3.階段

 昼食を終えた後、俺と先生、それと発掘隊の面々は現場に戻った。


 山崩れから現れた四角い人工物。そこに発掘隊が取り付けられた扉を潜る。中に明かりはついているが、薄暗いため何人かが魔法で周囲に光球を浮かべ、俺達は廊下を進む。


 そう、廊下だ。先生達が最初にここに来て、ドワーフが試しに土魔法で人工物に穴を空けると内部には空間があった。


 そこにあったのは奥に続く長い廊下。発掘隊の全員がそう判断した。

 それからこの現場は建物、あるいは遺跡だと判断され、人を集めて内部調査が進められたわけだ。


 廊下をしばらく歩くと行き止まりに突き当たる。

 最初は遺跡はここで終わっていた。発掘隊の本格的な仕事の始まりはここからだった。


 ドワーフは自らの手と道具で穴を掘ることもできるが、大きな工事では土魔法を使うことが多い。土魔法はその名の通り、土を操る魔法だ。土を石に変えたり、動かしたり、色々とできる。


 先生とドワーフ達は行き止まりに突き当たる度に、大体の方向を定め、土魔法で掘り進むということを繰り返した。


 おかげでこの遺跡の地上部分や地下の浅い階層は結構広い空間が出来ていて、発掘隊の休憩所なんかが作られている。


「よし、全員下に運ぶ荷物はもっているな。……なんか少なくないかね?」

「昼のうちに仲間が降ろしてくれてたんで、最小限でさぁ」

「そうなの? ちゃんと休憩はとっておいてくれよ」

「言われなくとも。ドワーフが土掘りで倒れたら笑いものでさぁ」


 がはは、と俺の周りにいたドワーフたちが大笑いする。

 発掘隊の種族構成は人間とドワーフが大半だ。エルフは一割もいない。

 エルフは風と水が得意なので、こういうのにはあまり向いていない。いると生活水準が上がるので助かるけど。


 ちなみに人間は全ての魔法が万遍なく使えるが、個人差が大きい。俺は先祖にエルフの血が入ってるおかげで風の魔法が得意だ。


「やれやれ、階段かぁ……」

「若先生、若いんだから文句いいなさんな。大先生なんか元気に上り下りしちょる」

「先生はドワーフの血が濃いからここにいるだけで元気になるんですよ……」


 ここから先は長い階段だ。昇降機の設置も検討されているがなかなか進んでいない。

 ドワーフとしての特徴が出ていることもあってか、先生は現場のドワーフ達にとても良く慕われている。今だって、先生が余り荷物を持たないでいいように、事前に色々やってくれていた。


 ちなみに若先生もいうのは俺のことで、大先生というのは先生のことである。恥ずかしいのだけど、いつの間にか、なんとなく、その呼び方が定着してしまった。


 ロープと魔法用の杖、それにシャベルやら刷毛やら、細かい発掘用品と水と食料。そんなものが入った袋を背負う。重いが、それほど辛くない。

 ここから先は階段だ。


「よっしゃ、行くとするぞい。休憩をとりながらな!」


 賑やかなドワーフ達と一緒に、俺は階段を降りるのだった。


○○○


 この遺跡には二種類の階段がある。

 一つは発掘隊が作った物だ。

 下に何かしらの空間があると推測し、魔法やらで地下を掘り進むうちに作り上げた階段。ドワーフ作りなのでなかなか頑丈だし、出来映えは良いが、素材はその辺の石やら持ち込んだ木やら魔法で固めた土なので見た目はまちまちだ。

 壁や天井も同様で、光源として松明だったり光の魔法具が置いている。


 魔法具というのは魔法を封じた道具だ。強い魔法を封じるのは難しいので、灯りや着火といった簡単な魔法で作られることが多い。

 ここの場合、壁にかかった光源の半分くらいは透明なガラスに封じられた魔法具になっている。


 そしてもう一種類の階段。

 こちらは、もともとこの現場にあったものだ。

 この階段は地面を下に向かうと突然出てくる。

 いきなり数段から十数段分の階段が現れ、その先が無いという感じで見つかるのだが、どうも、ドワーフ達が言うには『まるで作ってる途中みたいだ』といった具合らしい。


 確かにその透りで、三階の途中にあったり、五階からちょっとだけ出てきたりと、とにかくよくわからない。

 作りはしっかりしていて、継ぎ目も何も無い綺麗で精巧な階段と通路が突然現れるのだ。


 よくわからなくても、発掘の指針にはなる。

 階段は直線ではなく、途中で折り返し、踊り場があったりする形で少しずつ地下深くへと発掘隊を誘っていた。

 俺達は途中に空間を作って拠点を設けつつすすんだ。風と水魔法の得意なエルフに協力して貰って空気と水の確保も忘れない。

 

 俺達はそんな各所に立ち寄りつつ、地下へと降りていく。

 先は長い。今、この遺跡の最深部まではちょっとした城が一つ入るくらいの深さがある。


「それにしてもまあ、若先生が来てから半年で一気に進んだなぁ」

「俺も驚いてますよ……」

「実はドワーフの血とか引いとるんじゃないのか?」

「いや、それは……」


 俺が先生の方を見ると、荷物少なめに元気に階段を降りていた先生は足をとめてこちらに振り向いた。


「いや、たしか、レイマの家系にはドワーフは入ってなかったはずなんだが」

「む、それは残念」


 先生の言葉にドワーフが本当に残念そうにする。

 俺は先生の家族だが、血は繋がっていない。小さい頃に両親が他界し、その友人である先生に引き取られ、育てられた。


 親父は王国騎士団の下部組織に所属する戦士で、神剣の大地の外を警戒する任務中に魔物と戦い命を落とした。 

 元々体と心が弱かった母はその事実に耐えきれず、それから何年かして命を絶った……。

 小さな頃のことで、記憶の怪しい所はあるが、嫌な記憶として俺の中に残っている。

 

 昔のことはともかく、俺の家系については先生の方が詳しい。ドワーフの血が入っていないのは間違いないだろう。

.

「じゃあ、やっぱり若先生は精霊に呼ばれておるんかのう」

「精霊ねぇ……。何とも言えないですよ」


 俺が先生に呼ばれて学院からここに来たのは半年前。

 当時はまだ上層しか掘れていなくて、どこに先があるか皆で悩んでいた時期だった。

 そんなところに俺が入った時、声が聞こえたような気がした。

 

 声というのも正しくは無い。気配というべきだろうか。誰かに呼ばれているような、そんな気がしたのだ。漠然とした、感覚的な話だ。


 感覚は大切だ。魔法を使えるものは感覚を大事にしている。

 火に水に風に土、魔法というものは非常に曖昧だが、確かに存在する力だ。

 使う際に魔力や魔法の力といったものを意識できるかどうかの感覚が、そのまま才能に直結する。


 そんな事情もあり、俺の「なんかこっちから声が聞こえる」という話に乗った先生達が試しに掘ってみた。

 大当たりだった。


 そこからは早かった。

 なんだかよくわからない俺の感覚に従って掘るだけで、次々と遺跡の先が現れた。

 結果の出ている発掘現場には予算がつき、規模が拡大し、人手が増えて更に作業が進む。


 俺を呼ぶ声は少しずつ確かなものとなり。ついに今日の午前中、この先に大きな空間があるだろうという場所まで到達した。


 そしてこれから、俺達はその空間への最後の壁を掘り進むわけだ。

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