9.眼差

 半精霊プラエ。守護神騎ディルクラムと共にあるという存在だ。

 その外見は人間の少女のようでありながら、本質的には精霊だという。魔法使いの中では、肉体を持つ精霊のことを半精霊と呼ぶことにしているそうだ。

 

 彼女の役目は、人類と守護神騎の仲介。乗り手を選び、共に戦うために生み出された存在だ。 

 そんな彼女もまた、いつか来る魔王軍との決戦に備え、眠りについているとされている。


 俺に聞こえた声。幻聴でないとしたら、そのプラエによるものだろう。


「本当に声が聞こえたの? レイマのことを疑うわけじゃないんだけど……」

「俺も信じられないけど。はっきり聞こえた」


 俺がディルクラムを掘り当てるまでのことを知っているだけにソルヤも素直についてくる。

 

 俺達は、その場にいた戦士の一人に下層が気になると告げ、そのまま最下層を目指していた。

 もし勘違いでも、現場の最下層に到着するだけだ。元の場所に戻ればいい。


 幸い、明かりは灯っていた。魔物が来る前に現場の準備をしていた名残かもしれない。

 目的の場所までは遠くないが、緊張と消耗の連続で、疲労が濃い。現場仕事で体力はそこそこあるつもりだが、流石に疲れた。後ろを着いてくるソルヤも同様だ。


 息を切らせながら、俺達はそこに到着した。

 とても広く、天井の高い空間。

 昼見た時と同じように、守護神騎ディルクラムが灰色の鋼の巨体を跪かせていた。


 いや、昼と違う場所があった。


「ほんとだったんだね……」

「驚きだよ……」


 ディルクラムの胸の装甲部分が開いていた。

 神の御業か、継ぎ目すらなかった場所が扉のように開き、その向こうの空間が露出していた。

 伝説では、そこは操縦席と呼ばれる場所になっているはずだ。

 

 そして、ディルクラムの操縦席から現れるものがあった。

 人影だ。それも、小さな少女の。


「レイマ……」

「大丈夫だ。敵じゃない」

 

 不安げに俺の側によるソルヤを安心させてやる。

 あの場所から出てくる存在は一人しか居ない。想像通りの展開というのを、この場合感謝すべきだろうか。


 そんな胸中とはよそに、少女は俺達の前まで歩いてきた。

 伝説通りの黒い短髪に、青い瞳。小柄な体躯に人形のような白い肌を持ち、体型がわかるくらい密着した不思議な素材の服を身につけている。

 

「半精霊、プラエ……様……でいいのかな?」

「はい。プラエとお呼びください」


 俺の問いかけに、少女――プラエは無表情で答えた。


「俺を呼んだのは、貴方だな」

「そうです。名前を聞いてもよいでしょうか。ディルクラムに選ばれた、現代の人」


 事務的な口調の問いかけだ。半精霊プラエは感情に乏しい。これも、伝説の通りだ。


「俺はレイマ・ウィクルム。この現場で働く、学者だよ。こっちはソルヤ、俺の家族だ」

「よ、宜しくお願いします」


 プラエは俺とソルヤをじっと見つめてきた。

 その瞳が、一瞬だけ青白い光を帯びた。魔法の光だ。俺達を観察しているのだろう。


「お二人とも、複数種族の血が混ざっているようですね。興味深いです」

「それは今では普通のことだ」

「……なるほど。良いことです」


 そう言うと、プラエは僅かに表情を動かして微笑みを浮かべた。


「申し訳ありません。話が逸れました。レイマ様……操縦者となって頂けないでしょうか」

「……………」

「操縦者って、ディルクラムの? 選ばれたって、なんで?」


 無言の俺と、当然の疑問を口にするソルヤ。


「ディルクラムは神が人類へもたらした、世界を守る剣。半精霊のわたしだけでは、満足に動かすことが出来ません。この世界に生きる者の力が、必要なのです」


 真っ直ぐに、黒い瞳から伸びる視線が俺を捉える。

 その存在、その役目、その使命。全てはこの世界を魔物から守るため。

 それが守護神騎ディルクラムだ。


「どうして俺が選ばれたんだ?」

「わかりません。操縦者は、ディルクラムが選ぶのです」


 本当にそうなのだろう。素直にプラエは頭を下げた。

 ここに俺を呼んだのはプラエだが、その前に呼びかけていたのはディルクラムだったってことだろうか。そう考えるのが妥当か……。

 思考の海に沈みそうになったところで、意識を立て直す。今はもっと優先すべきことがある。


「レイマがディルクラムに乗れば、みんなも、お父さんも……助かるの?」


 ソルヤの言うとおりだ。

 

