8.呼声
日頃から備えていたおかげか、慌てて準備した割には戦いは優勢に進んだ。
「二人とも、その魔法の矢は一匹を狙って撃っちゃ駄目ですよ!」
「はい!」
「わかっとるよ!」
俺と先生も魔法の矢を放つ。
空中で矢が輝き、無数の氷の矢が降り注ぐ。それ以外にも俺達の後方から色々なものが飛んでいく。
投石機から魔法が仕込まれた金属球が遙か彼方に飛んでいったと思えば爆炎と化し、本職の魔法使いが放った風や火の魔法が外壁から飛びだし、俺達以外からの魔法の矢が降り注いだと思えば、発掘現場ならいくらでもある岩が飛んでいったりもする。
こちらの攻撃に、魔物の軍勢が吹き飛ばされていく。それもかなり。
これは、いけるか……?
「攻撃を緩めるな! 相手の数が多い! 伝令! 大物狙いの指示を頼む!」
指揮官の顔に余裕はなかった。
これは多分、俺の見込みが甘いな。
気を取り直し、矢を放つ。範囲用の魔法の矢は敵が接近するまでに使い果たせと言われている。
「ゴブリンの数は大分減らせそうだな。あとは、ここの防壁がどれだけ持つか」
「派手な魔法が飛んでるから、でかいのの数は減るんじゃないですか?」
「トロルもオーガも見た目以上に頑強だ。思ったほど減らないものだよ」
先生が実感の籠もった言い方をした。
「二人とも、大物用の矢を使ってくれ! トロルが来る!」
指揮官から声がかかった。俺はそれまでの範囲用から、大物用の魔法の矢を用意する。
これは矢が巨大な岩塊になったり、当たった相手を燃やしたりする、単体用のものだ。
これを使うと言うことは、
「見えた。レイマ、落ちついて狙うんだ」
先生の言うとおり、俺の眼前には外壁くらいの身長があるトロルが向かってくるのが見えた。
「ウオオオオオオォォォオォオオ!!」
「……っ!」
身長二ミル(メートル)にも満たない人間の倍以上の体格に、岩のような皮膚を持つ化け物が、突進しながら雄叫びをあげていた。
それを見て、俺は一瞬だけすくみ上がった。巨大というだけで、圧迫感が全然違う。
「レイマ、落ち着け!」
「くそっ!」
千年前の人類は、こんなのを相手にしてたのか。
驚きと共に、矢を放つ。
俺と先生の放った矢がそれぞれ近くに来たトロルに刺さった。
魔法が発動し、片方は氷漬けに、もう片方は炎に包まれる。
「かなり有効ですね」
「神剣の大地に引きこもって千年。エルフがひたすら練り上げた魔法だからね」
いつかくる戦いに備えて、人間もエルフもドワーフもそれ以外も、ひたすら戦いの技術を積み重ねてきた。
その成果が今、試されている。
そして、大した数でもいない発掘隊が魔物の軍勢と互角以上に戦えている。これは誇るべきことだろう。本にするなら書かなければならない。
「弓矢じゃなくて紙とペンを持ちたい!」
「ワシもそう思うよ!」
自分を鼓舞するように叫びながら、俺と先生は矢を放ち続けた。
それから数時間後、夜明けの時。
外壁の一画が、トロルの突撃によって破られた。
○○○
「二人とも、ここはもう駄目だ! 後ろに下がってくれ!」
「わかった。後は頼む」
「宜しくお願いします!」
伝令から外壁が破られたことが伝えられて、すぐに俺達は後ろに下げられた。
残念ながら、これも想定内だ。指揮官を中心とした部隊を残し、戦いの専門家でない者から後ろの防壁に向かう。現場内の各所は即席の防壁で道が作られているので、逃げる時間くらいはあるはずだ。
「レイマ、先に……」
「駄目ですよ。俺と先生は一緒です。養母さんとソルヤが待ってるんですから」
「む。それもそうだね」
俺の言葉に頷いた先生は、矢筒を背負って足早に駆けだした。背の低い先生は、歩幅も小さい。無理して俺に合わせようとしないでいいのに。
外壁から降りて、防壁によっていつもと様相の違う現場内を俺と先生は駆ける。
