5.神騎

 守護神騎ディルクラムの登場は千年前、魔王軍との戦争の後半になる。

 当時、人類は突如現れた魔王とその軍勢を相手に年単位の戦いを強いられ、苦戦していた。

 いや、苦戦なんてものじゃない。確実に追い詰められていた。当時を知り、今も生きているエルフがそう発言しているので間違いない。


 突然現れた魔王は、世界から魔力を吸い上げ、従僕たる魔物を次々と生み出し、それを組織して進軍した言われている。

 これは推測だ。最初に魔王軍が観測されたのは、はるか東の大陸にあったという大きな街が消えた時で。それより前のことはわからない。

 その後、戦いが進む内に魔王の能力が判明し、現在も有力な説として語られているというのが実情だ。


 魔王とその軍勢は由来不明、交渉も不能。問答無用でこの世界を侵略した。

 人類側も無力じゃない。戦って戦って戦い続け、その悉くで数に押し負けて、じりじりと生存域を狭めていった。


 人類側の人口構成比で多数を占める人間、エルフ、ドワーフは当初こそ、それぞれの勢力で動いていたものの、流石に途中から手を組んで戦うようになった。

 だが、それでも足りなかった。手を組んだ時が遅かったとかそういう話じゃない。

 「最初から一丸となって対抗しても無理だったろう」と当時の資料や今を生きるエルフは伝えている。

 単純に魔王とその軍勢が強すぎたのだ。

 そうなれば、追い詰められ、絶望する人々に出来ることは一つしか無い。

 

 神に祈ることだ。


 そして、祈りは通じた。

 

 この世界を創ったゼファーラ神は慈悲深いことで有名だ。

 ある日、天空からもたらされた鋼の巨人。人類に託された反撃の剣。

 それが、守護神騎ディルクラムだ。


 ディルクラムの登場により戦況は少しだけ好転した。守護神騎は戦線を押し返し、魔王軍を次々となぎ払った。

 千年たった現在でも、劇や詩、絵画など芸術家達が題材にしたがるような伝説を次々と打ち立てた。


 そして、その伝説の最終章。魔王との決戦。


 ディルクラムは魔王を倒せなかった。


 人々の希望を背負い、たった一騎で魔王に立ち向かったディルクラムは相手に深手を負わせ、封印のようなものを施したところで、戦う力を失ってしまった。

 戦いの結果は相打ちだ。魔王はそのまま長き眠りにつき、魔王軍は進軍を止めた。

 ディルクラムもそれ以上戦えず、世界を救うことはできなかった。


 魔王を駆逐するという使命は果たせず、失意と共に人々の元に帰還する場面は今でも語り継がれている。


 そして、ディルクラムはその場で『将来の魔王の復活と守護神騎の眠り』を宣言し、神剣を振るい、人類を新たな大地に誘う。


 神剣は人類の住まう大地を魔王軍から隠すための結界の要としてその場に残り、ディルクラムは何処かで次の決戦のために眠りにつく、それが守護神騎伝説の最後である。


 その続きが、目の前にあった。


「まるで新品だ……」


 目の前にある灰色の鎧姿を見て、驚きと共にそう漏らす。

 ディルクラムは戦って戦って、限界まで戦い尽くし、最後の力で神剣の大地を作ったとされる。

 もうどうしようもないくらい傷ついた姿だったはずだが、目の前にある現物は新品同様だ。傷一つ無く、装甲は魔法の灯りを鈍く反射している。


「そうだのう。伝説じゃともっとボロボロよなぁ」

「治したんじゃないかの。なにせ千年じゃ」

「ずっとここで眠っとったんじゃなぁ」


 ドワーフ三人組がそれぞれ言いながらつぶさに観察する。決して手は触れない。何が起こるかわからない。その辺はしっかり抑えている。


「先生……あ、そうか」


 先生の方を見ると、ディルクラムに向かって静かに目を閉じていた。

 魔力を調べているんだ。

 俺もすぐに真似をする。


 魔力は心の力だ。誰にも備わっていて、心を研ぎ澄ますことで他人の魔力を感知することが出来る。

 先生はディルクルムにそれをやっているわけだ。

 そして、どちらかというと、俺はこれが得意だった。


「……………」


 静かに目を閉じ、目の前の巨体に神経を注ぐ。

 すぐに見えた。いや、見えたいうのは正しくない。俺が捕らえたのは印象だ。

 

 その巨体に相応しくないくらいの小さな灯火。

 

 蝋燭の火のような小さな輝きがディルクラムの奥底に感じられた。

 小さな火だが、その輝きの強さは計り知れない。いざ燃え上がれば、太陽のように全てを照らしそうなほどだ。


「……生きてる」


 俺は目を開け、ディルクルムの頭部を見た。

 そこに意志を現す瞳は無いが、確かにこの中には力が眠っている。


「そのようだな。レイマ、魔力以外に何か感じないか? 声とか」

「そういえば、全然ありませんね」


 ついさっき、穴を掘った時にも不思議な感覚はあったというのに、いざ目の前に来ると何も感じない。


「やっぱり俺の勘違いだったのかな?」

「勘違いでああも正確に遺跡を当てられるものとは思えない。レイマが『呼ばれた』のなら、その目的が果たされたから、聞こえなくなったのかも知れないね」


 そう言って、先生は魔法具で光源を生み出しながらディルクラムに近づき。


「よいしょっと」


 手近にあった脚の部分に手を触れた。


「ちょ、先生! 危ないですよ!」

「危ないもんか。ディルクラムは我々の味方だ。触れたくらいで何も起きないだろう」

「た、確かに」


 たしかにそうだ。これが魔物相手だったら消し飛ばすくらいしそうだけど。

 先生の言葉を聞いたドワーフ三人組が騒ぎ出して「わしもわしも」とかいいながらぺたぺた触り出すが、本当に何も起きない。

 試しに俺も触れてみたが、変化なしだ。あの呼び声は何だったんだ、いったい。


「なんもできませんね」

「うん、そうだね」

「じゃな」「だのう」「ふむ」


 俺達は全員で途方に暮れていた。

 ディルクラムを見つけたはいいが、これ以上手の出しようが無かった。

 正直、俺が近づいたら動いてくれるかな、という期待もちょっとだけあったのだが、無残に打ち砕かれた。


 ディルクラムは神の生み出した物。調べるなら、神官なり魔法使いなりの専門家が必要だ。


「よし、とりあえず次の作業だ。上に連絡してここを現場として整える、あと関係各所への連絡だな。色々な人がこれから来るだろうから、態勢を見直さないと」

「そ、そっか。ディルクラムですもんね、これ」


 先生は静かに頷く。


「一度上に行こう。あ、そうだ。宴会の用意もしないと」


 思い出したように出た言葉にドワーフ達が歓声をあげた。


「いいんですか、物資を使って?」

「いいさ。どうせ、これから忙しくなる。宴会くらいしてもいいだろう」

 

 そう言って先生は悪戯っぽく笑って見せた。

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