かいじゅう
曾根崎十三
かいじゅう
お腹が空いたのでとりあえずUber EATSの男を襲った。Uber EATSのことはよく知らないが、何だか最近流行っている運び屋らしいということを知っていたので、まぁ初めてだけどイケるだろうと思った。Uber EATSのリュックを背負った男はなかなかガタイがよく、脂身が少なく骨太で大きさの割に食べ応えがなかった。筋トレしている人が好みそうな肉感だ。ほら、サラダチキンとかそうい系だ。脂が少ない。筋肉を食べて筋肉を育てる。賢い人の脳を食べたら賢くなれるんだろうか。骨に付いた肉をしゃぶって吐き出すと、転がってった骨の先で鼻血を出した少女がでくの坊のように突っ立っていた。右の鼻の穴だった。鼻血の話である。黒っぽい血をズズっと彼女は鼻血を啜った。色からして恐らく静脈の血なのだろう。鼻血が顎を伝ってぽたぽたと落ちている。口の中にいくらか入ってそうだ。じっ、と上目遣いで私を見つめている。私の腰ほどもない背丈だ。ノースリーブのワンピースの肩紐がズレている。髪の毛もぼさぼさだ。寝起きなのだろうか。
「お父ちゃんのマクドナルド」
少女がUber EATSのリュックを指差した。おお、どうやら私が食べた彼はデリバリーをしていたらしい。これは可哀想なことをした。なんという失態。
「これはこれは失礼しました。こちらはいじってないのできっと大丈夫でしょう」
そう言いながら四角いリュックを開くと、生臭い。中に三角座りをした全裸の嬰児の死体があった。確かにちょうど良い大きさではある。Uber EATSの鞄はこのために存在しているのではないかお思えるレベル感のジャストサイズ。王将のジャストサイズくらいジャストサイズ。王将のジャストサイズも盗み聞いた会話でしか知らないけど。
「これがマクドナルド?」
とりあえず少女に訊いてみたが、ふるふると首を横に振った。たしかに、何となく知ってる範囲でも違う気はしていた。やはりマクドナルドではないようだ。王将は知ってるのにマクドナルドは知らないんですか、と誰かの声が聞こえた気もするが気にしない。死体は確かに傷み始めているし、仮にマクドナルドだったとしてこれでは食べられたものではないだろう。
「マクドナルド受け取れないとまたお父ちゃんにぶたれる」
少女の鼻の下の溝で赤い鼻風船がぷくぅ、と膨らんで、パチン、と弾けた。はて、困ったものだ。私にできることは何だろう。申し訳ないことをした。もしかしたら少女が待っていたのはこのUber EATSではないUber EATSなのかもしれない。Uber EATSというのは一人でしているわけではないし、探せばその辺りにごろごろいる。それくらいはさすがに知っている。私が食べてしまった彼に訊けば分かったかもしれないが、骨だけになってしまった彼に最早尋ねる術はない。
「じゃあ、一緒に探す?」
私の提案に少女が快諾したので、私は彼女をひょいと持ち上げて肩に乗せた。きゃっきゃと笑う。小さな手で私の頭にしがみつく。のっしのっしと外灯の明るい通りに出る。大通りの方がUber EATSがたくさんいることだろう。とりあえずUber EATSを見つけたら、片っ端から目からビームを放ってロゴが入ったリュックを強奪した。熱光線で焼き払われた配達人はみんなしっかりUber EATSのリュックサックを残してくれたので、私たちはわくわくしながらそれを開くのだが、どれもこれも出てくるのは三角座りをした嬰児の死体ばかりだった。しっかりした作りなので、溢れ出ることなくビチッと収まっている。こんなことを言うのは死人に良くないだろうが、少し気持ち悪いくらいだ。ハズレばかりだ。当たりはどれくらいの確率で出るのだろうか。サマージャンボの一等よりは容易であって欲しい。一体彼らは嬰児の死体をどこの誰に引き渡すつもりだったのだろう。とはいえ、運んでいた彼らは蒸発してしまったし、私たちには知りようがないし、知る必要もない。知りたいとも思わない。マクドナルドが手に入ればそれで良い。さて、どこにあるのか。どのUber EATSが持っているのだろうか。
「ないねぇ」
少女が耳元で溜め息をつく。なまぬるい吐息が耳をくすぐる。
「でもカイジュウさんは強いね」
どうやら私はカイジュウというらしい。
「じゃあ、もしもの時はこのまま逃げれば良い」
彼女は何も答えなかった。
「何でもやっつけられるし」
