13.来訪

「なるほど。こんな風になっていたんだな」


 眼下に広がる光景を見ながら、俺はちょっとした感動を覚えていた。

 目線の先にあるのは大地に突き立つ剣だ。いくつもの楕円が絡まった装飾の柄とそこから伸びる刀身は、共に錆一つ無い銀色をしている。柄の中央には宝玉が収まり、その中心で青白い炎が瞬いているのが見える。


 この剣が特別なの理由はいくつもある、とてつもなく巨大なこと、千年間外にあっても錆一つないこと。ディルクラムの武器であること。

 『神剣の大地』を生み出した神剣。

 守護神騎ディルクラムの最強の武器。

 神剣リ・ヴェルタスを俺は見下ろしていた。


 ディルクラム用のこの剣はとてつもなく大きい上、神剣の大地を魔物から守護する結界でもある。

 そのため聖地として扱われているので、綿密な調査は一度も行われていない。

 間近で、しかも真上からじっくり観察したのは、俺が初めてかも知れない。


「神剣が気になるのですか?」

「ん。ああ、流石にな。これのおかげで、皆が生きて来れた」

「はい。わたしもこれを見て安心しました。わたし達が最後の力で行ったことが無駄でなかった証です」

「そうだな。無駄じゃなかった。……よし、やってくれ」


 出会って三日だが、ディルクラムの半精霊である彼女のことが少しわかってきた。無口なようで饒舌。感情がないというのは正直怪しい。知識も豊富なのでちょっとした話題で話し込んでしまうこともあるので注意が必要だ。


