7.襲来

 俺がいた見張り台を皮切りに、発掘現場全体に魔物襲来の報を知らせる鐘が鳴り響く。

 宴で浮かれた気分だった現場の空気が一気に緊張したのがわかる。飲んでいた連中でも酔いの浅い者は次々と自分の準備へと向かった。


 神剣の大地に生まれた者は、男女、種族に関わらず、一定の年齢になったら戦闘訓練を受ける。いつの日か来る魔王軍との決戦に備えてだ。

 この発掘現場に老人と子供はいない。いざとなれば、全員が戦いに参加できる。


 魔物が来た時の対応も、防衛する者、避難する者、避難を誘導する者などと厳密に決められている。

 俺の役目は防衛だ。優先して避難する者を送り出した後、歩いて半日の距離にある『始まりの街』から救援が来るまでできるだけ持ちこたえるのが目標になる。


 まずはソルヤ達を送り出して、それから武器を用意して外壁だ。


 これからのことを頭の中で組み立てる。ソルヤも含めた戦うのが得意でないもの、病人怪我人は優先して護衛付きで脱出する。養母さんは先生の妻ということもあって、脱出組の指揮官だ。


 対して、俺と先生は居残りだ。現場の責任者とその助手ということで、これは最初から覚悟している。

 だからこそ、俺はここでは酒を飲まないことにしていた。その習慣が役に立ってしまったのはとても残念だが。


 色々と考えているうちに、現場にある一番良い住宅に到着した。

 灯りが点いている。これなら扉を叩くまでもない、俺は迷わず中に入った。

 中に入ると、先生と養母さん、それにソルヤが室内に武器などを広げて慌ただしく準備していた。


「先生! 魔物の襲撃です! 数が多い!」

「来たか……具体的な数は?」

「百や二百じゃききません。オーガにトロルもいます」

「………。母さんとソルヤは早く人を集めて脱出を。こちらのことは気にしないように」

「わかったわ。ソルヤ、外に出て皆を集めるよ」

「うん。……レイマ、父さん」


 ソルヤが俺と養父さんを不安に揺れる瞳で見つめてくる。

 もしかしたら、彼女の心の中には、魔物と戦って死んだ俺の実父のことが去来したのかもしれない。

 思い出す。ソルヤの家で遊んでいたら、血の気が引いて真っ白な顔をした母さんがやってきたこと。それから起きた色々なことを……。


「大丈夫だ。ここには王都から来た腕利きの戦士もいる。いざとなったら発掘現場に逃げ込めば、『始まりの街』から助けが来るまで持ちこたえられるさ」

「あそこは深い上に設備が整ってるからね。いざとなれば潜り込んで魔法で入り口を閉ざしてしまうよ」


 不安を紛らわすために、俺と先生がそう言うと、ソルヤは少しだけ表情を和らげた。


「よし、行けるよ! あんた、レイマ、後で会おうね」

「うむ。早めに助けを呼んでくれ」

「まかせときな!」


 そういうと勢いよく養母さんが外に出て行った。


「レイマ、私……」

「大丈夫だ。無事に『始まりの街』についたら買い物にでも出かけよう」


 こちらをちらちら見るソルヤを、そんな気休めの言葉と共に送り出す。


 これで、室内には俺と先生だけになった。


「レイマ、実際のところどう思う」

「救援が来るまで物凄く早くて半日ちょい、微妙ですね……」


 それが、俺の所感だ。

 すでに、この発掘現場から光の魔法で『始まりの街』に向けて魔法の合図が放たれている。

 そこからは向こうの対応の早さ次第だ。しかし、魔物の大群相手となると組織だった行動の準備が必要だし、避難してくる人間への対応もある。

 半日で援軍到着というのは虫が良すぎる見方だろう。


「恐らく丸一日は必要だな……。できる限り粘って、現場に籠城だな」

「どうにかなりますかね……」


 正直、恐い。ソルヤがいる前では余裕があるようにふるまっていたが、俺はあの数を見てしまった。

 今から、正面からあれに立ち向かわなければならない。

 死んでしまう可能性は、高そうだ。


「どうにかするよ。お前だけでもな」


 そういって、俺の肩に手を置くと、先生は愛用の杖を懐にしまい外に出ていった。

 俺も慌てて、後に続いた。


○○○


 俺と先生は、東側の外壁に向かって走った。

 飲み過ぎた連中以外は既に動いている。何カ所かで土魔法の得意な者が防壁を増築しているのが目に入る。各所に保管されていた投石機などの大型武器が運び出されたりと発掘現場は砦へと姿を変えていた。


 東の外壁に到着し、上に登る。

 見張り台に登るまでもない。既に魔物の軍勢はこちらに迫っていた。


「まだ攻撃しないのか……」

「見た感じよりも距離がありますから。もっと引きつけてからじゃないと」

「なるほど。そういうものか」


 俺の呟きを聞いた近くの男が教えてくれた。彼が身につけているのは鎧兜に弓と剣。王国から派遣された歴戦の戦士で、有事は現場指揮官になる人物だった。


「ふぅ……。まったく、ワシは足が短いし歳だから時間がかかると……」


 息を切らせながら先生がやってきた。そして、眼下の景色を見下ろして、息を呑む。


「……投石機と大型魔法で出来るだけ散らして、ここでどのくらい粘れるかだな」


 流石は先生。一時期、神剣の大地の外に出て調査をしていたから経験豊富だ。俺と違って状況を的確に分析している。


「ここで時間を稼ぐのは想定内ですけど。壁を強化する時間は……ないですよね」

「ああ、だけど、別のことをやってるやつらがいる」


 男がそう言うと壁の外から声が聞こえてきた。


「おーい。そろそろハシゴ降ろしてくれんかのー」

「作業は終わりじゃ、終わり!」

「恐いのう。向こうが真っ赤じゃ」


 見れば、ドワーフ三人組が壁の外から俺達に向かって声をかけていた。

 彼らの手にはそれぞれ杖がある。


「はいよ。ちょっと待ってな!」


 男が縄ばしごを降ろすと、三人は器用に登ってきた。


「お疲れさま。苦労をかけるね」

「なんのなんの。自分のためじゃよ」

「死ぬわけにはいかんしのう」

「みんなを守るためじゃ」


 先生の言葉に三人はそれぞれ笑顔で答える。


「何をやってたんですか?」


 俺の問いかけに、三人が同時に発言した。


「穴を掘っとった。それも、でかいのを沢山」


 言われて、俺は下を見た。暗闇で穴は見えない。もしかしたら、土魔法で隠蔽もしているのかもしれない。

 魔物の多くは夜目が利くとはいえ、落とし穴は有効だろう。


「三人は後ろに下がって、引き続き頼む。ワシらは出来るだけここにいるよ」

「大先生、危ないのう」

「せめて若先生だけでも下がったらどうじゃ?」

「責任感あるのう」


 心配しつつも、ドワーフ三人組は後ろに下がっていった。

 彼らはこの現場随一の土魔法の達人だ。俺達の逃げ場を作り上げてくれるだろう。


「レイマ、何だったら下がってもいいぞ」


 先生が弓を準備しながら言ってきた。


「いえ、居させてください。俺も、戦えます」

「そうか……。ワシが下がれといったら下がってくれ」


 先生は強引な命令はしない。今のが、精一杯の言い方だ。優しい人なのだ。

 それに、ここの防衛のためにも俺と先生は必要だ。人手はいくらあってもいい。


「はい。先生の指示に従います」


 頷きながら、俺も自分の弓を用意した。


○○○


 魔物の軍勢がこちらの攻撃圏内に入ったのは深夜遅くになってからだった。


「よーし、来た来た……。まだ、まだ撃っちゃいけませんよ、二人とも」

「うむ。君の判断に従うよ」

「…………」


 先生はいつも通りの調子で。俺は緊張して何も言えない状態で弓に矢をつがえた。

 矢の先端は金属ではなく、透き通った水色の石だ。エルフのもので、氷の魔法が仕込まれている。天に向かって撃つと、無数の氷の矢が降る特別製で、数が少ない。


 指揮官の男は目の前に押し寄せる赤い目をした魔物達をじっと見据えていた。

 もはや、輝く赤い目だけでは無く、軍勢の全容が明らかになって来ていた。

 敵の先方はゴブリンだ。小柄で醜悪な外見の人型の魔物。粗末な武器を持った連中が奇声をあげながら突っ込んでくる。

 軍勢としてのゴブリンの役割は捨て駒だ。何も考えずに数で押してくる。厄介だが、対処はしやすい。落とし穴とこちらの対集団用の武装である程度どうにかなるだろう。


「やっぱりトロルとオーガもいますね。それも多い」


 大型で丈夫なオーガとトロルはこの城壁を破る可能性がある強敵だ。それが数十では効かないくらいいる。


「魔法を使ってくるようなのが混ざっていないことを祈るばかりだ」


 弓矢を構えて、狙いをつけた先生が言った。

 強い魔物になると魔法を使う者もいる。それもまた、厄介だ。見た感じ、いないように見えるが。


「魔法持ちは向こうも貴重な戦力でしょうから。これは手始めにぶつけた先遣隊だと思いたいですね」

 

 指揮官の言葉に、俺と先生は頷く。

 この場を切り抜けるためにも、相手が過剰な戦力を投入してきていないことを祈るばかりだ。


 魔物の軍勢の音が大きくなる。

 大軍勢の進軍音。それは、地鳴りのような、怒号のような、とにかく神経を不安にさせる音だ。

 

 考えてみれば、神剣の大地の近くで魔王軍の大戦力と人類が激突するのはこの千年でこれが初めてだ。


 神剣の加護がそれだけ強かったと言うことだが、ちょっと外に出ただけでこの様相とは。俺達の世界は本当に危ういところで保たれていたということか……。


「千年ぶりの魔王軍との接触に関わることになるとはな……」


 横で先生がそんなことを呟いた。

 俺と似たようなことを考えていたのだろう。


「ここを生き残って、本を書きますよ、俺は」

「ワシにも関わらせてくれ。共著にしよう」


 先生が俺を見てにやりと笑った直後だった。


「よーし、ゴブリン共が落とし穴に落ちまくった! その向こう側だ! 攻撃開始!」


 司令官の号令で、こちらの攻撃が始まった。

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