 俺がディルクラムに乗れば、皆を助けられる。

 守護神騎の力は強大だ。ゴブリンもオーガもトロルも物の数じゃない。


「もし乗ったら、俺はどうなるんだ?」

「戦い続けます。魔王を倒すまで」


 俺の問いかけに、簡潔な答えが返ってきた。

 横で、ソルヤが息を呑んだのがわかった。


「つまり、操縦者を変えることはできないんだな」

「はい。ディルクラムが一度選んだ操縦者を変えるとは思えませんので」


 何か確信があるのだろう。プラエの回答は、断言といっても良いものだった。


 俺は考える。

 ここでディルクラムに乗るのはいい。大歓迎だ。皆を助けられる。それだけで十分すぎる。

 だが、その代わりに魔王との終わりがあるともしれない戦いに身を投じることになるのは?

 今この場で、そこまでの覚悟を決めろというのか……。


「ね、ねぇ。どうしてもなの? 貴方一人じゃどうしても動かせないの?」

「申し訳ありません。わたしの力不足です。わたしだけでは、ディルクラムを満足に動かすことすらできないのです……」

「そんな……レイマ……」


 涙声で、ソルヤが俺を見上げてくる。

 涙を流す茶色い瞳。近くにいると、俺よりも小柄なのを今更だけど実感する。

 いつもは元気で、頼もしさすら感じる彼女が、今はとても弱々しい。


「重ねて申し上げます。お願いします。力を貸してください」


 頭を下げ、伝説に謳われる半精霊が俺に言ってきた。

 顔を上げたその目には、懇願といってもよい感情が浮かんでいるように見える。


「地上に魔物がいることはわかってるんだな?」

「はい。わたしは、わたし達には、あれを倒す使命と義務があるのです……」


 彼女もまた、この状況をどうにもできない自身の不完全さに無念を抱いている。

 感情の有無に関してはわからない。でも、ディルクラムと共に『この世界を守るため』に生み出された彼女にとって、何もできないことはどれだけの悲しみだろうか。


「………状況を変えるには、これしかないか」


 ディルクラムはプラエだけでは動かせない。

 それはつまり、外の戦場で絶望的な防衛戦が続くと言うことを意味する。

 逃げ込んだこの発掘現場だって安全とはいえない。いつ、魔物の軍勢がなだれ込んで来るかわからない。


「半精霊プラエ。俺をディルクラムに乗せてくれ」

「そんな。でも………」


 俺に何かいいかけて、ソルヤが止まった。察しのいい彼女のことだ、俺と似たようなことを考えたんだろう。


「ただし、条件がある。ソルヤも一緒だ。家族だからな、守らなきゃならない」


 ディルクラムの中はここよりは安全だろう。伝説通りの強さなら、トロルやオーガくらいでどうにかならない。

 俺の言葉に、プラエは静かに頷いた。


「わかりました。では、お二人とも、こちらへ」


 そう言うと、プラエは足早にディルクラムの胸部へ向かって歩き出した。

 続いて歩き出した時、ふと、視線を感じて上を見上げた。


 目に入ったのはディルクラムの頭部。昼間見た時は何も見えなかった兜のような外観の部分。

 そこに、目があった。

 人間と同じような黒い瞳が、瞬きすることなく、真っ直ぐに俺を見つめていた。


「目が……昼間は無かったはずなのに」

「凄い……生きてるみたい」


 俺の言葉を聞いて、見上げたソルヤが驚きながら呟いた。

 彼女の言うとおりだ。ディルクラムの眼差しからは強い感情が伝わってきた。

 それは、決意とか、不屈とか、とても強くて、大切なものに思えた。


「私と同じく、彼も目覚めたのです。長いまどろみから」

「ずっと、この時に備えてたんだな」

「………ええ、時が来た。来てしまったのです」


 その言葉を聞いてから、俺達はディルクラムに乗り込んだ。

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