺達には日用品の類が圧倒的に足りない。買い出しは悪くない金の使い方だ。
「いいんじゃない。出かけようよ。あ、そうだ。アタシ、プラエに服買ってあげたいんだよね。せっかく可愛いのに、いつもその黒い服だし」
「これはディルクラムの半精霊としてゼファーラ神より与えられた服です。……それはそれとして、興味はあります」
「ふふ、女の子なのね」
「いえ、人々の営みがどのようなものか、見てみたいのです」
微笑するソルヤの指摘に顔を横に向けながら否定するプラエ。彼女の本音はともかく、反対ではないようだ。
「じゃあ、でかけよう。夕方にまたディルクラムに乗らなきゃいけないしな」
そんなわけで、その後、俺達は少しの時間、街に繰り出した。
久しぶりの日常というか、悪くない時間を過ごした。
「おい、買い物っていったけど、まだ回るのか?」
「当たり前じゃない。時間が限られてるんだから、どんどん回らないと」
「あ、お姉ちゃん。あっちに見たことない服のお店!」
「よし、行くわよ! ほら、プラエちゃんも」
「あの、わたしは構いませんが、レイマに休息を」
「平気よ。レイマは丈夫だし、これは約束だもん」
「そう言われると、反論できないな……」
女性陣の買い物に対する執念を甘く見た俺は、ひたらすら店を出入りする行為に付き合わされて、最後は荷物持ちだ。
「あー、やっぱり可愛い子っていいわ。ほら、プラエ次はこっち」
「やっぱり似合うわねぇ……。あ、レイマ。プラエちゃんの服を買うのはいいわよね?」
「好きにしてくれ……」
そんな感じでプラエはソルヤとヘルミナの玩具と化して色々着替えされられていた。
「なかなか新鮮な感覚です……」
そんな風にまんざらでもない様子が印象的だった。
あっという間に時間は過ぎ、ディルクラムに乗るために屋敷に帰る道。
俺の分も荷物を持ってくれていたプラエが行き交う人々を眺めていた。
今、『始まりの街』は要塞建設の関係で人口が増加し、活気に溢れている。様々な種族の人が街のそこらで商売したり何か食べたりして、日々を過ごしている。
「こうして人が生きているのは素晴らしいことですね……」
そう言ったプラエは、穏やかな笑みを浮かべていた。
それを聞いたソルヤが口を開いた。
「ええ、本当にいいことだわ……。レイマ、ありがとうね」
久しぶりにソルヤが楽しそうな顔をしていた。
○○○
それから一週間後。要塞の見た目が本格的に整ってきた時。
敵がやって来た。
いつも通り、夕方の訓練中のことだ。夕焼けに染まる建設途中の要塞と大地。その向こう側を見据え、プラエが水晶球を忙しく操作する。
「ディルクラムの探知に反応。魔物の反応が複数。場所は空中……大きさから言ってワイバーンです」
操縦席の壁面、プラエが画面と呼ぶ箇所に赤い光点が複数現れた。
どうやら、守護神騎としての役割を果たすときが来たらしい。
「プラエ、転移魔法を頼む。要塞を守る」
「了解。グラン・マグス接続。ディルクラム、転移魔法準備」
展開する魔法陣。
目の前に光が広がっていく。
魔力の高まりを感じる。
周囲で見物している人々が歓声をあげているのが見えた。「がんばれよ」なんて言ってくれる人もいる。
たまたまここに来ていたソルヤとヘルミナも、その中にいた。
「転移します」
「ああ、行くぞ……」
視界が光に包まれ。俺達は戦場に身を投じた。
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