2.発掘

 神剣の大地。

 俺達が生きる世界を、人々はそう呼んでいる。

 その名の通り、神剣によって作り出された世界だからだ。

 

 千年前のことだ。

 魔王軍の猛攻によって進退窮まった人類は世界の果てと呼ばれた山脈に追い込まれた。


 戦いつつも人類は全滅寸前まで追い詰められた。

 しかし、その時、ある存在によって、山脈目掛けて神剣による一撃が放たれ、山容と大地が大きく削られた。


 出来上がったのは東西南北を高い峰に囲まれた天然の要塞だ。

 入り口となりうる狭い谷には神剣が突き立てられ、魔王軍から身を隠す守護の剣となった。


 広大な山脈があった場所に、神剣の一撃によって作り上げられた狭い世界。

 それが、俺達の生きる世界の全てだった。


「今日は天気がいいから良く見えるなぁ」


 見張り台の上から西側を眺めながら、俺は一人そんなことを呟く。

 視線の先にあるのは申し訳程度の草原、彼方にある高い山々。

 その間に位置する谷底のような狭い道を塞ぐように突き立った、一本の剣だ。


 俺が今いる場所から、剣のある場所までゆっくり歩けば半日はかかる。

 そんな遠くにある剣が肉眼で確認できるのは、単にそれが大きいからだ。


 神剣リ・ヴェルタス。

 千年前、魔王軍に追い詰められた人類を生かすために突き立てられた剣。

 それを扱ったのは全長18ミル(メートル)にも及ぶ鋼の巨人だったと伝えられている。


 天気のいい日、気が向いたら見張り台から神剣と周辺を見張るのは俺の日課だ。


 見張りの人間はちゃんといるが、一人くらい多く気を払うものがいても、誰も気にしない。ここでは心配性なくらいがちょうどいいと皆わかっている。


 春の気持ちの良い日差しと空気を感じながら、俺は変わらない景色に満足していた。


 視線を西から東へゆっくりを流し、何も異常がないことを確認していると、足下から声がかかった。


「レイマ! ご飯の時間だよ! ほら、降りてきて!」


 視線を下に向けると、見知った顔がいた。

 茶色い髪と茶色い瞳をもった女性だ。汚れてもよい簡素な衣服とエプロンというこの場所らしい服装。

 一九歳という年齢だが、少女と言うには成長している体格。優しさと芯の強さが感じられる、整った顔つき。


 彼女はソルヤ。俺の一個下で、俺の……家族だ。

 俺が見張り台を降りると、ソルヤが呆れたように言う。


「あのねレイマ。見張りは悪いことじゃないよ。でも、上がってきてご飯を待つちょっとの間くらい大人しくできないの?」

「悪いな。探させちまったか」

「そうよ。少しは反省しなさい。まったく、お父さん達は大人しくしてるのに……」

「いつも感謝してるよ」

「知ってる。ほら、行こ」


 少しの会話の後、俺達は歩き出す。

 俺達は周囲に建築された木造の家々の間を縫って地面を固めただけの道を行く。


「まるで村みたいになってきたな」

「そうね、発掘現場だってことを忘れそうになるわ」


 俺達がいるのは発掘現場だ。俺がやってきたのは半年前。ここは、作業が進むにつれて少しずつ周囲の状況が良くなっている。


 木製だった柵はドワーフの手で頑強な石壁に。粗末だった小屋は立派な住宅に。

 出入りする行商人まで現れ、作業する人も増え、どんどん賑やかになっていくのがこの現場だった。


「それで、若先生的にはどうなの? 午後から行くんでしょ?」

「ああ、どうだろうな。俺にも良くわからない。でも、当たりな気がする」

「そう、私は信じるよ。レイマのこと」

「ソルヤ……」


 長い付き合いの家族からの信頼に胸が熱くなる。


「だって私、レイマの勘が当たってる方に賭けてるんだから」


 物凄い私欲から出た信頼だった。


「……酷い話だ。いつの間に賭けなんてしてたんだ?」

「前からよ。主催はお父さん」

「ちょっとまて、先生はどっちにかけてるんだ?」

「聞かない方がいいと思うけど?」


 にこにこ笑いながら、ソルヤが言う。

 あの先生のことだ、俺の勘が外れる方に賭けてる可能性が高い。


「まあ、どっちになっても、我が家の懐は痛まないってこと。いいでしょ?」

「ああ、それはいいな。いや、ほんとにいいのか?」


 ショックを受ける俺の前に、目的地が見えてきた。

 頑丈な木材を組み上げて作られた屋根だけの空間。

 発掘現場の食堂だ。

 近づいただけで良い匂いが空腹を刺激してくる。


「さ、ご飯を食べて午後も頑張りましょ」

 

 ソルヤの笑顔に俺は頷く。賭けについては後で詳しく聞くとしよう。状況によっては俺も賭ける。外れる方に……。


 そんなわけで、俺はソルヤの後について、食堂へ入った。


 俺はレイマ。駆け出しの歴史学者だ。

 そして、ここは俺の最初の仕事場。

 

 その名を『守護神騎発掘現場』という。



○○○


 食堂の中は人でいっぱいだ。

 いるのは当然、人間だけじゃない。人間、ドワーフ、それとエルフが少し。更に、殆どがどれか二種族の特徴が出ている。

 この世界では、混血が進んでいる。


 俺達は世界から種族まで全て、ゼファーラ神によって生み出された。だから、種族を超えて交配が可能だ。


 この神剣の大地に人類が逃げ込んだ当初、絶望的なまでに少なかった人口。それをどうにかするために、人々は種族を超えて暮らすことを選択した。


 それまであったという混血に対する差別をするどころじゃない、それくらいに追い込まれて、神剣の大地に逃げ込んだんだ。


 何より人類は数を増やし、強くなる必要があった。

 いつの日か、元の世界を魔王軍から取り戻すため。できる限り早く、確実に力を取り戻すための選択だ。


 実は、俺の家系も先祖にエルフの血が混じっている。見た目にそれほど強く出ていないが、魔法に対する適性が比較的高いのが特徴だ。親譲りの赤い髪が少し薄い色をしているのもその影響だと聞かされたことがある。


