12.決意

 ドワーフ三人組に、これから脱出組を助けに行くこと、周辺に魔物はいないので急いで『始まりの街』へ向かうこと。

 それらを伝えてディルクラムで飛び出してから、良いことと悪いことがあった。

 

 良いことは、思ったよりも簡単に脱出組を発見できたことだ。

 ディルクラムの能力のおかげで追いかける魔物の群れと散り散りになった人々を俺達は次々と発見した。

 そのたびに魔物をなぎ払い、人々を発掘現場か街のどちらか近い方へ誘導した。

 『裁きの刃』のおかげで生き残っている魔物の数は少なく、発掘現場から『始まりの街』までの道はすぐに綺麗になった。


 さらに良いことに、その過程で『始まりの街』から出撃した一団と会うことができた。

 ディルクラムを見て物凄く驚いていたが、事情の説明をして、発掘現場の人々の受け入れなどを頼むことが出来た。


 なんとか順調に進んだが、良かったのはそこまでだった。


 まず一つ目の悪いこと。

 養母さんを助けられなかった。


 脱出した人達を救助するうちに、当時の状況が見えてきた。

 魔物に捕捉され、ソルヤと数名を逃がした後、養母さん達は、その場にいた戦士達と囮となる一団を編成。時間稼ぎを行った。

 母さんはその戦いの中で、ゴブリンの刃を受けて、どこかで倒れたと助けた戦士に聞いた。

 『始まりの街』の一団と接触後、魔物がいなくなったのを確認してから、俺はディルクラムの力を使って必死に周囲を探した。その判断に、プラエも反対しなかった。

 

 何人目かの遺体を見つけた後、平原で野ざらしになっている養母さんを見つけた。

 全身に傷を負い、最後の瞬間まで戦ったのがわかる姿だった。


 養母さんを収容し。『始まりの街』へ入った後、二つ目の悪いことが起きた。

 発掘現場の面々が、街に到着した時、ドワーフ三人組が荷車を引いていた。

 その上には、簡素な棺があった。


 その中には、もう話せなくなった先生――養父さんがいた。

 運良く生き残っていた指揮官の話によると、発掘現場に人を逃がそうと奮戦し、オーガの一撃を受けたらしい。


 そして今、俺とソルヤとプラエは、『始まりの街』の中にある、ゼファーラ神の神殿にいた。

 『始まりの街』は神剣の大地にできた最初の街。

 長い年月で増改築された神殿は大きく、遺体を収容するための大きな場所がいくつも存在する。

 養父さんと養母さんの遺体は、特別に小さな部屋に運び込まれた。

 今は、二人ともそれぞれ清められ、静かに棺の中で眠っている。


「…………お父さん、お母さん」


 目の前で棺にすがりついて涙を流すソルヤに、俺は何も言えなかった。

 俺は何とか涙を堪えていた。

 養母さんを見つけたとき、街に入った時、ここで棺に納められた二人を揃って見たとき、悔恨と悲しみでいくらでも涙は溢れて来たのだから。


「……………くそっ」


 色々な言葉が思い浮かぶが、何一つ口から出てこなかった。

 全てはもう結果が出てしまっている。どうしようもない。


「お二人は、もっとわたしを責めるべきだと思います」


 どれくらいの時間だろうか、棺を前に俺達がずっと沈黙としていると、室内でずっと佇んでいたプラエが突然そう言った。


「わたしがもっと早くレイマ様を呼んでいれば。あるいは自身でディルクラムを動かせていれば、お二人の御両親は失われずにすみました。全ては……この世界に生きる命を守るという使命を果たせない、わたしの責任なのです……」


 無感情に、しかし拳を強くにぎりしめながら、プラエは『自分が全て悪い。自分を責めろ』と言っていた。

 俺が何かいうより早く、ソルヤが振り向いて口を開いく。


「……でも、貴方を責めても何にもならない。私が憎いのは、お父さんとお母さんの命を奪った魔物だよ……」


 涙で顔をボロボロにして、泣き叫んで枯れた声でもって、ソルヤはそう言った。


「俺は……あれがプラエの精一杯だったって知っている」


 グラン・マグス経由でディルクラムについての知識を得た俺は知っている。

 ディルクラムもプラエも魔物の襲撃があったあの瞬間に本当の意味で目覚めたのだ。


 先に意識を覚醒していたのはディルクラムだ。守護神騎は魔物の気配を感じて、現代の操縦者を探すべく、待機状態でも使える僅かな魔力で地上までの道や階段を少しずつ作っていた。


 プラエが目覚めたのはあの日であり、俺達と会ったのは長い眠りから覚めた直後だった。

 ディルクラムが本格的に稼働できるようになったのもあの瞬間だ。

 最短に近い時間で守護神騎は戦場に現れたと言える。


「…………しかし、それでは……」


 プラエが続けて何か言おうとしたが、口をつぐんだ。その表情は悲痛で、まるで俺達を気遣えないことにすら傷ついているように見える。

 感情をもたないとされる半精霊とは思えない姿だった。


「失礼します。よろしいでしょうか」


 部屋の扉がノックされた。俺がドアを開けると、その向こうにいたのは現場の指揮官だった。


「話なら、俺が聞きます」


「こんな時に申し訳ないのですが、今後についてです。数日後、王都から王を初めとした人々が来ます。それまで、ディルクラムと共に、この街を守って欲しいとのことです」

「街の偉いさんだけで決めるにはことが大きすぎますか」


 指揮官は首を縦に振って肯定し、気遣うような口調でいう。


「街に屋敷が用意されますので、せめて、それまでゆっくり休んでください」

「貴方も、しっかり休んでください」

「ええ。でも、少し動きたい気分だったんですよ。だから、お二人には俺が話すってね」

「ありがとうございます」


 どうやら、指揮官は俺達に気を遣って伝言を持って来てくれたらしい。

 見知らぬ相手に無遠慮に「これからのこと」を話されるより、幾分マシだ。


「ソルヤ。どうやらベッドで休めそうだ。また明日、ここに来よう」

「………ここで、お父さんとお母さんと一緒にいたい」

「駄目だ。ちゃんと休める時に休まないと。養父さんと養母さんが命がけで残してくれた命なんだから……」

「…………っ」


 俺の言葉に、再びソルヤの目から涙が溢れる。


「プラエ、行こう」

「はい。承知しました」


 俺はソルヤに肩を貸しつつ、プラエに言う。


「二人とも、聞いてくれ」


 ソルヤとプラエの視線がこちらを向く。


「俺の親父。最初の父は、『神剣の大地』の外を探索中に仲間を守るために魔物に殺された。母は、それが原因で命を絶った……。その後、俺を引き取ってくれた先生達はとても良くしてくれた……」

「レイマ……」

「その先生達も、魔物に殺された。……俺は、二度も魔物に大切な家族を奪われたんだ」

「レイマ様……」

「俺はもう、大切なものを失いたくない。だから、ディルクラムに乗る。……力を貸してくれ」


 俺の言葉に二人は静かに頷いた。

 こんな思いをするのは、もう沢山だ。

 だから、終わらせる。そのための力はここにあるのだから。

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