4.伝説
遺跡の最下層。そこに儲けられた小さな拠点。
そこは十人も入ればいっぱいの部屋だ。まだ新しく、壁や床の作りも雑だし。物も適当に積み上げられている。
俺達はそこに運んできた荷物を置くと、発掘のための道具だけを持って、その先の廊下に向かう。
「さてさて、この先に何があるか実に楽しみだ」
「歴史的な瞬間に立ち会えるかもしれんと思うと楽しみじゃ」
そうじゃそうじゃ、と周りのドワーフが頷く。
何故ここが暫定的に最下層と呼ばれているか。
その理由は、今歩いている廊下にある。
それまで掘れば出てくるのは階段ばかりだったのに、今度は真っ直ぐな通路。これはいよいよ到着か、となったわけだ。
廊下を歩く発掘隊は五人。俺と先生と三人組のドワーフだ。現場の話し合いで、ベテラン四人と駆け出しながら貢献のあった俺という構成でここの仕事に当たることになった。
発掘隊はすぐに壁に突き当たる。普通の、土の壁だ。怪しい匂いも水の音もしない。
周囲の綺麗な廊下が浮いている。変な光景だった。
ツルハシにシャベルに魔法の杖、全員で道具を構えると話が始まる。
「多分、すぐに穴が空くと思うんじゃが。やっぱり大先生に任せるべきかの?」
「そうじゃな。ここは先生の現場じゃしのう」
議題は誰が最初にこの先に一番乗りするかだった。
ちなみに昼飯を食う前からずっと話し合っている。状況的に先生でいいと思うんだが。一番乗りは嬉しいものなので、心情的には何ともいえないものがあるらしい。
俺は駆け出しで一番の下っ端なので黙っていた。若先生なんて言われてるが、知識も経験も頼りない新人だ。
「ふむ……。よし、レイマにやらせよう」
「はいぃ!?」
先生の発言に変な声が出た。
「若先生か。それもよかろう。ここまでの功労者じゃしの」
「そうじゃのう。精霊の囁き声を聞いた者じゃしな」
「んだんだ。それに、大先生の息子さんには手柄を立てて偉くなって貰わにゃあ」
ドワーフ三人組がにこにこしながら俺の方を見ながら言った。最初からその予定だったな……。
こいつらは親切で良い奴らなんだが、こういうところがある。いや、気をつかってくれるのは有り難くて恐縮するんだけど。
「レイマ、やってくれるか?」
そういいながら、先生が発掘で大きく掘り進む時用の杖を渡してくる。棒の先に宝石がついた腕の半分くらいの長さの魔法の杖。無骨だが、年季の入った愛用の逸品だ。
杖を受け取りながら、俺は答える。
「本当に俺でいいんですか?」
「当たり前だ。息子なんだからな」
「……ありがとうございます。父さん」
それ以上、言葉が出なかった。学者なんていって、それなりに学問を修めていて、それなりに言葉も知っているつもりだったが、こういう時にどんな返事をすればいいのかわからない。
「じゃあ、いきます」
「おう。土の処理は任せとけ」
歴史学者の端くれとして、俺も土魔法はそれなりに使いこなせる。先生の杖を壁に向け、意識を集中する。先端の宝玉が輝き。土が軟らかくなり、ゆっくりとどかされていく。
道を……、道を……。
俺は杖を手に、心に念じる。魔法は心の力だ。俺の意志がいかに強いかで結果が変わる。
呪文を唱えることでより強く、確実に発動するのだが、この杖は先端の宝玉に一通りの土魔法が仕込まれているので、念じるだけで効果が現れる。
どかされた土を、ドワーフ三人がどんどん片づけてくれる。流石に手早い。
先生は後ろから見守ってくれている。それだけで頼もしい。
俺の身長くらいの穴が出来て、少しずつ広がっていき、三歩分くらい掘り進んだ時だろうか。
いきなり、魔法の手応えが無くなった。
見れば音も無く、目の前に穴が空いていた。
間違いない、予想通り、空間に到達したみたいだ。
「…………ぐっ」
穴の向こうから、何かが来た。いや、吹いてきたのは冷たい風、それだけだ。
だが、一瞬だが凄い圧迫感を感じた。近い感覚は、学院で大勢の前で発表した時、何百人から注目される視線を感じた時のことだろうか。
やはり、いるのか。
自然、そんな思考になる。
「どうした、レイマ!」
後ろから先生の慌てた声が聞こえた。
どうやら、少しぼうっとしてしまったらしい。毒の空気にでも当たったと思われたのかもしれない。
「平気です。いきなりなんで驚いて。穴、あけますね」
「うむ。気を付けてな」
俺は穴を広げる。ドワーフ達は奥を気にしながらも凄い速さで作業する。早く先を見たくて仕方ないのだろう。俺もだ。
数分後、穴は空き、俺達は巨大空間に入った最初の五人になった。
全員で灯りの魔法を使い、光源を周囲に浮かべる。念のため、魔物に警戒しながら進むが、不思議とそんなものはいないと確信できた。
「こりゃあ、思ったより広いのう……」
「天井の高さ……二〇ミル以上あるんじゃないかのう」
「奥行きはもっとありそうだのう」
ドワーフ三人組が興奮気味に周囲を見ながら騒ぎ出す。
対して先生はというと、静かだ。
「…………ふむ」
そこにいたのは経験豊富な学者だった。
先生は深い知識と経験を秘めた眼差しで空間をつぶさに観察している。そこにあるほんの少しの情報も逃さないと言わんばかりに。
それでこそ、先生だ。
俺も同じように、落ちついて周囲を見回す。こういう時こそ、落ちついて観察しなければならない。
ドワーフ達が次々と光源を生み出すおかげで、少しずつ室内の全容が明らかになっていく。
感覚を研ぎ澄ます。この部屋への穴が空いたとき、何かを感じた。
ここに至るまでに俺を呼んだ何かがここにあるずだ。
「…………あった」
それは確かにそこにあった。
それまで目に入らなかったのが不思議なくらいだ。確かに、室内は広く、その存在は壁際にいたのだが、なぜ気づかなかったのだろう。
俺は吸い寄せられるようにそちらに向かって歩く。
俺だけじゃない。先生も、ドワーフ達も後に続いていく。全員が無言だ。言葉を発することすらためらわれた。
そこにいたのは膝を立てて座る、巨大な鎧だった。
言うならば灰色の巨大な全身鎧。腕も脚も作りには優美さは無く、四角い感じの無骨な外観。
立ち上がった時の大きさは十八ミル(メートル)だというが、実物はそれ以上に見える迫力があった。
面頬を降ろした兜のような頭部と両肩からは角のような突起が飛び出ている。
頭部の目があるべき場所は暗闇に包まれていてわからない。
伝説によると怒りの炎に燃えていたというが……。
最初に正面に立った俺は、そこまで確認して、巨体の名前を呼ぶ。
「守護神騎ディルクラム…………」
伝説が、そこに鎮座していた。
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