11.光刃
夜明けが過ぎて、戦場と化した発掘現場に朝日が差す。
太陽の光を背に受けて、ドワーフが戦場を走っていた。後ろを追いかけるのはオーガ。丸みをおびた体格のトロルと違い、筋肉質な巨体の魔物で、ゴブリン達のまとめ役になることもある強敵だ。
捕まれば確実に殺される。そんな状況だった。
「こっち! こっちじゃああ!」
逃げるドワーフの表情は必死だが、恐怖はない。
すぐにでも追いつかれて自分が死ぬ状況であるにも関わらずだ。
ドワーフは走る。後ろに自分の数倍は大きいオーガの気配を感じながら。
発掘現場内に急造された防壁のいくつかを超えたところで、オーガの腕がドワーフを捉えようとした。
「よし、ここじゃあ!」
叫ぶと同時。ドワーフの姿が消えた。
オーガの腕が空を切り、少し重心を崩したところで、いきなりその足下に穴が空いた。
「オオオオオ!」
速度のついた巨体は自身を制御しきれない。雄叫びをあげながら、オーガは転倒した。
「今じゃ! 倒すぞい!」
「応ともさ!」
「ワシらの現場の仇じゃあ!」
いつの間にか、その場にドワーフが三人現れ、手に持った槍でオーガの頭部を集中的に攻撃する。
槍は魔法を仕込まれていたものらしく、頑強なはずのオーガの頭部を簡単に貫いた。
「ふぅ、何とかしとめたのう」
敵が絶命したのを確認して、ドワーフの一人が言った。
先ほどまで逃げ回っていた者だ。彼は隠れるために用意されていた穴に入り、オーガを罠に填める係だったのである。
「しかし、きついのう」
「でも、ワシらが頑張れば、大先生達が楽になるぞい」
残りの二人が近づいてきて言う。
三人は発掘現場前の防衛網から出て、遊撃に出ていた。魔物を攪乱し、時間を稼ぐのが狙いだ。
危険な仕事だが、色々と経験豊富な彼らはこういうのが得意だった。
三人は物陰に隠れ、水袋を取り出して一息つく。幸い、付近に他の魔物はいないようだった。
「みんな、無事かのう」
「どうじゃろう。王都から来た戦士もよくやっとるが、いかんせん数が多い」
「救援までもってくれるといいんじゃがの」
水を飲み、一息つくと。自然とそれぞれが武器を手に取った。
「まあ、なんじゃ。良い人生じゃった。最後にディルクラムを見ることができたしの」
「うむ。最後の最後に大当たりじゃった」
「これもワシらにゃすぎた役割じゃのう」
三人とも、ここで死ぬことを覚悟しての会話だ。
しかし、その目に諦観はない。
彼らはドワーフの学者だ。百年以上前から活動し、老齢に達したこの時にあって、自分の仕事で最高の成果を得た。
大々的にそれを発表することができないのは少し残念だが、この現場には自分達より若いが尊敬するに足る学者がいる。
ならば、自分達のやるべきことは、後に続く者のために、戦うことだ。
魔物の襲来を知った時、彼らはそう覚悟を決めた。ドワーフとはそういう種族だ。
「さて、もう少し頑張るとするかの」
「ああ、現場の方にいった魔物が多い。何とかしてやらにゃならん」
「若先生は無事かのう……」
三人がそれぞれ言葉を口に出して、立ち上がった時だった。
いきなり、空が光り輝いた。
「ぬお! なんじゃ!」
「魔法か!」
「ぬ、いや。なんか、ちがうみたいだぞい……」
まるで真上に太陽が現れたかのような光の後に見えたのは、複雑な魔法陣だった。
円形の魔法陣は中心部が中空になっている。
「転移魔法陣じゃ……」
三人のうちの一人。魔法に詳しい者がそう呟いた。
その言葉の通り、魔法陣が輝きを増すと、中心部からゆっくりと何かが転移して来るのが見えた。
「まさか……」
現れようとするものを見て、一人が呆然と呟いた。
それは灰色の騎士鎧。
オーガやトロルなど、比べものにならない巨体の鋼の巨人。
発掘現場の奥底に眠っていたもの。
人類を守るための剣。
「ディルクラムじゃ……」
守護神騎ディルクラムが戦場に現れた瞬間だった。
○○○
「転移完了しました。着地はどちらに?」
「人のいない場所は?」
「表示します」
プラエが発言してすぐ、操縦席から見える景色に、人のいる場所が緑の点として表示された。
見た感じ、現場の周辺の防壁に集中している。これなら何処に着地しても平気そうだ。
「よし、現場入り口近くの防壁の前だ。そこから魔物をなぎ払う」
「了解しました」
ディルクラムを覆っていた光が消える。魔法の力で空中を浮遊している状態から、地面に向かってゆっくりと落ちていく。
プラエの調整のおかげで、着地先はしっかり現場入り口の前だ。
「ソルヤ、多分揺れると思うから、しっかり掴まって、口も閉じた方がいいかもしれない」
「わかった」
そう言って、ソルヤは口を閉じた。
ディルクラムはその巨体に似合わない、しなやかな動作で地面に着地した。
背後にはこの現場の最後の防衛戦。前に見える範囲には敵しか居ない。
「魔物を確認…………これは……」
「どうした?」
水晶球に両手をつけて何かを解析したらしいプラエが黙り込んだ。何の沈黙か不安になり、問いかける。
「魔物の数は二千ほど。しかし、すでに倒した数が一千を超えています……。この小さな規模でよく……」
「俺達だって、何もしていなかったわけじゃない」
現場の戦力は百人くらいだ。それで三十倍以上の戦力差をどうにか支えた。それが千年かけて次の戦いに備えた人類の力ということだ。
「魔物の総数を確認。二一四六体。ゴブリンが九割です」
「とりあえず、目の前を掃除する!」
俺は水晶球を握る両手に力を込め、ディルクラムを動かす。
鋼の巨体が動く。巨体が動くだけで空気が震える。
狙うのは突如現れた鋼の巨人に怯えて立ちすくむ。オーガとゴブリンの一団だ。
軽く腰を曲げ、ディルクラムの右腕が数匹のオーガと数十のゴブリンを腕の一振りでなぎ払った。
あっさりとした、しかく確実に殺意を込めた一撃は明確な結果を出す。
一撃で、その場の魔物達はもういなくなっていた。
「次だ! まずはここを安全にしたい!」
「画面で誘導します。順番になぎ払ってください」
そこからしばらく、ディルクラムによる蹂躙が始まった。
なにせ、大きさが違いすぎる。オーガは二ミル(メートル)、トロルで三ミル(メートル)くらいの大きさなのに対して、ディルクラムは一八ミル(メートル)ある。
あまりにも小さい魔物達を巨人は手足を使って次々と薙いでいった。
ディルクラムが動くたびに、住み慣れた発掘現場も壊れていく。いや、すでに魔物によって半壊していた。だけど、トドメをさすようで少し複雑な気分だ。
さしたる時間もかからず、ディルクラムは現場前の防衛線から魔物を排除した。
「止まったな……」
数で勝る魔物の軍勢は押し寄せてこない。ディルクラムを見て怯えているのだろう。
「こちらから攻勢にでるべきです。魔物は倒すべき敵ですから」
「俺もそう思う。でも、手足で薙ぐのはあんまり効率が良くないな……」
「ですが、今はそれが確実です」
確かにそうだ。初めてディルクラムを動かす俺には、これだけでも上出来だろう。
「いや、下手に動いたら生存者や遊撃に出てる人を巻き込むかも知れない。……他の方法で行く」
「他の方法って?」
横で状況を見守っていたソルヤの問いに、俺は答える。
「『裁きの刃』を使う。いけるな、プラエ」
「……今の貴方はディルクラムの基本的な操作を学んだだけの状態です。ここで新たな魔法を付与して負荷をかけるのは……」
どうやら、この半精霊は俺を心配してくれているらしい。
けど、ここの魔物を手早く倒すことは俺にとって大きな意味がある。
「ここを片づけて、脱出した養母さんを助けにいきたい」
「……わかりました」
俺の言葉に、少し思案してからプラエは頷いた。
「グラン・マグス接続、第二種広域魔法準備……」
少女の前の水晶球に複雑な魔法陣が浮かぶ。
そして、俺にまたアレが来た。
「ぐ……お……お……」
何ともいえない不快感と鈍痛。だが、なんとか耐えられる。
一度経験しているし、今度は魔法一つが入ってくるだけだ。
最初より短い時間で、俺の意識ははっきりとした。
そして、すぐさま新たに手に入れた力を振るう。
「行くぞ……」
俺の意志に応え、ディルクラムが天高く腕を掲げる。
空中に浮かぶ魔法陣。前でプラエが水晶球を操作する。
「周辺の全魔物を捉えました。発動可能です」
「俺達の世界からいなくなれ、魔物どもが!」
俺の叫びに、ディルクラムが応えた。
『守護者の名において告げる 裁きの刃よ 来たれ』
天空に浮かび上がった巨大魔法陣。
そこから無数の光が生み出された。光は長大な刃となり、雨のように戦場に降り注ぐ。
ディルクラムの生み出した光の刃は丹念に、確実に、一つたりとも逃さぬよう、魔物目掛けて一直線に飛来する。
裁きの刃は逃さない、ゴブリンを、オーガを、トロルを、それぞれ一撃で貫き、次々と死に至らしめる。
例え目の前に人類がいようと、確実に魔物だけを仕留める。
それが、この魔法だ。
表示されていた魔物を現す赤い点が次々と消えていく。ディルクラムから見える景色では難敵であるはずのトロルとオーガが冗談のようにあっさりと絶命するのが見えた。
「殲滅、完了しました」
「……………」
プラエの言葉に、俺は何も返すことが出来なかった。
今の一撃で、この場の戦いは終わった。
自分がやるといったことだが、こうまで簡単に事が済むとは思わなかった。
これが守護神騎ディルクラム。人類を守る剣。
凄い力だ。しかし、同時にこうも思う。
これだけの力を持ってしても、過去に敗北した。
「……レイマ。平気なの?」
過去に思いを馳せようとしたところで、ソルヤの声で我に返った。すぐに考え込むのは俺の悪い癖だ。
「皆さん。状況の変化に気づいたようですね」
言われてみると、現場の各所から人々が現れてこちらに向かってきていた。
中にはドワーフ三人組の姿も見える。
「色々と説明したいところだけど、やらなきゃならないことがある。外に向かって音は出せるな」
「はい。問題ありません」
集まってきた人々にこれからのことを説明する必要がある。
先に、横のソルヤに次の目的について伝えておこう。彼女を降ろす暇はない。
「脱出した人達を助けに行く。できるだけ早く養母さんを助けるんだ」
その言葉にソルヤの表情がようやく少し明るくなった。
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