「それでは、始めます」


 言葉と共に、プラエの前にある水晶球が輝き始めた。

 同時、俺の心身共に不快感が走る。


「ぐ……お……ぉ……お」


 頭に入ってくるのはディルクラムを動かすための数々の知識だ。

 俺はまだ、この巨人を自由自在に御するには程遠い。


 発掘現場からこの『始まりの街』へ来てから、俺は神剣の横にディルクラムを立たせ、毎日こうして操縦者としての訓練を行っている。

 見張りと訓練。

 街の偉い人達があまりの事態の大きさに具体的な対策は打ち出せない中で、俺達にできるのはそのくらいだ。

 とはいえ、それも明日か明後日には終わる。国王を中心とした一団がここに来て、今後の方針を話し合うことになっている。


「……ふぅ。なかなか慣れないな」

「緊急の事態では無いので負荷を落としているのですが。申し訳ありません」

「いや、いいよ。気を遣わせて悪いな」

「それがわたしの役目ですから」


 そう言って微笑んだ後、プラエが遠慮がちに質問してきた。


「……あの、国王とはどのような人となりなのでしょうか」


 今の為政者が気になるか。当然だな。これから物凄く深く関わることになるわけだし。


「何年か前に代替わりして、今の国王は大分若い。噂では、かなり優秀らしいぞ」

「優秀ですか。それは、どのような優秀さでしょうか?」


 難しい質問だ。俺はそれに答えられるほど国王についてよく知らない。

 とはいえ一応、俺以外の感想なら一つ知っていた。


「わからないが、先生――俺の養父さんは褒めてたよ。あの人が偉い人を褒めるなんて滅多にないから、悪くないんじゃないかな」

「……それは、期待できそうです」


 今この場に先生がいれば、今後のことやディルクラムの扱いについても、色々と頼りになってくれただろう。

 相談できる人が一夜にして失われたのはあまりにも辛い。それも、同時に二人もだ。


「ソルヤ様が接近しています」


 俺が亡くなった養父母について考えようとした時、プラエがいきなりそう言った。

 ディルクラムの足下にむかって、ソルヤが走ってくるのが見えた。相変わらずの簡素な服装に、背中で纏めた髪が揺れている。

 彼女は日中、両親の遺体が置かれた神殿か、生き残った発掘現場の面々が集まる場所にいるはずだ。わざわざここまで来るのは珍しい。


「何かな。まだ王様は来てないはずだけど」

「緊急の事態かも知れません。行きましょう」


 そう言って、ディルクラムをしゃがませる。

 胸の装甲が開き。俺達が降りる道が現れる。周囲から「おおー」という歓声が聞こえた。

 伝説の守護神騎だ。周りに見物人は多い。

 俺とプラエは周りを気にせず、こちらに来たソルヤを出迎えた。

 直接見る彼女はかなり焦っていた。いや、どちらかというと困っている風に見える。


「どうかしたのか、そんなに慌てて」

「ごめんねレイマ。でも、私だけじゃどうすればいいかわからなくって」


 降りてきた俺達の前で息を整えるソルヤ。困った、発言に具体的な情報がないぞ。


「落ちついてください。何が起きたか順番に話していただければ、力になれます」

「あ、ありがとう。プラエちゃん」


 プラエがそう言うと、ソルヤは息を整えつつ、ぎこちない笑みを浮かべて礼を言った。

 両親の死を知ってからまだ二日だ。俺もソルヤも心の整理はついていない。何かと動いて気を紛らわしているのが実情である。

 ソルヤは困ったように茶色い眉を下げて、改めて俺達に向かって言う。


「妹が。ヘルミナが来たの。それも、凄い怒ってるから、私どうしたらいいか……」


 プラエが怪訝な顔で俺の方を見た。

 俺は何となく事情を察した。

 なるほど、これは慌てても仕方ない。

 

○○○


 ヘルミナは俺とソルヤの妹だ。

 年齢は一六歳。髪と瞳の色はソルヤと同じだが、小柄で可愛らしい見た目に成長している。ただし、性格は母親似だ。

 時に俺とソルヤをしかりつけるくらいの感情の発露を見せるたくましい子である。

 頭の出来は、俺より良い。なので都の学院に通っている。まだ学生だからと現場にいなかったのは幸いだった。

 

 そのヘルミナが、こんなに早く来るなんて、想像もしていなかった。


 街に用意して貰った屋敷は大きい。なんでも有力者の別邸だったそうだ。

 手入れも行き届いており、使用人付き。客を受け入れる応接の準備は万全だ。


 その応接室にて、彼女は待っていた。

 相変わらず、全体をソルヤを小柄にしたような外見でありながら、その力強い目つきが性格の違いを悠然と語っている。

 部屋に入った俺達を、椅子に座って両腕を組んだまま、ヘルミナは憮然とした様子で出迎えた。

 

「久しぶりね。レイマ義兄さん」

「ヘルミナ……お前、どうやってここに来た」


 最初に出た言葉がそれだった。

 早すぎる。

 王都にいる彼女なら情報も早く入るだろうが、それにしても早い。

 ディルクラム出現の報はすぐに国王の下に届き、動き出した。

 そして目の前の義妹は、その国王よりも早くこの場に到着したわけだ。


「発掘隊と守護神騎の話を聞いて、手持ちのお金を使って馬を借りまくって昼も夜も乗ってきたのよ。滅茶苦茶疲れたわ」


 そう言って、テーブル上にあったお茶をヘルミナは口に運んだ。香りからして、疲労の取れるハーブティーだろう。ソルヤがよく用意してくれるものだ。


「それで、どういうことなの、レイマ義兄さん」

「どうって、現場でディルクラムを見つけて魔物が来て……」

「それはさっき姉さんから聞いた。アタシが言いたいのは、なんで姉さんを放っておいてるのかってことよ!」


 トン! と強めにカップをテーブル上に置くヘルミナ。


「父さんも母さんもいなくなっちゃってて、残ったのはレイマ義兄さんだけなのに、何で放っておくのよ、家族なのに!!」


 そういうことか。

 きっと、発掘現場襲撃の報を聞くなりヘルミナは王都を飛び出したのだろう。家族が心配でようやく到着した『始まりの街』。そこでの姉との再会。両親の死。

 そして、その場にいない俺だ。

 たしかに怒られても仕方ない。


「ごめん……」


 頭を下げて、それしか言えなかった。


「…………」


 ヘルミナはそんな俺をじっと見た後、一つ息を吐いた。


「いいわ。許すもなにもないし、状況が特別すぎるから。ディルクラムに乗ってレイマ兄さんがおかしくなったんじゃないかって心配しちゃったけど、そうじゃないみたいで良かった」