似たような境遇のものが俺達を何人か追い抜いた。
すぐ側から叫び声と魔法の炸裂する音が聞こえる。
トロルの侵入した箇所は指揮官達がどうにかしてくれる。そう信じるしか無い。
突然、先生の歩みが止まった。
俺の足も止まる。
そこに、いるはずのない者がいたからだ。
「ソルヤ……、なんでここにいる」
俺達の経路上に、ソルヤがいた。一緒に脱出したはずの人間と合わせて六名ほどの集団だ。
ソルヤは恐怖と不安にその顔を歪めながら言った。
「お父さん、レイマ……。魔物が……、私達の前に……」
発掘現場から『始まりの街』までの道に防壁のようなものはない。
つまり、先に脱出した一団が捕捉されたのだ。
「お父さん……お母さんが……」
そこまで言うと、ソルヤはその場で泣き崩れた。先生の娘である彼女は若い女性陣のまとめ役として扱われている。ここに来るまで気を張っていたのだろう。
先生が近くによって、優しくソルヤを抱きしめる。
「母さんなら大丈夫だ。ワシと一緒に修羅場をくぐってきたんだからな」
それから、ソルヤと一緒にいた人々を見回してから聞く。
「一緒にいたのはこれで全員か?」
泣きじゃくりながらも、ソルヤは首を縦に振って肯定した。
ソルヤを初めとした人々も戦えないわけじゃない。ただ、向いていないということで脱出組に振り分けられた立場なので、戦力として期待してはいけない。
俺は空を見る。夜明けの時間が過ぎ、朝が近い。魔物の襲撃をかなり耐えた。
堅牢な場所に籠もって時間を稼げば、『始まりの街』から救援が来るはずだ。
「先生、現場に向かいますか」
「ああ、レイマ、予定を変えて現場に向かうぞ」
本来の予定では、真ん中当たりの防壁で防衛戦をするつもりだったのだが、ソルヤ達が一緒では無理だろう。
俺と先生は、二人でソルヤを立たせると。そのまま発掘現場の奥へと向かった。
できるだけ急いで。魔物と遭遇しないことを祈りながら。
○○○
攻撃魔法による灯りと轟音が響く中、俺達は発掘現場に到着した。
昼間も通った地下への扉が今は開かれている。
周辺には魔法によって即席の防壁が築かれていた。ここが最後の護りだ。壁は厚く、高く作られている。
「レイマ、ソルヤ、先に中に入っているんだ。避難して来た者を収容し終わったら、入り口を魔法で塞ぐ。時間がたったら、予備の出口を掘り進めて様子をみるんだ」
発掘現場に逃げ込んだ後、山の上の方に別の出口を作って脱出するのは前もって打ち合わせてあり、そのための道も作られている。
しかし、次に先生がやったのは予定と違う行動だった。
「使え。こっちの方が効率が良い」
そう言って、先生は懐から愛用の魔法の杖を出して、俺に渡した。
「……先生も一緒に逃げ込みましょうよ」
「駄目だ。ワシは責任者だし。皆良く戦ってくれているが明らかに手が足りない」
「父さん、駄目よ、そんなの」
動揺した俺とソルヤが言うと、先生はおどけた様子で言う。
「何言ってるんだ。別に死ぬつもりはないぞ。時間を稼いで、上手くいったら逃げる。知ってるだろう。ワシは逃げるのが得意なんだ。杖だって返して貰うぞ」
確かに、先生の昔話の中には魔物の群れから必死に逃げた話も多くある。
しかし、今この時、どこに逃げ場があるというのか……。
「行け。時間がない」
躊躇する俺の手に、先生は杖を無理矢理握らせた。
先生の魔法の杖は、使い込まれただけあって、手に馴染む感触だった。
「ソルヤ、行くぞ。時間が無い」
「そんな……」
俺の言葉に、ソルヤは何度も首を横に振ったが、しばらくして発掘現場に向かって歩き出した。
父親の覚悟が変わらないこと、それを自分が動かせないこと、共に連れてきた人々に対する責任があること。しっかり考えられる彼女の性格が足を進めたのだろう。
ソルヤに続いて、逃げ込んできた人々も中に入っていく。
遠くでまた魔法の爆炎が見えた。戦場が近づいている。指揮官達が少し向こうで防衛しているはずだが、無事だろうか。
「レイマ、家族を頼む……」
「わかりました。父さん」
真っ直ぐ目を見てそう答えてから、俺もまた、地下への入り口へと足を踏み入れた。
○○○
守護神騎発掘現場の中は、外で戦闘が起きていることが嘘のように静かだった。
明かりが灯された地下の現場は、すぐにでも発掘作業の続きができそうで、あまりにもいつも通りだ。
「奥に行けば生活用の場所がある。水も食料もあるし。とりあえず、一階層降りて、そこで落ちつこう」
「……わかった」
俺の指示に、ソルヤが静かに頷く。
振り返ると、外への入り口が見えた。まだ扉は開いている。あの向こうが戦場になっているのは、とても残念なことだ。
しばらくして、俺達は地下一階層にある休憩用の広場に到着した。
ここは初期に作られた大きめの施設で、寝床もあるし、水も食料も十分備蓄されている。
上の様子を少し見て、非常用に作られた扉を閉めるとようやく一息つけた。
ちなみに、この短い時間で俺達一行は少し人が増えた。ソルヤと同じく脱出に失敗した人達と、怪我人が運び込まれてきたのだ。
「ここならしばらく持つはずだ。『始まりの街』からの救援を待とう」
そう言うと、全員が思い思いに座ったり、話したりし始める。全員、疲労と不安の色が濃い。
ここが絶対安全とも言い切れない。早めにもっと地下へ移動するべきかもしれない。
怪我人と一緒に何人か戦士も来ていたので、相談すべきだろう。
そう考え、立ち上がろうとした時だった。
「レイマ……行かないで」
ずっと横にいたソルヤが、俺の手を握っていた。それも強く、簡単には離せないくらいに。
「貴方までいなくなったら、私、どうしたらいいの……」
「何言ってるんだ、先生も養母さんもまだどうこうなったわけじゃないだろ」
「大丈夫だと思う?」
「当たり前だろ」
「本当に?」
「…………」
その場の勢いで誤魔化せるようなものじゃない。気休めも言えない。
俺には答えようが無かった。俺だって、口にしたくないことだ。
「何とか、できればいいんだけどな……」
結局、力なくそう答えるのが精一杯だった。
俺はちょっと魔法に適性があるだけの駆け出しの学者だ。これ以上できることは無い。
それは本当に、無念な事実だ……。
どうにか頭を切り換えて、次の行動に移ろう。
そう思った時だった。
『…………来て、ください』
声が聞こえた。
「……なんだ?」
「どうしたの、レイマ」
ソルヤが心配そうな顔で俺を見ている。
「いや、声が聞こえた気がして」
極限状況の恐怖でおかしくなったか、と自分のことが心配になる。
『降りて来てください。こちらへ……』
また声が聞こえた。耳というより、頭の中に直接響くような感覚だ。
少女のもので、聞いたことの無い声だ。この現場に、戦いに向かない少年少女はいない。
ただ、学者としての俺の知識が、瞬間的にある可能性を引き出した。
「まさか、ディルクラム?」
「まさかレイマ、また聞こえたの?」
「ああ。でも前はこんなはっきりしたものじゃなかった」
俺の戸惑いをよそに、声は再び呼びかけてくる。
はっきりと、自らの意志を主張した言葉が頭の中に響く。
『地下へ来てください。守護神騎ディルクラムの場所へ』
その名を聞いて、俺は立ち上がった。手を握っていたソルヤもつられて立つ。
「やっぱり聞こえた。地下へ行くぞ」
「大丈夫なの、レイマ」
「わからない。でも、もしかしたら、皆を守れるかもしれない」
俺が言うと、少しだけ表情を明るくしたソルヤが言う。
「私も一緒よ。家族なんだからね」
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