14.国王

 国王とその一団が到着したのは、ヘルミナから遅れて二日だった。

 俺は屋敷にやってきた使者から呼び出され、城へと向かった。

 行くのは俺とプラエの二人だけだ。ソルヤは関係者で家族だが、現場で重要な役職があったわけでも無い。俺も独立した大人なので、連れて行くわけにも行かない。

 ヘルミナはここまで来るのに実は相当無理をしていたようで、あの後ぐったりして寝て起きてを繰り返している。


 俺とプラエは用意された馬車で城の前に到着し。目的地である謁見の間に向かう。

 『始まりの街』の城はゴツゴツとした、優美さからかけ離れた実用重視の見た目だ。城壁は厚く、高く。いざという時、魔物と戦う砦としての役目を担うことになっている。


 長い年月で増改築を繰り返した城内は見所が多い。色々な様式の装飾や建築が入り乱れ、知識のあるものなら、いつの時代に作られたかがわかる。

 流麗な装飾、華美な装飾、特徴の無い物、色々な形の壁や柱の間を俺とプラエは歩く。


「謁見の前に確認するが、間違いないんだな?」

「はい。魔王は必ず来ます」

「そうか。上手く、その話を持って行けるといいんだけどな」

「レイマ様はどう予測されますか?」

「わからない。国王陛下とその周辺なんて、縁がないと思っていたからな。どんな話をされるか想像もつかないな」


 あるいは、先生なら予想がついたかもしれない。本当に、この場にいてくれたらどれだけ心強いだろうか……。


「ディルクラムとわたしに関しては、流れに任せるしかないでしょう。レイマ様の目標を優先してください」

「わかった。多分、そっちは何とかなると思う」


 俺の目標は、ヘルミナの学費の保証と、ソルヤを初めとした発掘現場の人々の生活への支援だ。色々考えてみたけど、これくらいしか思いつかなかった。地位も金もある程度なら持つ分には良いが、このくらいが自分にどうこうできる範囲として最適だと思った。


「わたしとディルクラムが現れて四日。これだけ早く行動するのですから、賢明な王であると思われます」

「プラエの予想を信じるよ」


 そうこう言ううちに周囲の景色が変わっていた。

 殆ど無地に近い、地味というより何も無く、頑健さ重視の建築様式。

 この城を建てた最初期の状態をあえて保存した場所に、謁見の間はあった。

 無骨で巨大な扉の前には鎧姿の騎士が二人。

 周囲には国の役人が沢山いた。

 俺達の姿を見るなり、書類の束を持った人が話しかけてくる。


「失礼。レイマ殿と半精霊プラエ様で宜しいですか?」

「はい。レイマです」

「……すぐに会えるのですか?」


 プラエの言葉に役人は笑顔で頷く。


「お二人が門をくぐった時に報告を受けて準備しております。どうぞ、陛下がお待ちです。……開門!」


 役人の声と共に、騎士が扉を開ける。

 その向こうにあるのは広い部屋だ。中にはただの役人ではなく、『国の偉い人』が沢山いるのが目に入った。

 真っ直ぐ伸びた絨毯の先は少し登っており、その上には玉座がある。

 そこに、王様がいた。

 まだ若い。確か三十くらいのはずだ。

 精悍さと知性を感じさせる風貌の国王が立ち上がって俺達をじっと見ている。


「……レイマ様。進まなくて良いのですか?」

「悪い。圧倒されてた」


 俺とプラエは前に進み。国王の前まで出て跪く。


「レイマ・ウィクルムと半精霊プラエです」

「うむ……表を上げよ」


 顔を上げると、陛下はなぜか笑っていた。


「…………?」

「ん? ああ、余が楽しそうにしているのが不思議なのだな。守護神騎の半精霊と操縦者が、普通の若者と子供なのが面白くてな。……いや、失礼した。馬鹿にしているわけではないのだ。むしろ、千年ぶりの出来事ともなれば、余も身構えもしていたのでな」

「……国王とは思えない気軽さですね」

「よく言われる。なに、この場だけだ。周りの者も承知しておる。守護神騎相手に権威を振りかざしても無意味だからな」


 そう言って、陛下は玉座に座った。

 なんだか親しみ安い印象だ。これは計算なのか、そういう性格なのか、俺には判断がつかない。


「さて、率直な話をしよう。余の想像通りならば、無駄な話し合いをしてはいけないはずだ。既に二人が守護神騎に乗っていることは確認している。毎日熱心なことだ」

「ご存じでしたか……」

「うむ。民に紛れてこっそりとな……」

「直接でしたか……」


 なんだか俺の想像する国王よりも身軽な感じだ。横にいる大臣っぽい人の顔が引きつってるのも気になるが。


「余から質問させて貰う。レイマは学者だ。戦う者ではない、それが守護神騎の乗り手で良いのか?」

「問題ありません。ディルクラムが選んだ操縦者ですから。政治と関わりの薄い学者なのも幸いです」

「なるほど。守護神騎が政治に利用されるのは好まぬか。それもそうだな。では、次の質問だ。……魔王は来るのか?」


 その言葉に、室内の空気が一気に張り詰めた。元々静かだったのが、まるで時間が止まったかのような静寂に包まれる。

 周りの全視線が集中する中、プラエはあっさりと答えた。


「魔王は来ます。だからこそ、ディルクラムは復活したのですから」


 その言葉に、周囲がどよめいた。あからさまに動揺する者、膝から崩れ落ちる者、「そんなはずはない」と周りに言い始める者。色々だ。

 だが、陛下は違った。


「静まれ。まだ余の質問は終わっていない」


 その一言で再び静まる周囲。この王様、若くしてここにいる全員を完全に制御している。流石だ。先生に褒められるだけはある。


「我々は千年の間に研鑽した。その力で魔王軍と戦って勝てるか?」

「……難しいでしょう。かつてと違い、魔物はこの神剣で作られた大地以外の全てに広がっています。数に押されて、倒しきれないかと」

「外の世界か。五十年ほど前に、調査に出た一団が出版した書物では、それほど恐ろしいものではないと感じたが……」


 ああ、その本についてなら、俺も一言言わなきゃならない。


「失礼ながら、発言しても良いでしょうか?」

「いちいち畏まらなくて良い。守護神騎の操縦者なのだぞ、お前は」

「では……陛下がお読みになったのは『海を見た者』でしょうか」

「そうだ。ドワーフ随一の戦士を中心に編成された七人の探索記。実に痛快で、五十年たっても色あせぬ」

「その書物は読み物としては面白いですが、内容は脚色されているので、信頼性に欠けます」

「なんだと……」

 

 王様が睨んできた。こわい。きっと好きな本なのだろう。面白いからな、あれ。

 まあなんだ。落ちついて説明しよう。


「『海を見た者』は大衆に向けて、外の世界について知らせるために、あえて内容を軽くしてあります。本当の当時の記録は同行していたエルフによってしっかりとまとめられています」


 ちなみに『海を見た者』の著者もそのエルフだ。


「ほう……聞いたことがないな」

「長く、国の図書館に封じられていましたから。その……内容が重すぎて、外の世界に対して人々が恐怖を抱いてしまうということで」

「なんと……。初耳だぞ、そんなことは。お前はなぜそれを知っている」


 そう来たか。流石につくべきところを心得てるな。

 まあ、この話は目の前の陛下に無関係でもないのだが。


「直接の原因は陛下です。陛下が即位した折に、学者に対して国の書庫を開いてくださりました。その際、記されてから五十年という年月がたっていたこともふまえ、記録が開放されたのです」

「……ああ、余が関係していたのか。いやまて、お前はその頃まだ学生だったのではないか? 余の即位は五年前だ」

「すいません。先生……養父にこっそり見せてもらいました」


 俺は素直に謝った。結果的に学者になったし、いいんじゃないかなと思う。


「………お前が有望な学者としてでなく、守護神騎の操縦者として余の前に現れたのが残念だ」

「……まさかこんな形で陛下にお会いすることになるとは、自分も思っていませんでした」

「全く、世の中というのはわからんものだ。ともあれ、理解した。この大地の人類で打って出るのは難しいということで、この場は納得しておこう」


 楽しそうに笑いながら言う陛下。そんなこと考えてたのか。となりの大臣が明らかに安堵してる。


「では質問の続きだ。ディルクラムが単身で打って出て魔王を討伐することは?」

「今はまだ、難しいかと」

「それは、時間させあれば、勝てると」

「…………必ず」

「ふむ……魔王はここを攻めてくるか?」

「すでに先触れが到達しています。まだ近づいてはいませんが、徐々に増えてくるかと」

「なるほど…………」


 そう言うと、陛下は周囲に目配せをした。

 大臣も、騎士らしい偉い人も、この場の全員が、陛下の視線を受けるなり次々と姿勢を正していく。


「予定通り。神剣の外に要塞を建築する。手配通り動くように」

「承知しました!」


 室内の全員が一斉に答えた。それだけじゃない、部屋の門が開き、次々と偉い人が外に出ていく。


「な、何が始まったんですか?」

「言ったであろう。神剣の大地の外に、守りのための要塞を建築するのだ。なに、出発前に心当たりには声をかけてある」


 和やかな笑みを浮かべつつも、真剣な目で陛下は言った。


「それはつまり、この場で魔王軍を迎え撃つということでしょうか?」

「その通り。ここで魔王軍と戦い、守護神騎が魔王を倒せるだけの力をつけるのを待つ。それしかあるまい」

「それは……」


 途中でプラエは言葉を切った。多分、「沢山の人が死にます」ということを言おうとしたのだろう。


「犠牲は覚悟の上だ。そして、いつの日か来ることでもあった。守護神騎と共に戦えることを誇りに、人間もエルフもドワーフもそれ以外も、力を合わせるのだ」


 そう言って、行き交う人々を見る陛下の目は、確かな強い意志の宿る眼差しだった。


「ああ、そうだ。レイマよ、何か望みはないのか? 守護神騎を任せるのだ。褒美くらい無いとやっていられんだろう?」

「では。学院に通う義妹と、発掘現場から避難した人達への援助をお願いします」


 俺の発言に、陛下と大臣がぽかんとした。


「なんとも欲のない奴だな……。余は玉座を明け渡す覚悟だったというのに」


 ああ、そうか。ディルクラムに乗るということは、神剣の大地に住む全ての命を握っているようなものなんだ。そのくらいの無茶は言えるのかも知れない。今更気づいた。


「王様なんて、自分には無理です」


 正直な気持ちを話すと、陛下はまた楽しそうに笑った。


「うむ。良い謁見であった。レイマとプラエよ、しばらくはディルクラムに乗って訓練と見張りでもしていてくれ。それだけで民は安心するだろう。金など必要なものは手配しておく」


 陛下が視線を横の大臣に投げると、先生と同じくらい年回りに見えるその人は、満足気に頷いた。

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