 そう言って、ヘルミナはプラエを見た。


「貴方が半精霊のプラエね。本で読んだことあるわ。はじめまして、二人の妹、ヘルミナです」

「プラエです」


 不思議な緊張感のある挨拶を、二人が交わした。

 ヘルミナはそれ以上、プラエに何か言うこと無く、再び俺達に向き直る。


「じゃあ、二人とも。父さんと母さんの所に行こ……」


 今にも泣きそうな顔で、妹は言った。


○○○


 ゼファーラ神の神殿は今日も静かで、静謐な空気に満たされていた。

 神官に挨拶し、この二日で通い慣れた道を行く。

 小さな部屋の中で義両親は今日も棺の中で静かに眠っていた。


「父さん……母さん……っ」


 部屋に入るなり、ヘルミナが棺にむかって駆けだした。

 棺には遺体を保管するため冷却の魔法がかけられている。相当冷たいはずだが、それも構わず、それぞれの棺の中に両手を入れて両親の顔をじっと見つめる。


「冷たいね……」


 そう言って両親の棺の中を見下ろす彼女の瞳から、熱い涙が何粒も落ちた。


 俺もソルヤも動かない。プラエもついて来ているが、部屋の端で静かにしている。

 しばらくの間、室内にはヘルミナのすすり泣く声だけが聞こえた。


「……本当はね。皆とここで会えると思ってた。アタシの家族は無事だって言い聞かせてた。でも、そうじゃないんだね……」


 涙をぬぐいながらヘルミナが言った。

 優しい子だ。無茶な行程でここを目指したのだって、知らせを聞くなり居ても立ってもいられなくなったからだろう。

 そのヘルミナはまっすぐにプラエに向かって歩いて行く。


「なんでもっと早く動いてくれなかったの? 魔物が襲ってきた時じゃなくて、魔物が襲ってくる前に貴方が目覚めていれば、アタシのお父さんとお母さんは死ななかった。そうじゃなくても、もうちょっと早いだけで、もっと沢山の人が助かったのに!」

「……申し訳ありません。全て、わたしの責任です」


 プラエは謝罪の言葉と共に、丁寧に頭を下げる。

 そして、下を向いたまま、見下ろしてくるヘルミナに言う。


「この世界に生きる人を救うべく遣わされたのに、いつまでもそれができない。それが、わたしです……」

「…………」


 頭を下げたプラエが、両手を強く握るのが見えた。

 俺はようやく一つの事実に気づいた。


 プラエはこの世界に生まれてから、意識ある時は、常に誰かが死ぬ姿を見続けている。

  

 ゼファーラ神の遣いとして、人と世界を救うためにやってきて、目の前で次々と守るべき命が消えていくのを目にする日々。

 それでも全ての責任を負おうとするのは、それが彼女の存在のあり方だからなのだろう。


「…………あなた、伝承だと感情が無いとか言われてたけど、嘘なんじゃない?」

「いえ、それは正しいです。わたしはそのように作られた生命ですから」


 顔を上げ、感情の消えた表情でプラエは言った。握った手はそのままに。


「ヘルミナ。プラエちゃんを責めるのはやめて。悪いのは魔物だし。ディルクラムがいなかったら私達も危なかったんだから……」

「わかってるわよ、そんなこと。それでも、納得できないところはあるでしょ。それに……姉さんも義兄さんも、変に優しいから怒らなかったんだろうなって思ったら、なんだか腹が立って」


 理不尽だ。だが、それがヘルミナらしい。感情のまま動くことが魅力を損なわない、そういう生き方ができる子だ。


「プラエ、もういいわ。姉さんと義兄さんを助けてくれてありがとう。これから宜しくね」


 そう言って、ヘルミナが手を出すと、プラエがおずおずとそれに応じた。


「ヘルミナ、これからってどういうことだ?」


 最後に気になる一言があったので、指摘する。


「何言ってるの。アタシもしばらくここにいるから。お屋敷もあるし。まさか、父さん達の葬儀に出ないで学院に帰れっていうの?」

「いや、そんなことは言わないが」

「それに義兄さんと姉さんも心配だし……。義兄さん、ディルクラムに乗らなきゃいけないんでしょ?」

「大丈夫。納得出来るまで一緒よ。いいでしょ、レイマ?」


 ソルヤがこちらをじっと見つめながら言ってきた。

 雰囲気が少しだけ明るい。久しぶりに妹を見て、少しだけ復調したかも知れない。


「そうだな。助かるよ……」


 俺には断る理由など思いつかなかった。

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