何ならお父ちゃんとやらもビームで溶かせば良いのである。マクドナルドを探すことよりも容易に思えた。しかし当の本人がそれを望んでいないようなので選択肢からは除外することにした。
Uber EATSを焼き払いながらずんずん進んでいくと、汚いアパートにたどり着いた。ビームをたくさん出して腹が減ったので、アパートの前でまさにリュックを背負おうとしているUber EATSをへし折って食べた。それを見てキャッキャと笑っていたので、少女にも一口サイズにちぎって勧めたが、私の頭の後ろへ顔を隠して嫌がった。食べるのは嫌らしい。建物全体がどことなくカビ臭い。きっと大雨が降れば雨漏りをするだろう。剥き出しのコンクリートの廊下に目をやると、チカチカと切れかかった電球の下で股から血を流した女がUber EATSのリュックをごそごそとしていた。女からリュックを取り上げてのぞき込んでみると、文字通り血まみれの真っ赤な赤子が死んでいた。しかし赤子は見ているうちにむくむくと大きくなっている。こういうことだったのか。あの嬰児たちはまるで人間として生きられなかった赤子が根性と惰性で死んだまま成長した姿らしい。料理を作るときの余熱に似ている。嬰児の死体がみっちりきっちりと収まっているのはUber EATSのリュックが頑丈だからこれ以上大きくなれなかったのか、それとも余熱がなくなったのか。
「カイジュウさんだ」
上目遣いで女が言った。死んだような濁った目をしていた。そう言っているそばから彼女の股から赤子の死体がボトンとずり落ちてきた。女が殺したわけではないのだ。私は安心したが、悲しくなった。女は少女だった。それは私でも分かった。そしてまた少女は女になるのである。それが私には悲しい事実だった。
「マクドナルド見つけてくれた?」
女の言葉に、私の代わりに少女が首を振ったのが分かった。
「またお父ちゃんにぶたれる」
女の口からポロリと白い歯が落ちた。欠けたのではなく、ちゃんと歯の形をしたものが根本から抜け落ちていた。半開きの口から血混じりの涎がつぅ、と垂れる。ゾンビみたいだがゾンビにしては顔色が良い。生きた人間にしては顔色が悪い。
私はその女の首根っこを掴んだ。
「お前がマクドナルドだ」
破壊した街を、女を引っさげ、少女を肩に乗せ、歩く。地響きがする。ゴロゴロと赤子が産み落とされて地面を転がっていく。産声をあげず、無言でぐにゃぐにゃの体を投げ出している。むくむくと私の体が大きくなっていくのを感じる。騒ぐ奴らは踏み潰す。攻撃してくる奴はビームで溶かす。少女の笑い声が耳元で聞こえる。
「お父ちゃんだ」
マンションの二十階のベランダに立っている男がいた。痩せた浅黒い髭面だった。目がくぼんでいる。鼻を近づけると汗とアルコールとタバコの匂いがした。
「この女を好きにして良い」
赤子を垂れ流す女をベランダにちょこんと乗せると、男は黄色い歯でニヤニヤと下卑た笑いを浮かべながら何度も頷いた。女の顔には何の表情も宿っていなかった。肉体は生きているが精神はとうの昔に死んでいるだろう。彼女だって死んでいるように生きたくはないだろう。未来と引き換えに現在を守った。これによって彼女の未来は失われた。
「もうマクドナルドは探さなくて良い」
少女に言っても何の反応もなかった。まさか死んでしまったのだろうかと思って掌に乗せると少女はにこにこと微笑んでいた。私はほっと安心した。やはりこれで良かったのだ。
少女は鼻の下でコテコテになった鼻血を拳でぬぐい取り、微笑んだまま私の掌から飛び降りた。
一瞬の出来事だった。慌ててキャッチしようとしたが、間に合わなかった。少女は潰された蚊みたいにベチャッと血の染みになった。
転がっている数多のUber EATSのリュックはどれもクッションにはなってくれやしなかった。ただ角張ってごろごろごろごろしているだけだった。人気があると聞いていたのでもっと役に立つかと思った。
絶望の私が膝をつくと、その衝撃で女を引き渡した男のマンションが崩れた。その破片がUber EATSのリュックになって降り注ぐ。あまり痛くなかった。やはり人気があるだけあってすごい。
無数に転がるUber EATSのリュックのどれかから赤ん坊の産声が聞こえた。
かいじゅう 曾根崎十三 @sonezaki13
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます