6.宴会
宴の準備は速やかに行われた。
なにせ、発掘現場にはドワーフが多い。彼らはもてなし好きで宴会好きだ。
ディルクラムが発見された報はすぐに全体にもたらされ、遺跡の最下層の拡張整備と宴の準備が平行して進められた。
クジやら何やらで負けた遺跡整備の面々は宴会への参加が遅れる代わりに、良い酒、良い食事が振る舞われることが約束され、特に問題も起きずに仕事は進む。
俺達が遺跡から出たのが夕方になる前で、空が暗くなり始める頃には、すでに発掘現場全体が賑やかになっていた。
「よおし! 飲め飲め! この現場にはゼファーラ神の加護ありだ!」
「今日はめでたい日じゃ!」
「うおおおおお!」
俺の近くでドワーフ三人組が飲み食いしながら吠えている。五月蠅い。
現場にあった木材を使って急遽作られた即席の椅子に座りながら、俺は持っていたエール入りの杯を一口飲んでから、テーブルに置く。
テーブル上にはここぞとばかりに食料庫から解放された食材を使った料理の数々が並んでいる。ここ最近、氷の魔法が得意なエルフが来て食料庫の温度を下げてくれるようになって、やっと食材の備蓄が安定してきたというのに、台無しだ。
ちなみにそのエルフはちょっと離れたところで酔いつぶれている。ドワーフ達によってたかって潰された。
俺はさりげなく、エールではなく水の入った杯を手にする。酒は飲めないわけじゃないが、あまり好きじゃない。特に、神剣の大地の外で飲むのは。
「レイマ、相変わらず飲まないのね」
「神剣の向こう側だったら少しは飲むよ」
皿に大量の料理を盛ってやってきたソルヤに言う。彼女はよく食べる。でも、太らない。何でもドワーフの血のなせる技らしい。
「どうせなら、もっと喜んだらいいのに」
「かなり喜んでるつもりなんだけど。周りの盛り上がりについて行けなくてな」
「ああ……」
ディルクラムを見つけたのはとても嬉しい。歴史的瞬間だ。この仕事に関われたことを誇りに思う。
ただ、俺以上に現場の面々が盛り上がっているのも事実だ。
この現場にいるのは、先生をはじめとして、『いつか守護神騎ディルクラムを発見する』というテーマで活動していた者が殆どだ。人生の大半を捧げてきた人だっている。
それ故に、彼らの喜びようは尋常ではなかった。
感動に泣き崩れる、喜びで走り回る、失神する。人は嬉しいときにこれほど多様な姿を見せるのかと感心するくらいだった。
今だって、酒を飲みながら泣いている者がそこかしこにいる。
かけた年月がそのまま重みになるとは言わないが、先生に誘われて何となくここに来た俺なんかよりも、彼らの気持ちの方を尊重したいと思ったら、落ちついてしまった。
「レイマは真面目よねぇ。……もっと気楽にしても……いいんじゃ……ぷはぁ! 魔法で冷やしたエールは最高ね!!」
「飲み食いしたいのか俺の人物評をしたいのかどちらかにしろ」
「じゃあ飲む」
そういって、ソルヤは俺の置いた杯をとってグビグビ飲み出した。今ので自分のは飲み終わったらしい。
「手伝い、しないでいいのか?」
「仕込みをしたから今日は休んでなだってさ、母さんが」
「なるほどね」
言いながら皿に乗っていた肉を食べつつ、遠くを見やる。
そこでは、ソルヤの歳を取らせて、背を小さくしたような外見の女性が元気よく料理やら酒やらを振る舞っていた。
「ほら、新しい料理だよ! まだまだあるから奪い合わないの! 酒? それは自分でとってきて!」
視線の先にいるのは俺の養母だ。
黙っていればドワーフ的な身長の美人なんだけど、口調が乱暴なのが特徴のご婦人である。
元はお嬢様だったらしいけど、先生の現場についてまわってるうちに、ドワーフの言葉遣いがうつったらしい。先生が飲みながら嘆いていた。
「そういや、先生は?」
先生の姿は宴の早い段階からいなくなっていた。騒ぐのが好きな人だから、普段はずっといるんだが。
「あの人なら、自分の部屋で飲んでるよ。多分、とっておきのをね!」
そういっていつの間にか接近していた養母が話しかけてきた。両手は空だ。一段落ついたらしい。
「よっと。あの人も、今日みたいな日をずっと待ってたからね。一人で思うところあるんだろうさ」
近くに入った杯を手に、俺達の隣に座る。口調は乱暴だが、その目は穏やかで優しいものだった。
「一人なんて意外。父さん、こういう時は家族で集まったりしそうなのに」
「学者としてのテーマだったからねぇ。色々あるんだろうさ」
「色々あったみたいですからね……」
俺が幼い頃から、先生は「いつかディルクラムを見つけ出す」と活動していた。苦労した時期もあったが、それがようやく実を結んだのだ。
「ほらほら、若い二人はちゃんと食べるんだよ! 何ならそのままどっかに遊びにいっといで!」
「遊びにって、この発掘現場でどこにいけと?」
「まったく、お母さんは……」
この養母は、ことあるごとに俺とソルヤを二人きりで出かけさせようとして来る。何を言いたいかはわかるが、強引だ。ちなみにこの強引さは、ソルヤの妹にも似たところがある。
「まあ、出かけるのは休暇で『始まりの街』に行った時にでもな」
「え、お休みもらえるの? 忙しくなるんじゃ?」
「大発見をしたんだから、ご褒美の一つ二つくらいあるだろうさ。二人とも、一緒に休みをとるんだよ」
「はいはい……」
「わかった。がんばる」
何を頑張るつもりなのかわからないが、ソルヤは母に向かって力強く言い切っていた。
宴はその後も夜遅くまで続いた。
皆、ここぞとばかりに騒ぐ。
それでいいと思う。これからここは人がどんどん増えて、忙しくなるだろうから。
俺は賑やかなその光景をのんびり眺めながら、これからのことを考えるのだった。
○○○
基本的に、発掘現場にいる人というのは普段は真面目に働いている。
だから、今日のような宴の時はここぞとばかりに羽目を外す者も多い。
飲んで騒いでを繰り返し、流石にそろそろ静かになってきた深夜。
俺は外を歩いていた。
流石に一晩中騒ぐのは無理なので、俺とソルヤはそこそこのところで引き上げた。
先生夫婦とソルヤは良い家を与えられているが、俺は別だ。冷遇されているわけじゃない。ちゃんと家族として扱って貰えている。土地的にも時間的にもそれほど大きな家を建てることができなかったから、別の家なのだ。
現在の俺の住居は先生が最初に暮らした小屋だ。二人住めるかどうかのギリギリの広さなので、個室として使わせて貰っている。先生の親族な上に学者という、両方の恩恵だ。
そんなわけで、静かな自室で眠ろうと思って寝床に入ったのだが、どうにも眠りに入ることが出来なかった。
神経が高ぶっているのかもしれない。なにせ、失われたディルクラムを見つけたのだ。それも第一発見者といってもいい立場なわけだし。
一人になって落ちいて色々考えてしまった影響だろう。
そう思った俺は、気持ちを整理するために深夜の散歩に繰り出すことにした。
外に出ると広場では元気な人々がまだ酒を飲んでいた。流石に大人しくはなっているが、あれは朝日が昇るまで飲み続けるだろう。
そんな彼らを軽く素通りし、俺は発掘現場の外壁に向かった。
石造りの頑丈な外壁は背後に山を背負った発掘現場を半円状に覆っている。
言うまでも無く、魔物からの守りのためだ。
神剣の大地の内側ならば加護の力で魔物はいないが、ここは外だ。すぐそこに神剣があっても、その恩恵を受けることは出来ない。
この発掘現場のために、見える範囲に見張り用の砦を作るなど、国はそれなりの準備をしてくれた。
ディルクラムが発見された以上、今後はそれも拡大されることだろう。
そんなことを考えつつ、俺は外壁に登り、いつも使っている見張り台に向かった。
そこからは、東側が良く見える。東は魔物の来る方向だ。
「やっ、お疲れ様」
「ん、なんだ、レイマか。宴会はいいのか?」
知った顔の人間が見張りをやっていたので声をかける。彼の足下には宴会の料理を食べたらしい空いた食器が複数あった。もちろん酒は無い。
「悪いな、俺達だけ楽しんで」
「いいんだ。あれは発掘隊への報酬だからな。それに、明日交代したら良い酒を貰うことになってる」
「それは悪くないな」
彼にそう返しつつ、俺は見張り台から東を見る。
真っ暗だ。何もいない。
「こんな時にも心配するとは、真面目だな」
「安心したいんだよ。魔物は恐いからな」
「ああ……そうだな。魔物は恐い」
俺の言葉に、彼は静かに頷く。この現場の大体の人間が、俺の実父が神剣の大地の外で魔物に殺されたことを知っている。
俺がつい見張り台に立ってしまうのも、そのことが原因で気になってしまうからだと思っているのだろう。当たりだが。
「静かなもんだ。魔物が攻めてくるなんて嘘みたいだ……」
「そうだな」
答えとは裏腹に、俺自身はそうは思っていない。
千年間、まったく発見できなかった守護神騎ディルクラムがこうも簡単に見つかった。
これは戦いの予兆なのではないか。守護神騎は魔王軍と戦うために神から与えられた巨人が現れたのだから。
あまり口には出さないが、学者でなくてもそのくらい考えている者は多いだろう。
「伝説の続きか……」
これからどうなっていくのか予想もつかないが、今は学者として喜ぶべきだろう。
夜風を受けながら、そんな思いに浸っていた時だった。
「なあ、今、赤い光が見えなかったか?」
見張りの男がそんなことを言った。
彼の見ている方角は東。いつも警戒している方向だ。
俺はじっと、暗闇に目をこらした。
ここから東は平原になっている。普段は何もない暗闇で、時折見張り台から合図の煙や明かりが見えたりする。
そこに、小さな赤い光が見えた。
うっすらとした、消えかけた火種のような明るさだが、そこにあるべきでない赤い光。
それは俺達が幼少に叩き込まれる、こんな常識を想起させる。
夜目の利く魔物の目は赤く光る。
「おい、不味いぞ。どんどん増えてる。見張り台は何してんだ!?」
男が叫ぶと同時、遠く離れた見張り台の周辺が急に明るくなった。
炎の灯りだ。
「嘘だろ……」
呆然とする男。
そうこうしているうちに、平原の赤い光はどんどん増えていく。
十や百では効かない、沢山だ。しかも、光の場所からいって身長の高い種族も混じっている。オーガやトロルといった厄介なのもいるかもしれない。
「合図だ! 戦闘と、離脱の用意を! 思ったよりも近づいてる!」
「くそっ! 見張り台が役に立たないじゃねぇか!」
毒づきながら、男は近くに設置されている鐘を叩き始める。
見張り台は少人数で運営されている。あの数の魔物に夜襲をかけられれば、合図をする間もなく陥落してもおかしくない。
「魔物だ-! 魔物が来たぞ! 全員起きろ! 近いぞ!」
現場全体に響く鐘の音と、見張りの悲痛な叫びを背に、俺は見張り台から飛び出していく。
そして、そのままの勢いで、皆に危機を伝えるべく、駆けだした。
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