「おう。こっちだ、レイマ。席をとっておいたぞ」


 背が低く、ごつい人間が声をかけてきた。

 ソルヤの父。そして、俺の養父である先生だ。

 先生はこの発掘現場の責任者だ。知識と人格の双方を兼ね備えた学者としてあらゆる方面に信頼が厚い。

 ソルヤと外見が似ていないが、それは先生が先祖のドワーフの特徴が強く出たからだと言う。その穏やかな性格や気配りできるところは、親子でよく似ている。


 先生の周りには空いている二つの席。俺とソルヤの分だ。

 どうやら、現場の皆が先生や俺に気をつかって、席を用意してくれていたらしい。


「ありがとうございます。先生」

「先生じゃなくてお父さんでもいいんだぞ。飯時は仕事じゃないんだからな」

「お父さんは男の子が欲しかったから、レイマに甘い所があるのよね」

「別にレイマだけじゃないさ。子供は全員いつまでも可愛い。ほら、お前も休憩だろう?」

「まあ、そうだけど」


 促されてソルヤが席に座る。ちなみに養母もここで働いている。

 ソルヤと二人で食堂の親分みたいになっていて、今もどこかで忙しく働いているはずだ。

 ここでの生活は忙しい。『守護神騎発掘計画』は国をあげての仕事なのだから。


 パンと肉とスープを口に運んで、水を一杯飲んでから俺は言う。 


「うん。やっぱ美味いな、ここのご飯は」

「輸送状況がよくなるにつれて、どんどん豪華になるな。皆が良い仕事をしてくれた」

「ここは作ってる人を褒めるところでしょ?」


 食事の中には新鮮な野菜まであった。少し前に、近くの『始まりの街』までドワーフが石畳の道を作ってくれたおかげで、色んな物が早く届くようになった。

 勿論、作ってくれる人の腕もある。何にせよ、美味しい食事は有り難いものだ。


「俺は感謝してるよ。道もご飯も作ってくれた人に」

「そうだな。ワシもそう思うよ」

「ありがと。それで、発掘はどうなの? 午後から本命なんでしょう?」

「ああ、それだ。レイマの言うとおりの方向をドワーフ達が調べたんだが、確かに巨大な空間があるようでな。午後すぐには到達するはずだ」

「ほんと! 凄い!」


 そういうソルヤはこちらを見ていた。俺を褒めたいのだろう。

 対する俺はというと、微妙な反応を返すしかない。


「なんか、どう反応していいかわかりませんね」

「微妙な反応ね……。もっと喜んでもいいんじゃない?」

「そりゃ、戸惑うだろうよ。なんせ地下を掘ってる時に『なんか呼んでいる気がする』とか言い出して、試しに言われた通り掘ってみたら大当たりなんだからなあ」

「この現場が見つかった時並の驚きでしたよ……」


 この発掘現場は、ある日突然発見された。

 定期的に神剣の大地の外を偵察する部隊が見つけた山崩れ。その一部が人工物に見えたという報告がきっかけだ。

 そこを先生を初めとした調査隊が確認したところ、人工物はなんらかの魔法による建造物だと判明した。


 神剣の近くという場所、魔物の気配の無い人工物であること。

 それらから、ここは千年前に失われた『守護神騎ディルクラム』が眠る場所では無いかと推測された。


 ちょうど俺は学院を出たばかりの駆け出しの学者で、先生の誘いを受けて途中から発掘作業に参加させて貰うことになった。

 そのうちなんだか現場の規模が多くなり、人手不足だったのもあって養母とソルヤまでやってきて、現在に至る。


「やっぱり聞こえてたんじゃないか? 精霊の囁き声が」

「囁き声なんて、そんな具体的なものじゃないですよ。それに知ってるでしょう。俺は魔法の適性はあるけれど、飛び抜けているわけじゃない」


 精霊とは体が魔法で構築されているという神が生み出す特殊な存在だ。

 神話なんかでは神の使いとして現れ、何かしらの助言や助力をしてくれるのが定番である。

 どういうわけか、俺は発掘現場に入るなり、ずっと誰かに呼ばれている気がしたのだ。

 遺跡を掘るほどその感覚は明確になり、試しに先生に話して作業に生かしてみたら、結果がついてきた。


 ディルクラムにも精霊がいたという伝説もあり、俺は『精霊に囁かれている』と言われるようになった。

 実際、可能性としては無い話ではないとは思うんだが。文献によると、精霊の呼び声というのはもっと明確なものであることが多いので、今ひとつ確信が持てない。


「まあ、何にせよ。発掘が順調なのはいいことだ。午後にはここに何が埋まってるかの結果もわかる。……大はずれかもしれんがな」

「それはそれで、面白いですね」

「確かにな」

「何が面白いの? ディルクラムを探してるんでしょ?」

「だからだよ。また、ディルクラムを探す楽しみができる」

「その通りだ。わかってきたじゃないか、息子よ!」


 俺と先生はそのまま二人で笑い合う。

 横ではソルヤが呆れた顔で俺達を見ていた。


「ところで先生、俺の勘が当たってるかどうか賭けをしてると聞いたんですが」

「ちょっとおかわりもらってくる」


 俺が本題を切り出すと、先生はその場から逃げ出した。

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