10.起動
ディルクルムの操縦席は思ったよりも広かった。
最初に見えたのは目の前に大きな水晶球のある小さな椅子だ。椅子には体を固定する器具らしきものも見える。伝説通りなら、ここはプラエの席だ。彼女はここから操縦者を手助けする。
その後ろに、操縦者用の席があった。肘置きの先に水晶球のついた椅子。プラエの席と同じように体を固定する器具もある。
「レイマ様はそちらに座ってください」
「わかった……」
指示に従い、椅子に腰掛ける。器具が動き出し、俺の身体を動かないように優しく固定した。堅い金属に見えたが、座り心地も悪くない。むしろ、ここでうたた寝したら気持ち良いだろうな、と思うくらいだ。
「そちらに補助席を作ります。あまり快適ではありませんが、ご理解を」
そう言ってプラエが俺の右の辺りに手をかざすと、みるみるうちに椅子が一つ作り出された。
操縦用の水晶の無い、簡素な座席だ。勿論、しっかりと体は固定できるようになっている。
「あ、思ったよりも座りやすい」
「何よりです」
意外そうに言ったソルヤに答えると、プラエは自分の席に座る。
同時に、胸部の装甲が音も無く閉じて、操縦席が密室になる。
室内が明るくなり、周囲の壁が透き通って外の景色を写しだした。
「凄いな。外にいるみたいだ」
「そのように作られています。レイマ様、ディルクラムにはグラン・マグスと呼ばれる補助精霊が宿っています。操縦席の水晶を握ると、マグスと接続され、動かし方が自動的に付与されるようになっています」
「グラン・マグス? 聞いたことの無い言葉だ。歴史書には無かったな」
「わたし達もこの千年間、何もしていなかったわけではありません」
そういえば、ディルクラムは新品同様の姿だった。
彼らもまた、来たるべき時に備えていたということか。
「グラン・マグスと繋がる際に強引に魔法を得ることになりますので。体に負荷がかかるでしょう」
「だ、大丈夫なの、それ。守護神騎はゼファーラ神から与えられたものなんだから、神官とかじゃない普通の人が扱うのは無理があるんじゃ……」
「ですので、無理の無い範囲で調節します。わたしが」
「わかった。やってくれ」
「レイマ……」
ソルヤがこちらを不安そうな目で見てくる。もうずっと、彼女の笑顔を見ていない気がするな。
「大丈夫だ。俺はエルフの血が混ざってるから、魔法は少し得意なんだ。知ってるだろ」
気休めにそう言ってみたが、彼女の表情は変わらなかった。
だからといって、ここで止めるわけにもいかない。
改めて、俺は言う。強く、決意を込めて。
「プラエ、頼む」
「了解しました」
言葉に答えるように、プラエが目の前の水晶球に手をかざした。
水晶球が輝き、中に無数の魔法陣が生まれて輝く。
「守護神騎ディルクラム、起動。補助精霊、グラン・マグス接続準備」
周囲に見える外の景色に、複雑な魔法陣が混ざり始める。それだけじゃない、うなり声のような、力強い音が外から響き渡る。
それは、守護神騎が千年の時を超えて、動き出した音だ。
「レイマ様、手を」
「ああ……」
少しの躊躇の後、思い切って両手で左右それぞれの水晶球を握り込んだ。
「グラン・マグス、接続」
「ぐっ……おぉぉぉおお!」
全身に痛みが走った。鋭いものじゃない、頭の中に直接何かが入ってくる未知の感覚と、吐き気とも目眩とも着かない不快感。そして、全身を鈍痛が駆け抜ける。
「が……あ……」
呻き声が漏れた。頭の中に入ってくる何かのせいで、自分のもののはずである痛みと感覚が、まるで遠い世界の出来事のように感じられる。
今、自分がどんな有様になっているのかすらわからない。自分というものが曖昧になっていく……。
「レイマ! レイマ! 大丈夫!?」
聞こえた声に、視界が戻る。
そこにいたのは、子供の頃からずっと一緒にいた大切な家族だ。実の両親を失った後も、俺に良くしてくれた大切な人物の一人。
席を立って俺に駆け寄ろうとしている彼女を見て、俺は自分を取り戻した。
「ぐ、お、おおおおおお!」
頭を振り、どうにか意識を立て直す。頭の中に入ってきた異物の正体もわかってきた。
それは、知識だ。
ディルクラムを動かすための知識。魔王とその軍勢を打ち倒すための力の数々。
全てではないだろうが、その知識の一部が俺の頭の中に入ってきている。
知識なら、俺の得意分野だ。強引に、それをどうにか頭の中に収めようと意識する。
「……が、はぁっ、はぁっ……」
何度か大きく息を吐き、呼吸を整えるうちに落ちついてきた。
顔を上げると、ソルヤだけでなく、プラエもこちらを心配そうに見ていた。
二人に向かって聞こえるように、俺ははっきりとした口調で言う。
「行けるぞ。俺は、こいつを動かせる」
一瞬だけ、プラエの表情が和らいだ。ソルヤも安心して、改めて席に座り直す。
「操縦者レイマ・ウィクルムを登録。ゼファーラ神の名の下に、守護神騎を起動します」
水晶球に手をかざしたプラエの言葉が室内に響くと、目の前に短い一文が現れた。
そこには古い言葉でこう書かれていた。
『人の祈りに応えて来たる 我は世界を守護する者なり』
直後、視界がいきなり高くなった。
ディルクラムが立ち上がったのだ。
「守護神騎ディルクラム。起動。行けます。今度こそ……」
壁面に浮かぶ魔法陣は消えさり、視界には寂しい地下の空間が広がるのみだ。
ここの出入り口はディルクラムには小さすぎる。
そして、今の俺は、ここから地上に行って、先生達を助ける方法を知っている。
「プラエ、地上へ行けるな?」
「転移魔法で移動します。これはディルクラムの基礎機能ですので、操縦者への負担はありません」
後半の言葉を聞いて、ソルヤが安堵のため息を吐いた。
「頼む……。行き先は任せる」
「了解。ディルクラム、転移魔法起動準備……」
プラエの前の水晶球が輝き、再び壁面に魔法陣が生まれる。
それだけじゃない、ディルクラムの周囲を強い光が包み始める。
「レ、レイマ。これ、何してるの?」
「転移の魔法で、直接地上に出る」
「て、転移って。そんな奇跡みたいなことが……」
「できるさ。これは神の生み出したものだからな」
安心させるため、俺は意識して大きめの声で言う。
「行くぞ。これで皆を助ける」
その言葉に続くように、プラエが宣言する。
「ディルクラム。転移します」
光はどんどん広がり、操縦席全体を飲み込んだ。
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